みなさんこんにちは。突然ですが、みなさんは「絶対にありえない」と言い切れるような話に、うっかり心を奪われてしまった経験はありませんか。今回は、滋賀県で最近持ち上がった「三市同時花火大会」の開催中止騒動、そしてそれに絡む詐欺疑惑のニュースをベースに、人間がなぜこのような一見して怪しい話に引っかかってしまうのか、心理学や行動経済学、そして統計学的なデータを使って徹底的に紐解いていきたいと思います。花火が夜空にパッと咲いてパッと消えるように、私たちの財布の紐も華やかな演出の前にパッと緩んでしまうのは一体なぜなのでしょうか。専門的な難しい言葉はできるだけ噛み砕いてお話ししますので、ぜひ最後までリラックスして読んでいってくださいね。
今回の事件のあらましを簡単に振り返ると、長浜市、彦根市、高島市の三つの市で同時に大規模な花火を打ち上げるという触れ込みのイベントが予定されていたものの、結果的に開催中止となり、主催者側と連絡が取れなくなるなどのトラブルが発生しました。このイベントに対して、コラムニストの桃野泰徳氏をはじめとする多くの識者やネットユーザーから、「そもそも地理的に同時に見るのは不可能である」「地図やチラシの位置関係がデタラメである」「チケット代金の振込先が個人名義の口座だった」といった数々の不審点が指摘されています。要するに、最初から花火を打ち上げる気などさらさらなく、人々のイベントに行きたいという願望やワクワク感を巧みにハックしてお金を騙し取る、いわゆるイベント詐欺ではないかと疑われているわけです。
このような詐欺や怪しいビジネスのニュースを見ると、私たちは「なんでこんな分かりやすい嘘に引っかかる人がいるんだろう」「自分なら絶対に騙されないのに」と思ってしまいがちですよね。しかし、心理学の世界では、人間の脳は私たちが思っているほど合理的にはできていないことが、数々の実験によって証明されています。ここに、人間が詐欺の罠に落ちてしまう大きな理由の一つが隠されています。
心理学において、人間の認知の仕組みを語る上で欠かせないのが、ダニエル・カーネマンらが提唱した「システム1」と「システム2」という考え方です。私たちの脳には、直感的で瞬時に判断を下す「システム1」と、論理的でじっくりと熟考する「システム2」という二つの思考モードが存在しています。システム1は、いわばオートパイロット状態です。エネルギーをほとんど使わずに素早く決断を下せるため、日常の多くの場面では非常に役立ちます。しかし、このシステム1は、感情や直感に非常に流されやすいという致命的な弱点を持っています。
今回の花火大会の例で考えてみましょう。夏の夜空に大輪の花火が咲き誇る光景、大切な人と一緒に見上げるロマンチックなシチュエーション、あるいはコロナ禍でしばらく大きなイベントが制限されていた鬱憤を晴らしたいという心理。これらはすべて、私たちのシステム1を激しく刺激する要素です。「三市同時開催」という聞いたこともないようなスケールの大きさに触れた瞬間、私たちの脳のシステム1は、「うわ、絶対綺麗そう!」「今すぐチケットを取らないと売り切れてしまうかもしれない!」と興奮状態に陥ります。
このとき、本来であれば作動するはずのシステム2、つまり「ちょっと待てよ、長浜と高島の間って直線距離で20キロ近く離れているぞ」「湖の対岸から相手側の花火なんて米粒ほどにしか見えないのではないか」「そもそも主催者の住所や連絡先が不自然ではないか」といった冷静な検証を行うモードが、システム1の圧倒的な熱量によってかき消されてしまうのです。これを心理学や行動経済学の分野では「感情ヒューリスティック」と呼んだりします。私たちは何かを判断するとき、論理的なデータや事実よりも、その対象に対して自分が抱いた「好き」「ワクワクする」「楽しそう」といった感情的な評価をそのまま判断の基準にしてしまう傾向があるのです。詐欺師たちは、この人間の脳のバグとも言える脆弱性を熟知しており、巧みに感情を揺さぶる演出を仕掛けてきます。
さらに、経済学や行動経済学の視点から見ると、人間がいかに不合理な選択をするかという別の側面が浮かび上がります。行動経済学に「プロスペクト理論」という有名な理論があります。人間は利益を得ることよりも、損失を被ることに対して心理的に二倍以上の強い痛みを感じるという性質を持っています。今回のイベントで言えば、「チケット代金をドブに捨てるかもしれない」というリスクよりも、「もし本当にすごい花火大会だったら、自分だけチケットを買い逃して損をするかもしれない」「みんなが行っているのに自分だけ取り残されてしまうかもしれない」という、いわゆる「FOMO(Fear of Missing Out:取り残されることへの恐怖)」が強く働いてしまうのです。
主催者側が「約1週間前にメールで会場を通知する」「直前まで場所を明かさない」という謎の仕様にしていたのも、実は行動経済学的には非常に巧妙な罠と言えます。直前まで情報を小出しにされることで、購入者は「ここまで待ったのだから、今さら引き返せない」「きっとすごいサプライズがあるはずだ」という、一種の心理的コミットメント、あるいはサンクコスト効果(埋没費用効果)にとらわれてしまいます。すでに支払ってしまったお金や時間を取り戻したい、あるいはこれまでの期待を裏切りたくないという心理が働き、おかしな点に気づきながらも「まあ大丈夫だろう」と自分を納得させてしまうわけです。
