亜月ねねがりりちゃん達との黒い交際を自白して隠蔽?大炎上の真相とは

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こんにちは。SNSのタイムラインを眺めていると、たまに「うわ、またすごい炎上してるな…」って頭を抱えたくなるような大騒動に出くわしますよね。今回取り上げるのは、漫画家の亜月ねね氏がりりちゃん、いわゆる「頂き女子りりちゃん」に関連する人物たちと実際に接触し、その時の所感をFANBOXに投稿したことを発端とする一連のネット騒動です。

このニュースを見たとき、みなさんはどう感じたでしょうか。「犯罪に関わった人物の裏側に近づくなんて倫理的にどうなんだ」と怒りを覚えた人もいれば、「創作のネタ集めとして取材するのは表現活動の範囲内なんじゃないの」と冷静に見た人もいるかもしれません。あるいは、情報が錯綜しすぎて何が本当で何が嘘なのか、ただただ気味が悪いと感じた人もいるはずです。

実は、こうしたネットの炎上劇や、ダークな事件の当事者・関係者に対して大衆が抱く強烈な好奇心、そしてそれを取り巻く心理的・社会的な現象は、心理学や行動経済学、そして統計学のレンズを通して見ると、人間という生き物の非常に面白い(そしてちょっぴり怖い)生態が丸裸になる絶好の素材なんです。

今回は、この「頂き女子りりちゃんをめぐる亜月ねね氏の騒動」を、単なるゴシップとしての消費ではなく、人間の脳がどうやって情報処理をし、なぜネット上でこれほどまでに感情的なバトリングが起きてしまうのか、科学的なファクトや理論をベースにじっくりと深掘りしていきたいと思います。小難しい話は抜きにして、私たちが普段無意識にやっているスマホのスクロールの裏側で、どんな心理メカニズムが働いているのか、一緒に紐解いていきましょう。

■ネットが燃えるとき私たちの脳内では何が起きているのか

まず最初に考えたいのは、なぜこの手の話題がこれほどまでに爆発的に拡散し、人々の怒りや詮索欲を刺激するのかという点です。心理学の分野では、人間には「ネガティビティ・バイアス」という強力な認知の偏りがあることが知られています。これは、人間がポジティブな情報よりもネガティブな情報に対して過剰に反応し、記憶しやすく、そして他者に共有したくなるという性質のことです。

進化心理学的に説明するなら、大昔の祖先にとって「あそこに美味しそうな木の実があるよ」という情報よりも、「あそこの茂みに危険な肉食獣が潜んでいるかもしれない」という情報のほうが、生存に直結していたためです。だから私たちの脳は、危険、脅威、不正、スキャンダル、倫理的な逸脱といったネガティブな刺激に対して、自動的にアテンション(注意)を向けるようにプログラミングされているんです。

今回の騒動における「犯罪者やその裏の組織、反社会的勢力との接点かもしれない」という要素は、現代を生きる私たちの脳にとって、まさに「危険な肉食獣の気配」そのものです。タイムラインに流れてきた瞬間、私たちの扁桃体(恐怖や怒りを司る脳の部位)がピクッと反応し、理性を司る前頭葉がフル稼働する前に、指がリポストやコメントのボタンを押してしまう。この生物学的な衝動が、ネット上の巨大な炎上を作り出すガソリンになっているわけです。

さらに、ここに「心理的リアタンス」という概念も絡んできます。心理的リアタンスとは、自分の選択の自由や自律性が脅かされたと感じたときに、それを回復しようとして逆に反発する心理現象のことです。亜月氏が該当のFANBOX記事やSNSのポストを「削除した」という行動は、ネットの群衆から見ると「情報を隠蔽された」「真実から目を背けられた」というシグナルとして映ります。

情報が隠されると、人間の脳は「余計に知りたがる」という厄介な性質を持っています。これを経済学や情報の非対称性の文脈で言うと、「見えないものほど価値があるように錯覚する」という心理効果です。削除された記事のスクリーンショットが出回ったり、「あれにはもっとヤバいことが書かれていたに違いない」という陰謀論的な憶測が飛び交ったりするのは、まさにこの心理的リアタンスと情報の欠落が生み出す化学反応だと言えます。

