テクノロジーの進化が、私たちの想像を遥かに超えるスピードで、生命の神秘に迫ろうとしている。特に、人類が長年挑んできた「がん」という難敵に対するアプローチは、目覚ましい変貌を遂げている。そんな変革の最前線で、並々ならぬ情熱を燃やす人物がいる。スティーブ・ジョブズ氏の息子、リード・ジョブズ氏だ。彼の名は、偉大な父の功績と切り離せないかもしれないが、リード氏自身は、父の遺志とは異なる、しかし同じくらい壮大な目標に、その身を投じている。それは、がん治療の根本的な革新、そしてそれを実現するための新たな仕組み作りだ。
■リード・ジョブズ氏、Yosemiteに込める熱き想い
リード・ジョブズ氏が2023年に設立した「Yosemite(ヨセミテ)」という名の組織は、単なる研究機関でも、投資ファンドでもない。初期の学術的な探求から、バイオテクノロジー企業をゼロから創出するという、野心的かつユニークなアプローチをとっている。その目的は、がん治療におけるブレークスルーを、これまで以上に迅速かつ効果的に実現することだ。Yosemiteは、慈善活動(フィランソロピー)という資金源と、外部からの投資資本を巧みに組み合わせることで、革新的な治療法の開発を加速させる。これは、従来の研究開発とは一線を画す、まさに「次世代型」のイノベーション推進モデルと言えるだろう。
わずか3年足らずで、Yosemiteは約17名の精鋭チームを擁するまでに成長した。この驚異的なスピード感は、近年のテクノロジー、特にAI(人工知能)の発展が、創薬や臨床試験のデザインといった、これまで時間と労力が膨大にかかっていた領域に、どれほど大きな影響を与えているかを物語っている。AIは、複雑なタンパク質間の相互作用を理解し、それを応用した新薬開発の可能性を、文字通り劇的に広げた。リード氏は、AIを「地道な作業を加速させる、素晴らしい進歩」と評し、科学の民主化、すなわち、より多くの人々が最先端の科学にアクセスし、貢献できるような環境を作る上でのAIの役割を高く評価している。これは、AIが単なる計算能力の向上に留まらず、科学研究のあり方そのものを変容させる可能性を示唆している。
■Yosemiteが生み出す、未来の治療薬たち
Yosemiteのポートフォリオの中で、リード氏が特に誇りに思っているものがある。その一つが、ノーベル賞受賞者であるジェニファー・ダウドナ氏の研究室からの助成金を源泉として生まれた「Azalea」という企業だ。また、著名な化学者であるクレイグ・クルーズ氏と共に設立した「Quarry」では、「誘導型近接(induced proximity)」という、全く新しい治療アプローチを開発している。この「誘導型近接」というのが、実に興味深い。病気を引き起こすタンパク質を直接ブロックするという従来の考え方とは異なり、細胞自身の分解システムに、問題のタンパク質を物理的に引き寄せて分解させるという、巧妙かつ革新的なメカニズムだ。これは、まるで「悪者を直接捕まえる」のではなく、「悪者が自滅するように仕向ける」ようなイメージだろうか。このアプローチは、これまで治療が困難だった標的にもアプローチできる可能性を秘めている。
Yosemiteは、その活動領域を「腫瘍学(oncology)」に特化し、自社で企業を立ち上げるという、非常にユニークなベンチャー組織として位置づけられている。リード氏は、「がんの治療法は、製薬会社の研究所で発見されるのを待っているのではなく、私たちが新しい知識をもって、自ら創り出す必要がある」と力強く語る。大学の研究室に眠る、まだリスクが高く、実用化には至っていないアイデア(delicate ideas)を、リスクから解放し、現実のものとするために、Yosemiteは一切の制約を受けない慈善資金を有効活用しているのだ。これは、アカデミアと産業界の壁を越え、最先端の科学的知見を、いち早く患者さんの元へ届けようという強い意志の表れと言えるだろう。
■Yosemiteの描く、資金調達と投資戦略
現在、Yosemiteは3億5000万ドルを目標としたセカンドファンドのファーストクローズを発表している。この規模の資金調達は、Yosemiteが描くビジョンの壮大さを物語る。調達された資金のうち、約3分の1は、Yosemite自身が立ち上げる企業に充てられ、残りは、他社が既に設立した有望な企業への投資に活用される。さらに、Yosemiteは、ファンドの運用資産の2.5%と、マネジメントフィーの一部である年間100万ドルを、ドナーアドバイザーファンドに充てることで、慈善活動にも積極的にコミットしている。これは、営利活動と社会貢献活動を両立させる、Yosemiteならではのビジネスモデルの真骨頂だ。
リード氏は、従来のベンチャーキャピタルファームとのパフォーマンス比較についても、自信を覗かせている。「Yosemiteは、他のファームが到達する前に、医療の新しい領域を創造する能力を持っている」と。エピジェネティクス、ゲノム編集、そしてゲノム編集技術を特定の細胞に安全に届ける技術といった分野で、先駆者(pioneer)となり、早期参入の優位性(first mover advantage)を追求しているのだ。これは、彼らが単に既存の市場に参入するのではなく、市場そのものを創造しようとしていることを意味する。