統計的な視点からも、このような詐欺事件がなぜ繰り返し発生し、そしてなぜ一定数の被害者を生み出してしまうのかを読み解くことができます。大数法則という統計学の基本原則があります。これは、試行回数を増やせば増やすほど、その結果は確率論的な期待値に収束するというものです。これを人間社会に置き換えると、詐欺のような悪質な行為を行う側からすれば、どれだけ怪しい企画であっても、非常に多くの人にアプローチをかければ、確率論的に一定割合の「注意力が低下している人」や「情報弱者」にヒットするという冷徹な計算が成り立ちます。
インターネットやSNSが普及した現代において、情報の拡散コストはほぼゼロになりました。クラウドファンディングやチケット販売サイトの偽装も、テンプレートを使えば誰でも簡単にそれらしいものを作ることができます。つまり、詐欺の実行コストが劇的に低下した一方で、ターゲットとなる不特定多数のユーザーへの接触確率は統計学的に見れば爆発的に増加しています。したがって、「こんな稚拙な詐欺に引っかかる人がいるなんて信じられない」という意見は個人のリテラシーを過信した見方であり、統計的な母数を考えれば、一定の確率で必ず引っかかる人が出てしまう構造そのものが現代社会には出来上がっていると言わざるを得ません。
ここで少し視点を変えて、私たちがこうした現代の巧妙な詐欺や不審なイベントから身を守るために、具体的にどのような行動をとるべきなのか、科学的な知見をベースに対策を考えてみましょう。心理学や認知科学の研究では、人間の脳は「直感」に頼るとミスを犯しやすい一方で、「外部のチェックリスト」や「意図的なスローダウン」を取り入れることで、システム2を強制的に起動させることが可能だと言われています。
まず一つ目の対策は、意思決定のスピードをあえて意図的に遅らせることです。「今すぐ買わないと売り切れる」「限定数残りわずか」といった、焦りを煽る文言に出会ったときこそ、私たちの脳は危険信号を発するべきです。行動経済学では、こうした緊急性を演出する手法を「スキャシティ(希少性の原理)」と呼び、人間の購買意欲を強制的に高める常套手段とされています。この罠を回避するための最もシンプルで効果的な方法は、「ルールに基づく一時停止」です。どれほど魅力的なイベントであっても、「一度画面を閉じて、最低でも24時間は放置する」「信頼できる友人や家族にその企画のURLを見せて意見を求める」というルールを自分の中に設けるだけで、感情に支配されていたシステム1から、冷静なシステム2への脳の切り替えがスムーズに行われます。
二つ目の対策は、情報のファクトチェックを構造化することです。今回の三市同時花火の事例でも、地理的な距離感や地図の不自然さに気づいた人たちがSNS上で指摘していましたが、私たちは日頃から「提供されている情報をそのまま鵜呑みにしない」という批判的思考(クリティカル・シンキング)をトレーニングしておく必要があります。例えば、イベントの主催者情報を調べるときには、その法人が実際に存在しているのか、過去にどのような実績があるのか、振込先口座が法人名義ではなく個人名義になっていないかといった、客観的なチェックポイントをあらかじめリスト化しておくと非常に有効です。統計学的に言えば、自分の主観的な「楽しそう」「面白そう」というサンプルサイズ1のデータだけで判断を下すのではなく、客観的な他者のデータや過去の類似事例という大局的なデータを参照する癖をつけることが、詐欺被害を防ぐための強力な盾となります。
三つ目は、コミュニティの力を活用することです。人間は一人でいるときよりも、集団の中にいるときの方が、独自の思い込みやバイアスに囚われやすくなる「集団思考」に陥りがちです。しかし、SNSやオープンな議論の場は、時には今回のように「いや、地理的に考えてこれ絶対おかしいだろ」と冷徹にツッコミを入れる強力な監視システムとしても機能します。自分一人の脳みそでは見落としてしまうような不審点も、社会全体の集合知を活用することで見えてくることがたくさんあります。怪しいなと感じたときは、自分一人の胸にしまっておくのではなく、ネット上で他の人たちがどのように評価しているのかを検索したり、専門家の意見に耳を傾けたりする習慣を持つことが大切です。
今回の滋賀県の件に限らず、私たちの日常には、人間の心理の隙間をすり抜けて財布の紐を緩ませようとする甘い誘惑が満ちあふれています。テクノロジーが進化し、AIなどを使って誰でもそれらしいチラシやイベントページが作れるようになった現代だからこそ、私たちの側も、自分たちの脳が持っている「感情に流されやすい」という特性をしっかりと自覚しておく必要があります。
最後に、こうした事案が泣き寝入りに終わらず、しっかりと事件として立件され、社会的な抑止力が働くことの重要性についても触れておかなければなりません。統計や社会学の研究においても、犯罪に対するペナルティが曖昧なままで放置されると、「割れ窓理論」のように、小さな不正や模倣犯が次々と連鎖して社会全体の信頼コストを押し下げてしまうことが示されています。私たちが日常的に楽しむイベントや文化的な営みが健全な形で運営されるためには、主催者側の透明性が確保されることはもちろんのこと、私たち利用者の側も、科学的な視点やファクトに基づいたリテラシーを持ち寄り、怪しいものには毅然とした態度で臨むことが求められます。
夜空に咲く花火を心から楽しみ、日常のストレスを忘れさせてくれるイベントは、私たちの人生を豊かに彩る素晴らしいものです。だからこそ、そのワクワクした気持ちを悪質な詐欺師たちに踏みにじられないよう、私たちの脳の仕組みをちょっとだけ理解し、時には立ち止まって冷静に周りを見渡す余裕を持つようにしたいものですね。次に何か新しいイベントや魅力的なお誘いに出会ったときは、ぜひ今回お話しした心理学や行動経済学のレンズを思い出してみてください。きっと、あなたの財布と大切な日常を守るための心強い味方になってくれるはずです。