■ゴシップを消費する快感とバックファイアー効果の罠

次に注目したいのが、私たちがなぜ他人のスキャンダルにこれほどまでに夢中になってしまうのかという、経済学や行動科学的な視点です。行動経済学では、人間の意思決定が必ずしも合理的ではなく、感情や認知のバイアスに大きく左右されることが研究されています。

ここで登場するのが「ドーパミン・フィードバック・ループ」というメカニズムです。SNSのタイムラインをスワイプし、新しいゴシップや「ヤバい情報」を見つけるたび、私たちの脳内では報酬系物質であるドーパミンが分泌されます。これはギャンブルでスロットのレバーを引く瞬間や、ガチャを回す瞬間に似ています。「次にどんな新しい事実が出てくるのか」「どんな黒幕の名前が飛び出すのか」という不確実性(アン確実性)こそが、私たちの脳をハイにさせ、次々と関連情報を検索させ、まとめサイトを巡回させる原動力になっているのです。

しかし、この情報探索行動には大きな落とし穴があります。それが「バックファイアー効果(逆効果現象)」です。心理学の実験で、人間は自分の既存の信念や見解に矛盾する証拠を突きつけられたとき、自分の意見を改めるどころか、かえって元の信念をより強固にしてしまう傾向があることが分かっています。

今回の騒動でも、「亜月氏は単にコミカライズの打ち合わせを断っただけで、悪意があったわけではないのではないか」という擁護や解説の意見が存在します。しかし、すでに「りりちゃん側=悪、それに近づいた者=同罪」という強固なストーリー(認知の枠組み)を作ってしまった人たちにとって、こうしたニュアンスのある情報は、自分の正当性を脅かす敵対的なものとして処理されます。

その結果、「擁護している奴らもグルなのだろう」「都合の悪い事実を隠しているだけだ」という極端な二元論(善か悪か、敵か味方か)に陥りやすくなります。統計学やデータ分析の観点から見れば、物事の因果関係や背景には無数の変数があり、白黒ハッキリつけられないグレーな領域が大部分を占めているにもかかわらず、ネットの空間ではその分散が極端に無視され、両極端な意見だけが声高に叫ばれるようになるのです。

■「裏の社会」への過剰なファンタジーとプロジェクションの心理

もう少し深く、人々の深層心理に踏み込んでみましょう。なぜ、私たちは「りりちゃん」のような存在や、その背後にいるとされる「裏社会の男たち、スカウト、ホスト」といったダークな人間関係に、これほどまでに引き付けられ、同時に強い拒絶を示すのでしょうか。

心理学の投影(プロジェクション)という防衛機制があります。これは、自分自身のなかに抑圧している欲望や恐怖、あるいは理解しがたい衝動を、無意識のうちに他人に映し出して見る現象のことです。

一般に生きる私たちにとって、犯罪的な搾取や、社会の規範から大きく外れた生き方というのは、普段の生活では厳しく抑圧されているものです。「お金を簡単に稼ぎたい」「ルールの網の目をかいくぐって快楽を貪りたい」といったシャドウ(影の自己)を、私たちは通常、道徳心や理性で必死に抑え込んでいます。

ところが、りりちゃんのような存在がメディアやネットの表舞台に登場し、その手口や派手な生活、そしてその背後にある巨大な闇(スカウトや半グレ、反社会的勢力といった記号)が暴かれるとき、私たちの抑圧されたシャドウが強烈に刺激されます。

「あんな風に生きられたらどうだったんだろう」という禁断の好奇心と、「そんなことをしたら社会から弾き出されて破滅する」という強烈な恐怖がミックスされることで、私たちはその話題から目を離せなくなるのです。つまり、ネット上で怒りの声を上げている人たちの心の奥底には、単なる正義感だけでなく、「自分には到底真似できない、しかしどこか歪んだ魅力を放つアンダーグラウンドの世界に対する、恐れと憧れの入り交じった複雑な心理」が隠されていると解釈することができます。

さらに、漫画家という表現者がそのアンダーグラウンドな現実と接触したという事実そのものが、大衆の持つ「物語消費の欲望」を刺激しました。現代社会において、私たちは現実の出来事をそのままのファクトとして受け取るのではなく、あたかも自分が楽しむための「ストーリー」であるかのように消費する傾向があります。漫画家のエッセイやFANBOXの投稿は、いわばフィクションとノンフィクションの境界線上にある「リアルな物語の断片」です。それが炎上というスパイスを加えられることで、最高にスリリングなエンターテインメントとして消費されてしまったわけです。

