紛らわしすぎ!大学トイレの男女マーク、あなたの「性別」どっちで入る?

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■トイレのマークが読めない?デザインと心理学、経済学、統計学から読み解く「わかりにくい」の深層

大学の新しい建物に設置された、男女トイレを示すマークが、あまりにも紛らわしいとSNSで話題になったそうです。投稿された画像には、抽象的で、正直「これ、どっちがどっち?」と、思わず二度見してしまうようなマークが写っていました。多くの人が「迷った」「わからなかった」と共感を示したこの出来事。単なるデザインの失敗で片付けてしまうのはもったいない!実は、これ、私たちの心理、社会のあり方、そしてデザインが「伝える」ということの根源にまで触れる、とっても興味深いテーマなんです。今回は、心理学、経済学、統計学といった科学的な視点から、この「わかりにくい」トイレマークの謎を深掘りしていきましょう。

■「M」は男性?「W」は女性?直感と乖離するデザインの落とし穴

まず、多くの人が「MとWで表しているのでは?」と推測した、このマーク。確かに、頭文字を取るというのは、情報伝達の王道とも言えます。しかし、ここには心理学の「スキーマ」という概念が大きく関わってきます。スキーマとは、私たちが物事を理解する上で、過去の経験や知識に基づいて形成される「心の枠組み」や「理解のひな型」のこと。例えば、「男女のトイレマーク」というスキーマを持っている人にとって、男性は肩幅が広く、逆三角形のシルエット。女性はウエストが細く、スカートを履いたようなシルエット、というイメージが、無意識のうちにセットされているんです。

この大学のマークは、そのスキーマから大きく外れています。男性用とされるマークは、一見すると「M」に見えなくもないのですが、その形状がスカートのように見えたり、女性用とされるマークは、逆に逆三角形に近いシルエットに見えたりと、私たちの「男女のトイレマーク」というスキーマと衝突してしまった。つまり、「M」=男性、「W」=女性という単純な図式ではなく、その「M」や「W」の「形」そのものが、私たちが期待する男女のシルエットと乖離していたのです。

これは、心理学でいうところの「認知不協和」を引き起こす可能性があります。認知不協和とは、自分の持っている考えや信念と、それに反する情報や状況に直面したときに生じる不快な心理状態のこと。トイレのマークを見て、「あれ?これは男性用のはずなのに、女性のマークに似ている…」と感じた瞬間に、私たちの心の中に小さな混乱が生まれるわけです。この混乱が積み重なると、トイレを見つけるのに余計な時間とエネルギーを費やしてしまう、つまり「機能不全」に陥ってしまうのです。

■「デザイン性」と「機能性」のジレンマ:経済学の視点から

次に、経済学の視点からこの問題を考えてみましょう。経済学では、しばしば「トレードオフ」という考え方が登場します。これは、あるものを得るためには、別のものを犠牲にしなければならないという状況のこと。今回のトイレマークのケースで言えば、「デザイン性」と「機能性」という二つの価値の間で、トレードオフが生じていると言えます。

デザイナーは、おそらく「ありきたりなマークではなく、洗練された、オリジナリティのあるデザインにしたい」と考えたのでしょう。その結果、視覚的な美しさや独自性を重視する「デザイン性」を追求した結果、本来の目的である「男女のトイレを正しく、素早く識別させる」という「機能性」が損なわれてしまった。

もし、この建物の利用者の満足度を最大化するという観点から見れば、デザイン性が高いがためにトイレが見つけにくいという状況は、経済学でいうところの「効用」が低下している状態と言えます。利用者は、トイレを見つけるのに迷うという「不便」というコストを負担し、その結果、建物全体の快適性という「効用」を十分に享受できない。

さらに、建築デザイナーが「独自の表示デザインを作りたがる傾向」という指摘もあります。これは、個々の専門家が、自身の専門領域における「最適解」を追求した結果、それが全体のシステムとして見たときに、必ずしも最適ではなくなるという、いわゆる「部分最適」と「全体最適」の乖離の問題とも言えます。

■統計学が語る「多数派」と「少数派」への配慮

統計学の視点も重要です。トイレのマークは、不特定多数の人が利用することを前提としています。統計学的に言えば、これは「標本」の多様性を考慮しなければならない状況です。

一般的に、私たちが「普通」と思っている感覚や認識は、実は「多数派」の意見や感覚に基づいていることが多いです。しかし、世の中には様々な人がいます。例えば、色覚に障がいのある方々。先ほど、色の情報が判別の一助となっているという指摘がありましたが、色覚多様性を持つ人にとって、色による区別はほとんど意味をなしません。彼らにとっては、マークの形状や、設置されている場所、他のサインとの組み合わせなどが、唯一の頼りになります。

もし、このマークが色覚多様性を持つ人々にとって、より一層分かりにくくなっているのであれば、それは統計学的に言えば、「一部の標本(色覚多様性を持つ人々)のニーズが満たされていない」という状態です。公共の場におけるサインデザインは、すべての利用者が公平に情報にアクセスできる「ユニバーサルデザイン」の観点から設計されるべきです。

このマークは、デザイン性を優先するあまり、こうした「少数派」への配慮がおろそかになっている可能性が高い。統計学的には、平均値や中央値だけでなく、分布の裾野にいる人々(ここでは色覚多様性を持つ人々など)の意見やニーズにも耳を傾け、対応策を講じることが、公平で機能的な社会システムを構築する上で不可欠なのです。