過去3年間で、バイオテクノロジー分野の投資家の保守的な姿勢が変化してきたことも、リード氏が注目している点だ。金利の改善、製薬会社の特許切れ(patent cliff)による大型新薬の必要性、そしてパンデミックによって積み上がった記録的な現金準備(record cash reserves)が、製薬会社による積極的な買収(acquisitive spree)を招いている。イーライリリーによるケロニアの70億ドルでの買収や、レボリューション・メディシンズによるKRAS標的薬による膵臓がんの生存率の倍増といった事例は、この流れを象徴している。こうした市場の変化は、Yosemiteのような革新的なアプローチをとる組織にとって、追い風となる可能性を秘めている。
■AIが拓く、医療の新たな地平線
AIは、医療の提供方法(healthcare delivery)においても、革命をもたらしつつある。リード氏は、コールセンター、電子カルテ、放射線診断、病理診断といった分野でのAIの活用可能性に触れつつ、特に臨床試験におけるAIのインパクトを強調する。例えば、「合成対照群(synthetic control arm)」を用いることで、患者募集のプロセスを半分に削減し、試験のスピードを劇的に向上させる可能性が指摘されている。これは、新薬開発のサイクルを短縮し、より早く患者さんに希望を届けることに繋がる、非常に重要な進歩だ。
創薬におけるAIの役割については、「地道な作業を民主化し、加速させる素晴らしい進歩」と評価している。これまで治療対象(druggable)ではなかったタンパク質を標的にできるようになってきたことは、レボリューション・メディシンズがKRASを治療可能にした事例が示している通りだ。これは、まさにAIが、これまで不可能とされていた領域への扉を開いていることを意味する。
■Yosemiteが挑む、がんの多様性と革新的なアプローチ
Yosemiteは現在、ほぼ全てのがんで変異が見られる腫瘍抑制遺伝子「p53」を標的とした、3つの異なる企業を支援している。p53は、細胞のがん化を防ぐ重要な役割を担っているが、多くのがん患者ではその機能が失われている。このp53を標的とすることで、がん治療の新たな道が開かれる可能性を秘めている。
さらに、Yosemiteは、Tune Therapeuticsという企業では、エピジェネティック編集技術を用いてB型肝炎を標的とし、Histosonicsという企業では、非侵襲的な治療法である「ヒストトリプシー」を用いて肝臓がんの破壊を目指している。これらの企業は、それぞれ異なる技術とアプローチで、がんやその他の難病に立ち向かっている。リード氏が、これらの多様なアプローチを支援しているのは、がんという病気の複雑さと、単一の解決策では対応できない現実を理解しているからだろう。
■「物語」の力と、Yosemiteの未来
リード氏は、企業の創業者やCEOにとって、「物語(storytelling)」の重要性も指摘している。効果的なコミュニケーションが、科学的な成功を支える上で、極めて重要な要素であると。これは、どれほど革新的な技術であっても、それを人々に理解させ、共感を得られなければ、社会に広がることはないという、ビジネスにおける普遍的な真理を示している。
Yosemiteの運営を3年間行ってきた中で、最も驚いたのは、「Yosemiteが想像以上に早く動いていること」だとリード氏は語る。時間というものの重要性を改めて認識し、それは恐ろしくもあれば、同時に力を与えてくれる感覚だと表現している。これは、彼らが置かれている状況、すなわち、人々の命に関わる領域で、迅速な意思決定と行動が求められることの重圧と、それによって生まれる創造性や加速感を同時に感じていることを示唆している。
長寿産業(longevity industry)への関心についても、個人的な興味はあるとしつつも、まだ統一された理論がなく、ビジネスとして一律に捉えるのは難しいと分析している。しかし、一人ひとりに最適化された医療(per person-optimized healthcare)を提供することの重要性は認識している。リード氏の焦点は、がんという壊滅的な病気に対する具体的な解決策を提供することにあり、その情熱は揺るぎない。
Yosemiteの活動は、テクノロジー、科学、そして人間的な情熱が融合した、まさに未来への挑戦だ。リード・ジョブズ氏が描くビジョンは、私たちががんという病気と向き合い、そして克服していく未来を、より明るく、より希望に満ちたものにしてくれるに違いない。彼の情熱と、Yosemiteが推進する革新的なアプローチが、これからも世界中の人々を勇気づけ、新たな治療法の誕生へと繋がっていくことを、一技術愛好家として、心から期待している。

