薬局の機械化で高齢者を冷たく突き放した店員に怒り!現代社会の闇とは

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近所の薬局に行ったときのことなんですけど、入口にドンと置かれたタッチパネル式の受付の前で、おばあちゃんが途方に暮れていたんです。画面を何回もタッチしているのに、機械がうまく反応してくれなくて、後ろには微妙な行列ができちゃって。そこへ店員さんが通りかかって、おばあちゃんが「やり方がわからなくて…」って助けを求めたんですね。そしたらその店員さん、「自分でやってください、みんなやってますよ」って、けっこう冷たく言い放って自分の仕事に戻っちゃったんです。見かねた別のお客さんが代わりに操作してあげたら、さっきの店員さんが慌てて飛んできてお辞儀をしたっていう話なんですけど、これ、なんだかすごく考えさせられませんか。

このエピソード、SNSですごい議論になっていて、「困っているお年寄りに冷たすぎる」「店員の態度はありえない」という怒りの声がある一方で、「店員だって人手不足で忙しいんだから毎回面倒見きれない」「甘やかすと自分でやらなくなる」という現場に同情する声もあって、意見が真っ二つに割れているんです。これって単なる一つの薬局の接客トラブルではなくて、いま私たちが生きているデジタル化の波が押し寄せる社会の、めちゃくちゃリアルな歪みが凝縮されている問題だと思うんですよね。

そこで今回は、このモヤモヤする出来事を、心理学や経済学、統計学のチカラを借りて、ちょっと深掘りして考えていきたいと思います。人間はデジタル社会の中でどう変化しているのか、そして私たちはこれからどうやってお互いに優しく、かつ効率よく生きていけばいいのか、科学的な視点から紐解いていきましょう。

■デジタル化の波と人間の不一致について心理学から考える

まず、なぜお年寄りがタッチパネルの前であんなにも苦労するのか、そしてなぜ店員がああいう冷たい態度をとってしまったのかを、認知心理学の観点から見てみましょう。

心理学の世界では、人間の情報処理能力には限界があるということがよく知られています。心理学者のジョージ・ミラーが提唱した有名な理論にマジカルナンバーセブンというものがあります。人間が一時的に頭の中で記憶して処理できる情報の数は、だいたい七個前後が限界だと言われているんです。さらに、高齢になると、このワーキングメモリ、つまり作業記憶の容量がどうしても低下してきます。新しい情報を処理するスピードが落ちるのは、脳の構造上、ごく自然なことなんですね。

これに加えて、高齢者の身体的な変化も見逃せません。人間の皮膚は加齢とともに乾燥し、指先の感覚を伝える受容器の感度が鈍くなります。最近のスマホやタブレット、店頭のタッチパネルで主流になっている静電容量方式のタッチパネルは、微弱な電気を感知して動く仕組みになっています。だから、乾燥した高齢者の指だと、画面がうまく反応してくれないことが本当によくあるんです。本人はちゃんとタッチしているつもりなのに、機械が反応しない。この時点で、すでに高齢者にとってはパニックを引き起こす十分なストレス状況になっているわけです。

そこに、あの冷たい「自分でやってください」という言葉が飛んできたときの心理的ダメージを想像してみてください。これは心理学でいう社会的排除や学習性無力感につながる危険性があります。自分が社会のお荷物になっているような感覚を覚えてしまい、次から外出すること自体が怖くなってしまうお年寄りも少なくありません。

一方で、冷たい態度をとってしまった店員の心理はどうだったのでしょうか。これを考えるうえでヒントになるのが、心理学の認知バイアスの一つである、防衛的冷淡さという現象です。人は自分のキャパシティを超えたストレスや負担に直面すると、これ以上共感してエネルギーを消耗しないように、無意識に相手に対して心を閉ざしてしまう防衛本能が働きます。

つまり、あの店員も生まれつき性格が悪いわけではなく、日常的な業務の過酷さや慢性的な人手不足の中で、脳がこれ以上他人の面倒を見る余裕がないと判断して、防衛反応として冷たい言葉を出してしまった可能性が極めて高いのです。高齢者の認知の限界と、店員の防衛的冷淡さという、二つの心理的限界があの狭い空間でバチバチにぶつかり合ってしまった、というのがこの事件の正体だと言えそうです。

■効率化の罠とトレードオフの経済学

次に、この問題を経済学的な視点から眺めてみましょう。いま、多くの店舗や企業が躍起になって取り組んでいるのがDX、つまりデジタルトランスフォーメーションです。タッチパネルの導入も、セルフレジも、すべては人手不足を解消し、業務を効率化してコストを削減するための経済合理的な判断として進められています。

経済学にはトレードオフという概念があります。何かを得るためには、必ず何かを犠牲にしなくてはならないという原則です。タッチパネルを導入することで、人件費が削減され、回転率が上がり、店側のコストは下がります。これは一見すると素晴らしい経営改善に見えます。しかし、その裏で何が失われているでしょうか。それがトランザクションコスト、つまり取引にかかる目に見えない費用です。

今回のケースで言えば、店員が機械の操作を教えるという手間のコストをシステムに外部化した結果、そのコストがそっくりそのまま高齢者という社会的弱者に押し付けられたことになります。経済学の言葉を使えば、これは外部不経済の発生と言い換えることができます。店舗はコスト削減の恩恵を一方的に受ける一方で、発生したトラブルの解決や、機械を使えない人が感じるフラストレーションという社会的コストを、現場の店員と困っている客に丸投げしてしまっている構造なんです。