■「わからない」という情報、それが「情報」である

SNSでの「どっちかわからない」「迷う」という声は、単なる批判ではなく、非常に価値のある「情報」です。心理学でいうところの「フィードバック」ですね。このフィードバックがなければ、デザイナーや管理者側は、デザインが意図した通りに機能していないことに気づけません。

「MとWでわかるだろう」というデザイナーの思い込みは、まさに「思い込み」に過ぎないということを、この「わからない」という声が証明しています。私たちが何かをデザインする、あるいは情報を提供する際に陥りがちなのが、提供者側の視点だけで物事を考えてしまうことです。受け手側の視点、つまり「受け手は何を」「どのように」理解するのか、という視点が欠けていると、今回のような事態が起こるのです。

経済学でいえば、この「わからない」という声は、市場における「需要」と「供給」のミスマッチ、あるいは「情報の非対称性」の一種とも言えます。デザイナー(供給者)は「わかりやすい」と意図してデザイン(供給)したにも関わらず、利用者(需要者)は「わかりにくい」と感じている。この情報の非対称性が、利用者の混乱を招いているのです。

■「おしゃれなビル」という幻想:デザイン優先の弊害

「最近のおしゃれなビルで男女の区別が全くつかない場合と比べれば、まだマシ」という意見も興味深いです。これは、現代の建築やデザインにおいて、しばしば「おしゃれさ」や「ミニマリズム」が、機能性よりも優先される傾向があることを示唆しています。

確かに、洗練されたデザインは、建物のブランドイメージを高め、利用者に「良い体験」を提供できる可能性があります。しかし、それが「迷う」「わからない」という、より根源的な不便さを生んでしまうのであれば、それは本末転倒です。

経済学でいう「ブランド価値」や「企業イメージ」の向上という側面から見れば、デザイン性の追求は一定の合理性を持つかもしれません。しかし、そのデザインが、利用者の利便性を著しく損なうのであれば、長期的に見れば、ブランドイメージを低下させる可能性すらあります。利用者は、おしゃれな建物だからといって、トイレ探しに何分も迷うことを望んではいないはずです。

■白黒マークが示す、デザインの「本質」

投稿者が参考として白黒のマークも投稿したという点は、この問題をさらに深掘りする上で非常に重要です。色がない状態では、マークの形状のみで判断しなければならず、さらに判別が困難になる。これは、デザインの「本質」とは何か、という問いにも繋がります。

マークの「本質」は、その形状が持つ「意味」を、視覚的に、そして直感的に伝えることにあります。色や装飾といった「付加情報」は、その意味を補強したり、美しく見せたりする効果がありますが、それ自体が「意味」の全てではありません。

この大学のマークは、色という付加情報に頼りすぎていた、あるいは、形状そのものが持つ「意味」の伝達力を弱めてしまっていた、と言えるでしょう。白黒でも、あるいは遠くからでも、一目で「男性用」「女性用」とわかる。それが、ピクトグラム(絵文字)に求められる最も重要な機能であり、デザインの「本質」なのです。

■「わかりやすさ」という、揺るぎない公共性

結局のところ、公共の場に設置されるサインデザインに求められるのは、「わかりやすさ」という揺るぎない公共性です。デザインの自由度は、その「わかりやすさ」という大前提の上で、初めて活かされるべきものです。

統計学的に言えば、公共のサインは、できるだけ多くの人にとって「期待値」が高くなるように設計されるべきです。つまり、トイレを見つけるのに迷う確率が低く、スムーズに見つけられる確率が高いように設計されるべきなのです。

今回の事例は、デザインの楽しさや可能性を追求するあまり、本来の目的を見失ってしまう危険性を示唆しています。しかし同時に、SNSというプラットフォームを通じて、多くの人が「わかりやすさ」の重要性を再認識し、デザイナーや管理者に対して、より質の高いデザインを求める声を上げられるようになった、というポジティブな側面も見逃せません。

■これからのサインデザインに求められること

このトイレマーク騒動は、私たちに多くの示唆を与えてくれます。

まず、デザインは単なる「見た目」ではなく、「コミュニケーション」であるという認識を深めること。そして、そのコミュニケーションが、意図した通りに相手に伝わっているのか、常に検証し続ける姿勢が重要です。

経済学的な視点から見れば、デザインにおける「投資対効果」を考えることも大切です。デザインにいくら投資するのか、それによって得られる「わかりやすさ」や「利用者の満足度」というリターンはどれくらいなのか。

統計学的な視点からは、多様な利用者層を想定し、誰にとっても公平で、アクセスしやすいデザインを目指す「ユニバーサルデザイン」の思想を、より一層推し進める必要があります。

そして何よりも、私たちは「わからない」という声に耳を傾け、それを改善の機会として捉える柔軟性を持つべきです。今回のトイレマークのように、一見些細な出来事の中に、私たちの社会やデザインのあり方、そして人間心理の奥深さを映し出す鏡が隠されているのです。

次回のトイレ利用時には、ぜひ、そのマークがどのようにデザインされ、どのような意図で配置されているのか、そしてそれがあなたにどのように伝わっているのか、科学的な視点も交えながら、ちょっぴり探求心を持って観察してみてください。きっと、新しい発見があるはずですよ。

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