MMTは変動相場制でデフォルトしない?インフレ・通貨安の真相

社会

■MMTと減税論の落とし穴:日本の未来を蝕む危うい幻想

最近、「MMT(現代貨幣理論)」とか「減税」といった言葉をよく耳にしませんか?テレビやネットのニュースで、政府がもっとお金を使えば景気が良くなる、税金を下げればみんなが豊かになる、そんな話がまことしやかに語られています。聞いていると、なんだか夢のような話に聞こえるかもしれません。でも、ちょっと待ってください。その話、本当に私たちの未来にとって良いことなのでしょうか?今回は、感情論を一切抜きにして、事実と論理だけを頼りに、MMTや減税を熱心に主張する人たちの考え方が、なぜ日本の未来を危うくするのか、そしてその裏に潜む落とし穴について、じっくり考えてみたいと思います。

■変動相場制って、そもそも何?

MMTの話をする上で、まず避けて通れないのが「変動相場制」という言葉です。これは、私たちが普段使っている日本円が、外国のお金、例えばアメリカのドルやヨーロッパのユーロと、市場の需要と供給のバランスで、日々、勝手に値段が変わっていく仕組みのことを言います。円高になったり、円安になったり、といったニュースで聞くやつですね。

昔は、国が「この通貨は、この値段で固定する!」と決めてしまう「固定相場制」という時代もありました。でも、今はほとんどの国がこの変動相場制を採用しています。なぜなら、世界中の経済が複雑に絡み合っていて、一つの国の都合だけで通貨の値段を固定するのは、現実的ではなくなってきたからです。

■MMTが「変動相場制」をそこまで重視する理由

さて、MMTの理論では、この変動相場制があるからこそ、政府は「いくらでもお金を刷って、国民のために使える」と主張します。彼らの言い分はこうです。

「日本は自国通貨(円)で借金をしている。そして、円は世界中で自由に交換できる(変動相場制)。だから、日本政府は円を刷って、円建ての借金を返済できる。つまり、財政破綻(借金が返せなくなること)なんて起こりっこない!」

これは、まるで「お財布の中のお金はいくらでも増やせるから、欲しいものは何でも買える!」と言っているようなものです。確かに、一時的にはそうかもしれません。でも、その「増やしたお金」が、私たちの生活にどんな影響を与えるのか、を無視しているのです。

■「自国通貨建て国債がデフォルトしない」というMMTの説明、それは本当?

MMT派は、自国通貨建ての国債はデフォルトしない、と断言します。これは、政府が借金を返すために、円をいくらでも発行できる、という理屈に基づいています。たしかに、物理的に「返済不能」になることはないかもしれません。しかし、ここで重要なのは、「返済できた」としても、それが国民生活にどのような影響をもたらすか、という点です。

例えば、政府が大量の円を市場に流したらどうなるでしょうか?それは、市場に出回る円の量が増えるということです。モノやサービスの量はそんなに増えていないのに、お金だけがドンドン増えていく。これは、まるで、お祭りのくじ引きで、景品は全然増えていないのに、くじ券だけが大量に配られるようなものです。

■変動相場制と固定相場制、何が違うの?

変動相場制と固定相場制の違いは、経済に与える影響を大きく変えます。

固定相場制の時代は、通貨の価値が安定しているため、企業は海外との取引で為替リスク(円安や円高で損をするリスク)をあまり気にする必要がありませんでした。しかし、そのためには、国が通貨の価値を維持するために、外貨準備(ドルなどの外国のお金)を大量に持っておく必要がありました。もし、自国通貨の価値が下がりそうになったら、持っている外貨を売って、自国通貨を買う、という介入をしなければならなかったのです。これは、政府にとって大きな負担となります。

一方、変動相場制では、通貨の価値は市場に委ねられます。これにより、政府は通貨の価値を維持するための介入に、そこまで神経質になる必要がなくなります。しかし、その代わりに、企業は為替レートの変動リスクに常にさらされることになります。

MMT派は、この変動相場制の「政府が通貨発行をコントロールできる」という点だけを取り上げて、あたかも無制限にお金を使えるかのように主張していますが、その「コントロール」が引き起こす、より大きな問題点を見落としているのです。

■MMTと財政支出・インフレ・通貨安の関係

では、MMTが言う「積極財政」や「減税」は、具体的に私たちの生活にどんな影響を与えるのでしょうか?

MMTの理論では、政府がお金をたくさん使う(財政支出を増やす)ことで、国民がお金持ちになり、消費が活発になって、経済が成長すると考えます。そして、税金を増やすことで、経済が過熱しすぎないように調整できる、と。

しかし、ここで忘れてはならないのが、経済学の基本的な原則、「需要と供給の法則」です。

もし、政府が国民に大盤振る舞いをして、市場に出回るお金の量が急激に増えたとしましょう。一方で、モノやサービスの供給は、それほど急には増えません。すると、どうなるでしょうか?

「欲しい!」と思う人はたくさんいるのに、モノは限られている。こんな状況では、モノの値段は上がっていきます。これが「インフレ」です。

MMT派は、「インフレが起きたら、増税すればいい」と言いますが、それはあくまで理論上の話。現実には、インフレが一度始まると、それをコントロールするのは非常に難しいのです。物価がどんどん上がっていくと、私たちの給料が上がっても、その分、モノの値段も上がってしまうので、実質的な豊かさは増えません。むしろ、生活が苦しくなる人も出てくるでしょう。

さらに、インフレは「通貨安」も招きます。なぜなら、たくさん刷られた通貨の価値は、相対的に下がってしまうからです。日本円の価値が下がると、輸入品の値段は上がります。私たちの生活必需品、例えば食料品やガソリンの価格も上がってしまう可能性があります。

■「貧困層で自分の生活が辛いから…」というエゴイスティックな主張?

