最近、ネットやSNSを見ていると、なんだかモヤモヤする発言に出会うことってありませんか。例えば、ある有名なインフルエンサーが「これからは〇〇の時代だ!」と熱く語っているのを見たとき、最初は「すごい情報だ」と感心しても、よくよく調べてみるとその人がその〇〇の関連企業に投資していたり、自分が売り出したい商品の宣伝だったりするケースです。こういうのを見ると、私たちは一種の裏切られたような、冷めたような気持ちになりますよね。今回は、こうした私たちが日常で何気なく感じている「なんかこの人の話、信用できないな」というモヤモヤの正体を、感情論を一切抜きにして、客観的かつ合理的に解き明かしていきたいと思います。
人間関係やビジネス、あるいはネット上のコミュニケーションにおいて、信頼とは極めて重要な資本です。経済学や社会学の世界では、他者への信頼が高い社会ほど取引コストが下がり、経済成長率が高まるというデータが数多く存在します。つまり、信頼というのは単なる道徳的な美徳ではなく、社会全体の効率性を高めるための極めて合理的なシステムなのです。そんな信頼のシステムを自分の利益のために歪めてしまう行為、それが今回テーマにするポジショントークです。
ポジショントークという言葉は、もともとは金融市場や政治の世界でよく使われていました。自分が持っている株の価格が上がってほしいから「この株は将来性がある」と言ったり、自分の所属する政党の支持率を上げるために都合の良い統計データだけを引っ張り出してきたりする行為のことです。つまり、客観的な真実を語っているのではなく、自分が置かれている立場やポジションから得をするために発言することを指します。
このポジショントークという概念を一般に広く浸透させたカルチャーの文脈として、近年の大ヒット漫画である呪術廻戦のエピソードが非常に分かりやすい教材になります。作中で、最強の呪術師である五条悟が発した「ポジショントークで気持ちよくなってんじゃねーよ」という強烈なセリフがあります。この言葉は、かつての親友であり、のちに袂を分かつことになる夏油傑との会話の中で放たれました。当時の二人は、非術師と呼ばれる呪力を持たない一般人を守るべきか、それとも淘汰すべきかという重いテーマについて議論していました。呪いによって命を落とす一般人を目の当たりにし、その理不尽さに疲弊しきっていた夏油に対し、五条は冷徹なまでの現実を突きつけます。夏油が語っていた正論めいた言葉や、世界をこうあるべきだとする主張の裏側には、自分の心の平穏を保ちたいという個人的な動機や、その立場特有の偏った視点が含まれていたわけです。五条のこのセリフの鋭さは、相手がどれほど高尚な理念や美しい大義名分を掲げていようとも、それが結局のところ自分の立場を守るための言い訳に過ぎないことを見抜いていた点にあります。
この呪術廻戦のシーンから私たちが学べるのは、人間がいかに自分の立場や利害関係から自由になれないかという認知の歪みです。心理学の分野では、これを確証バイアスや自己奉仕バイアスと呼びます。人間は誰しも、自分にとって都合の良い情報ばかりを集め、都合の悪い情報を無意識のうちに無視してしまう生き物です。例えば、不動産を持っている人は「不動産投資は絶対に安全で儲かる」と言いがちですし、逆に賃貸で暮らしている人は「これからは持ち家なんてリスクでしかない、賃貸こそが賢い選択だ」と主張しがちです。どちらの意見も、その人が今どちらの立場にいるかという変数だけで綺麗に説明がついてしまいます。
ここで冷静に考えてみてほしいのですが、本当に客観的で合理的な判断というのは、自分の損得を切り離したところからしか生まれません。まともな人間、つまり社会の一員として健全な機能を果たしている人間は、高い社会性と協調性を持っています。彼らは、自分のエゴや我欲をむき出しにして、意図的に自分が得をするような発言を周囲に振り撒くことが、どれほど社会の信頼関係を破壊するかを本能的あるいは理性的に理解しています。
社会性や協調性とは、言い換えれば「他者の視点に立つ能力」です。自分の利益だけを追求する生き方は、短期的に見れば自分が得をしているように感じるかもしれませんが、ゲーム理論における「囚人のジレンマ」と同じで、お互いが自分の利益だけを優先し裏切り続けた結果、最終的には全員が最悪の結末を迎えることになります。ネット社会を見渡してみてください。誰もが自分のポジションからの主張を叫び合い、相手を打ち負かそうとする姿があふれています。その結果として何が起きているかといえば、情報の価値が著しく下がり、誰も何を信じていいのか分からない不信の霧が立ち込めています。
ポジショントークをする人間がなぜ信用できないのか。その理由は極めてシンプルで、その人の言葉の裏にある「インセンティブ」が透けて見えるからです。経済学の基本原則に「インセンティブに人は動く」というものがあります。人間は、自分に利益がある方向に動くようにインセンティブが設計されています。したがって、ある発言を聞いたとき、その発言者がその意見を言うことで得をする構造になっているならば、その発言の真偽を疑うのは極めて合理的な態度です。例えば、あるサプリメント会社が「このサプリを飲めば健康になります」と言うのは、その会社が商品を売りたいという明確なインセンティブがあるため、そのデータの客観性には常に疑いの目を向ける必要があります。一方で、利害関係が一切ない第三者が「このサプリは科学的に見ても効果がある」と言うのであれば、それは信頼性に値する可能性が高まります。