■統計と確率で見る「炎上」という名のパニック

ここで少し視点を変えて、統計学的なアプローチからこのネット騒動の規模感や性質について考えてみましょう。

インターネット上のSNSで発言される意見の数や、リポスト、いいねの数、そしてまとめサイトのアクセス数。これらは一見すると「世論の総意」や「大衆の圧倒的な怒り」のように見えますが、統計学的なサンプリングの観点から見ると、極めて偏ったサンプル(バイアスのかかった標本)に過ぎないことが分かります。

社会学や統計学の調査では、オンラインで自発的に声を上げる人たち(ボランティア・バイアスがかかった集団)は、全体の人口の中でも極めて特殊なセグメントであることが知られています。一般の大多数の人々(サイレントマジョリティ)は、この騒動について「なんとなく気味の悪いニュースだな」と思いつつも、わざわざSNSで批判のポストをしたり、FANBOXの記事を詮索したりすることはありません。

つまり、ネット上で観測される「激怒の嵐」や「大バッシング」は、統計的な母集団を正確に反映したものではなく、特定のアルゴリズムによって増幅された「極端なノイズの増幅現象」に過ぎないのです。しかし、人間の脳はヒューリスティック(直感的な推論のショートカット)を使う生き物なので、目の前にある大量の批判コメントを見ると、「世間一般の全員がこの件について怒っている」という錯覚(利用可能性ヒューリスティック)に陥ってしまいます。

この錯覚が、さらに個人の参加ハードルを下げ、「私も一言言ってやろう」「正義の側に立って意見を表明しよう」という同調圧力を生み出します。統計的に見ればごく少数の声が、反響音(エコーチェンバー現象)によって無限に大きく聞こえるようになる。これが、現代のネット炎上の基本的なメカニズムです。

■不確実性の時代を賢く生き抜くための認知のフレームワーク

ここまで、心理学、行動経済学、そして統計学の視点から、今回のりりちゃんをめぐる騒動と亜月ねね氏の投稿に対するネットの反応を解剖してきました。

私たちが学べる最も重要な教訓は、■「人間の脳は、ダークな話題、陰謀、そしてネガティブな情報に対してあまりにも敏感に反応するように設計されている」■という事実です。スマホの画面を開き、タイムラインに流れてくる刺激的な見出しや、誰かを叩くトピックを目にしたとき、私たちの脳内ではドーパミンが分泌され、感情的な興奮が理性を上書きしようとします。

だからこそ、こうした情報に直面したときには、一度立ち止まってメタ認知(自分の思考を客観的に観察すること)を行うことが極めて重要になります。

「今、自分はこの情報に対して怒りや興奮を感じているけれど、それは自分の脳のネガティビティ・バイアスが引き起こしているだけではないか?」
「目の前にあるのは確実なファクト(事実)なのか、それとも誰かの主観や憶測、あるいはアルゴリズムによって誇張されたノイズに過ぎないのか?」
「情報を隠蔽したように見えるあの人の行動の裏には、法的なアドバイスや、被害者救済プロジェクトの複雑な事情といった、私たちが知らない合理的な変数が隠されているのではないか?」

こうした問いを自分自身に投げかけるだけで、感情の波に飲み込まれずに、物事を冷静に、そして多角的に捉えることができるようになります。

私たちは情報が溢れ返り、誰もが簡単に発信者になれる時代に生きています。その中で、過激なゴシップや炎上に心を奪われ、感情の燃料をくべ続けるのは、時間とエネルギーの大きな浪費です。

次にまた、似たようなネットの大騒動がタイムラインを賑わせたとき、どうか思い出してください。その騒動の背後には、人間の原始的な脳の仕組み、情報の非対称性、そして統計的なバイアスが複雑に絡み合った「メカニズム」が存在しているということを。

それに気づくだけで、あなたはただの「炎上の観客」から、自分の人生の舵をしっかりと握る「賢い観察者」へとステップアップすることができます。スマホの画面をそっと閉じ、自分の目の前にあるリアルな生活や、本当に大切なことにエネルギーを注ぐ。それこそが、この情報過多の時代を最も賢く、そして豊かに生き抜くための科学的な処方箋なのではないでしょうか。

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