MMTや減税を声高に主張する人たちの中には、「今の生活が苦しいから、もっとお金を使ったり、税金を下げてほしい」という切実な思いを持っている人もいるでしょう。それは、決して悪いことではありません。自分の生活を守りたい、より良くしたい、というのは、人間として当然の欲求です。

しかし、問題は、その「自分さえ良ければいい」という考え方が、日本の未来全体、そして将来世代の利益を犠牲にする可能性がある、という点です。

もし、MMTや減税論がそのまま実行されて、深刻なインフレや通貨安が起きたら、一番苦しむのは誰でしょうか?それは、預貯金しか持っていない人々、年金で生活している高齢者、そして、これから社会に出てくる若い世代です。彼らは、自分たちの努力ではどうすることもできない、社会全体で引き起こされた経済的な混乱のツケを払わされることになるのです。

「自分たちの世代が豊かになればそれでいい」という考えは、長期的な視点に欠けており、未来世代への責任を放棄していると言わざるを得ません。それは、単なる「エゴ」であり、「責任ある行動」とは言えません。

■マクロ経済学という「似非科学」への盲信

MMT派が依拠するマクロ経済学という学問分野は、残念ながら、実験再現性や反証可能性という科学の基本的な要素を欠いている、と言わざるを得ません。

科学というのは、ある理論を立てて、それを実験で証明したり、反証したりすることで、その正しさを検証していくものです。例えば、物理学では、リンゴが木から落ちることを説明するために、万有引力の法則が提唱され、数々の実験でその正しさが証明されています。

しかし、マクロ経済学、特にMMTのような理論は、現実の経済という非常に複雑で、無数の要因が絡み合う現象を相手にしています。そのため、特定の政策が、正確に、そして再現性をもって、どのような結果をもたらすかを予測することは、極めて困難です。

「この政策をやれば、必ずGDPがX%成長する」「インフレ率はY%に抑えられる」といった断言は、科学的な厳密さを欠いた、一種の「信念」や「仮説」に過ぎません。そして、その「信念」に盲信し、現実の経済がもたらすであろうリスクを軽視する態度は、非常に危険です。

■グローバルマーケットの視点の欠如

MMT派のもう一つの大きな問題点は、「国家の視点」しか持たず、「グローバルマーケットの視点」が欠如していることです。

日本は、世界経済と切り離された孤島ではありません。私たちは、世界中の国々とモノやサービス、お金をやり取りして生きています。もし、日本だけが「好き勝手にお金を刷って、バラマキを続ける」というようなことをしたら、世界中の投資家や他の国々から、日本経済に対する信頼は失われてしまいます。

そうなると、外国からの投資は減り、輸出入にも悪影響が出るでしょう。円の価値はさらに下がり、私たちの生活はますます苦しくなる可能性があります。

MMT派は、自国通貨建て国債がデフォルトしない、という点ばかりに目を奪われ、国際社会からの信頼という、目に見えにくい、しかし極めて重要な要素を軽視しているのです。

■バラマキは通貨安とインフレを招く害悪である

結局のところ、MMTや減税派が主張する「積極財政」や「バラマキ」は、短期的な効果を狙うあまり、長期的に見れば、通貨安とインフレという、経済にとって「害悪」でしかないものを招き寄せる可能性が高いのです。

想像してみてください。あなたが持っている1万円札の価値が、あっという間に半分の5千円になってしまったらどうでしょう?これまで買えていたものが買えなくなり、生活は一変します。ましてや、そのインフレが止まらず、1万円札が1千円の価値にまで落ちてしまったら、それはもはや、個人の努力だけではどうにもならない、社会的な大混乱と言えるでしょう。

MMT派は、「インフレが起きたら増税で対応できる」と言いますが、その「増税」が、国民の生活をさらに圧迫する可能性も否定できません。結局、国民全体が損をするシナリオなのです。

■未来世代への責任を放棄する無責任な集団

MMT積極財政派や減税派は、日本の未来を真剣に考えているとは到底言えません。彼らの主張は、目先の利益や個人的な欲望に囚われ、長期的な視点や、将来世代への責任を放棄しているように見えます。

彼らが信奉するマクロ経済学という「似非科学」に頼り、グローバルマーケットの視点を欠き、インフレと通貨安という「害悪」を招き寄せる「バラマキ」を推進する。

そして、そのツケを、未来世代に押し付ける。

これは、決して「未来を考えている」とは言えない、極めて無責任な集団であると言わざるを得ません。

■賢い選択をするために、冷静な判断を

私たちは、MMTや減税論の甘い誘惑に惑わされることなく、冷静に、そして客観的に、その主張の根拠と、もたらされるであろう影響を吟味する必要があります。

経済は、魔法ではありません。お金は、ただ刷れば増えるものではなく、その価値は、社会全体の信頼や、モノやサービスとのバランスによって決まります。

日本の未来のために、そして、私たちの子どもや孫たちの世代のために、今、私たちが取るべき行動は、目先の利益に飛びつくことではなく、長期的な視点に立ち、持続可能な経済成長を目指すことです。

MMTや減税論という、一見魅力的に見えるけれど、その裏に潜むリスクを、私たちはもっと真剣に、そして深く理解する必要があります。そして、そのリスクから目を背けず、より現実的で、より建設的な議論を、私たち自身が深めていくことが、今、何よりも求められているのではないでしょうか。

タイトルとURLをコピーしました