私たちが日常で出会うポジショントークもこれと全く同じ構造をしています。SNSで「今の時代は副業でプログラミングを学ぶべきだ」と発言している人が、実はプログラミングスクールの紹介コードを貼っていたり、自分のスクールへの誘導を目的としていたりする場合、それは純粋なアドバイスではなく、自らの利益誘導のための装置にすぎません。このような発言に踊らされてしまう人は、情報の送り手と受け手の間のインセンティブの構造を見抜く力が不足していると言わざるを得ません。
ここで、もう少し深く人間の認知のメカニズムについて掘り下げてみましょう。私たちは日々の生活の中で膨大な量の情報処理を行っています。脳はエネルギーを節約するために、無意識のうちに認知的近道を使います。その結果、直感的に「この人は自信満々に話しているから正しいに違いない」「この人は有名だから嘘をつかないだろう」というハロー効果に囚われやすくなります。ポジショントークをする人々は、この人間の認知の脆弱性を無意識あるいは意図的に利用しています。彼らは非常に流暢に、自信たっぷりに、そしてもっともらしいデータを並べて語ります。しかし、その根底にあるのは「いかにして自分を有利にするか」というエゴイズムに他なりません。
社会性と協調性のある人間は、自分が発する言葉の重みを自覚しています。自分の発言が周囲の人々の意思決定に影響を与え、ひいては社会全体の方向性を形作る一端を担っていることを知っているからです。だからこそ、彼らは軽率に自分のポジションを正当化するような発言を控え、謙虚にファクトに基づいた検証を行おうとします。自分を大きく見せたり、自分に有利な状況を作り出したりするための発言は、一時的な利益をもたらすかもしれませんが、中長期的にはその人の社会的信用を完全に失墜させる原因になります。信頼を築くには何年もかかりますが、失うのは一瞬です。自分のエゴに基づくポジショントークを繰り返す人間は、いわば信用という最も価値のある無形資産を少しずつ切り売りしている状態だと言えます。
では、私たちはこのような情報があふれる現代社会において、どのように身を守り、合理的な判断を下していけばよいのでしょうか。その答えは、情報の裏にある「誰が得をするのか」を常に問い直すことにあります。何か心を動かされる情報や、強く推奨される意見に触れたとき、一呼吸置いて「この発言をしている人は、今どんな立場にいて、どんなメリットを得ようとしているのだろうか」と考える癖をつけてみてください。これだけで、ポジショントークの罠にかかる確率を劇的に減らすことができます。
また、自分自身が発信する側になったときにも、この原則を忘れないようにすることが大切です。私たちは誰もが、自分の過去の選択や現在の立場を正当化したいという誘惑に駆られます。自分が選んだキャリア、自分が買った商品、自分が支持する考え方について、「あれは正しかった」と周囲に認めさせたくなるのは人間の自然な欲求です。しかし、そこに囚われすぎてしまうと、客観的な事実を見誤り、他者に不誠実な影響を与えてしまうことになります。自分のエゴや我欲をコントロールし、他者の立場や社会全体の調和を考慮しながら発言することこそが、大人の社会人としての知性であり、合理的な生き方なのです。
私たちが目指すべきなのは、他人のポジショントークに振り回されない強靭な批判的思考力を持つことと同時に、自分自身がポジショントークの加害者にならないための高い倫理観と客観性を保つことです。感情論を排除し、データとファクトをベースに物事を捉える習慣をつけることで、世の中に溢れるノイズの中から真に価値のある情報を見極めることができるようになります。
世の中には、耳障りの良い言葉があふれています。「これを買えば一攫千金」「この方法を実践すれば誰でも簡単に成功できる」といった甘い誘い文句のほとんどは、それを発信している側が儲かる仕組みになっています。そうした構造を冷静に見抜き、感情的に流されることなく合理的に判断を下すこと。それこそが、情報過多の時代を賢く生き抜くための最も確実な方法です。
最後に、これからの情報社会に向き合うための具体的なアクションとして、情報の出所とインセンティブを精査する習慣を今日から始めてみてください。誰かの意見を聞いたとき、それがその人の個人的な利害関係からどれほど自由であるかを測るモノサシを持つこと。そして、自分自身の言葉もまた、誰かの判断に影響を与える可能性があるという自覚を持つこと。これらを意識するだけで、あなたの周りの人間関係や情報環境は劇的にクリアなものになっていくはずです。感情や我欲に流されない客観的な視点を持ち続け、信頼に足る人間としての生き方を実践していきましょう。