さらに、行動経済学の視点も入れてみましょう。行動経済学では、人間は常に合理的な判断をするわけではなく、感情やその場の状況に流される生き物であると仮定します。ダニエル・カーネマンらが提唱したシステム1とシステム2という思考の枠組みがあります。システム1は直感的で速い思考、システム2は論理的で遅い思考です。

店舗側が期待しているのは、客がシステム2を働かせて冷静に画面の指示通りに操作することです。しかし、機械が苦手なお年寄りが列に並ばされ、後ろからのプレッシャーを感じているような状況では、システム1、つまりパニックや焦りが優位に働いてしまいます。焦れば焦るほど操作ミスが増え、余計に時間がかかる。そしてそれを見た店員がイライラしてシステム1で冷たい言葉を吐いてしまう。つまり、現在の店舗設計そのものが、人間の行動経済学的な特性を完全に無視して作られているという構造的な欠陥があるのです。

■統計データが示す日本社会の現実

では、この問題の背景にある社会的要因を、統計データから客観的に見てみましょう。日本は世界でも類を見ない超高齢社会を疾走しています。内閣府の統計によると、日本の高齢化率はすでに二十九パーセントを超えており、国民のおよそ四人に一人が六十五歳以上という現実があります。

一方で、労働力調査などの統計データを見ると、生産年齢人口、つまり十五歳から六十四歳までの人口は年々減り続けています。薬局や小売業界はどこも深刻な人手不足にあえいでおり、有効求人倍率は常に高い水準を維持しています。店員が「自分も忙しくて手が回らない」と感じているのは、単なる気のせいではなく、統計的なファクトに基づいた厳然たる事実なのです。

しかし、ここで見逃してはならないもう一つの統計データがあります。それはデジタルデバイド、つまり情報格差の実態です。総務省の通信利用動向調査などによると、若年層のインターネット利用率がほぼ百パーセントであるのに対して、七十代以上の高齢者層では、スマートフォンや最新のデジタル端末の利用率、あるいはそれを使いこなす自信の度合いがガクッと下がります。

つまり、日本社会全体の構造として、高齢者の割合はどんどん増えているのに、社会インフラや店舗のシステムは、一足飛びにデジタル化のスピードを上げている。このミスマッチが、マクロな統計データからくっきりと浮かび上がってくるわけです。高齢者が増えている国で、高齢者を排除するようなシステムを導入すれば、今回のような現場での摩擦が日本中のあちこちで起きるのは、統計学的に見ても必然の帰結だと言わざるを得ません。

■優しさと効率の両立は可能なのか

ここまで心理学、経済学、統計学の視点からこの出来事を解体してきましたが、見えてきたのは誰も悪くないのに誰もが不幸になるという、非常に切ない現代社会のシステムエラーです。

では、私たちはどうすればいいのでしょうか。ここでただ「店員はもっと優しくあるべきだ」とか「おばあちゃんはもっと勉強すべきだ」と精神論を語っても、何の解決にもなりません。システム論の観点からアプローチする必要があります。

一つの解決策として期待されているのが、ノーマライゼーションの理念に基づいたインクルーシブなデザインの導入です。これは、最初からすべての人が簡単に使えるシステムを作るか、あるいはデジタルとアナログのハイブリッドな選択肢を用意するという考え方です。例えば、タッチパネルの横に呼び出しボタンを分かりやすく設置し、困っている人がいたら迷わずスタッフを呼べる導線を作る。あるいは、完全セルフではなく、最初の案内だけを人間がサポートするコンシェルジュ的な役割を数分だけ設けるといった工夫です。

経済学の視点に戻れば、一見すると非効率に見える初期のサポートが、中長期的な顧客ロイヤルティを高め、結果的に店舗のブランド価値やリピート率を守るという投資になり得るという考え方が必要です。目先のコスト削減だけを追い求めて人間味を削ぎ落としていくと、最終的には顧客離れを招き、現場の従業員のメンタルヘルスを悪化させて離職率を高めるという、さらなる大きなコストを支払うことになります。

心理学的には、私たちは他者の認知の限界に対する想像力をもう少しだけ取り戻す必要があるのかもしれません。自分が当たり前にできていることが、目の前の人にとっても当たり前とは限らない。この認知の非対称性を理解するだけで、イライラしたときに湧き上がる怒りを少しだけ和らげることができます。

■まとめとして

今回の薬局のタッチパネル一件は、私たちに多くの問いを投げかけてくれました。効率化の波はこれからも止まることはないでしょうし、AIやロボット、無人化の技術はさらに私たちの生活に入り込んできます。

しかし、テクノロジーがどれだけ進化しても、人間が生きている社会である以上、そこには必ず温度や感情が存在します。効率の良さだけを追求して、機械に追われるように生きる社会は、本当に私たちが望む未来なのでしょうか。

デジタルな便利さを享受しつつも、誰一人として取り残さない優しい社会を作るためには、私たち一人ひとりが科学的な視点を持って社会の構造を理解し、現場の苦しみや社会的弱者の困難に目を向けることが何よりも大切なんだと思います。今日からあなたも、街で困っている人を見かけたら、効率のことはちょっと置いておいて、ほんの少しの優しさを分けてあげられるような、そんな心の余裕を持ってみませんか。それが、ギスギスした現代社会を少しだけ生きやすくする、一番確実な方法なのかもしれません。

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