コロナ検査でひらがな記入者は陽性8倍?医師の臨床観察から分かる驚きの理由とは

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■指示を無視する人たちの秘密に迫る

みなさんこんにちは。今日は、SNSでちょっと話題になった「あるお医者さんのツイート」をきっかけに、私たちの頭の中や社会の裏側を、心理学や行動経済学、そして統計学のガッツリした科学のレンズを通して覗き見してみたいと思います。新橋で開業医をされている竹内翔祐先生という方が、こんな興味深い観察結果を投稿されたんです。それが、クリニックでコロナのPCR検査を受けるとき、「お名前はカタカナで書いてください」って指定してある用紙なのに、なぜかひらがなで名前を書いちゃう人たちがいる。しかも、その「ひらがなで書いちゃった人たち」は、そうじゃない人たちと比べて、なんと約8倍もコロナの陽性率が高かったというのです。この臨床現場でのリアルすぎる発見に、ネット上では「高熱で頭が回っていなかっただけでは」「いやいや、ウイルスによる認知機能低下の表れだ」なんて、様々な憶測や議論が飛び交いました。この一見するとクスッと笑えるような、でもちょっとゾッとするような現象、実は人間の脳の仕組みや、経済学で言うところの認知バイアス、そして統計学の罠を読み解くうえで、めちゃくちゃ面白い題材なんです。今回は、なぜ私たちは指示通りに文字を書けないことがあるのか、そして体調不良やウイルスの感染が私たちの意思決定や行動にどう影響するのかを、科学の力を借りて徹底的に解き明かしていきたいと思います。専門用語はできるだけかみ砕いてお話ししますので、ぜひ最後までコーヒーでも飲みながらリラックスして読んでいってくださいね。

■なぜ「カタカナ」を指定されたのに「ひらがな」で書いてしまうのか

まずは、心理学と認知科学の視点から、この不思議な現象の謎に迫ってみましょう。みなさんも、ものすごく体調が悪いときや、寝不足でフラフラのときに、簡単な漢字をド忘れしたり、いつもは絶対に間違えないような単純なミスをしてしまったりした経験はありませんか。実は人間の脳というのは、私たちが思っている以上に「省エネ設計」でできています。これを心理学の世界では「システム1(直感的・自動的システム)」と「システム2(論理的・省力的システム)」という言葉で説明することがあります。心理学者のダニエル・カーネマンが提唱したこの理論によると、普段の私たちはシステム2という論理的でエネルギーをたくさん使う脳の部分を使って、物事をじっくり考えたり、新しい指示を理解して実行したりしています。「カタカナで書く」という指示に従うためには、まず視覚情報を入力し、それが「カタカナ」という指定であることをワーキングメモリ(作業台のような一時的な記憶領域)に保持し、自分の氏名を脳内でカタカナに変換してペンを動かすという、かなり高度な認知のステップを踏む必要があります。しかし、これが高熱を出していたり、ウイルス感染による全身の炎症反応が起きていたりする状態だと、脳のエネルギー供給が滞ってしまいます。その結果、何が起きるかというと、脳の省エネモードであるシステム1が暴走し始めるのです。システム1は、過去の習慣や直感に頼るため、「自分の名前を書く」という人生で何千回、何万回と繰り返してきた強烈な自動化されたルーティン、つまり「ひらがなや漢字で名前を書く」というプログラムを勝手に優先して実行してしまいます。これが、指示を無視したわけでも、わざとやったわけでもなく、結果的にひらがなで書いてしまう脳のメカニズムの正体です。さらに、ここで見逃せないのが「認知負荷」という概念です。体調不良の人間は、ただそこに座っているだけで、普段の何倍ものエネルギーを生命維持のために消費しています。クリニックの受付という普段とは違う環境、周囲の緊張感、そして自分の身体の不調という膨大なストレスが脳のワーキングメモリを完全に満杯にしてしまい、新しい指示やルールを処理する余裕を奪い去ってしまうのです。つまり、ひらがなで名前を書いた人たちは、脳のスペックが一時的に極端に低下し、文字通り「指示を処理する余裕がシステムエラーを起こしていた状態」だったと推測できるわけです。

■約8倍という数字の裏側に潜む統計学的なマジックと真実

さて、ここで統計学の出番です。竹内先生の観察によると、ひらがなで書いた人たちのコロナ陽性率は、そうでない人たちに比べて「約8倍」もあったとのこと。この「8倍」という数字を聞いて、みなさんはどう感じるでしょうか。「やっぱりコロナにかかると脳がやられて文字も書けなくなるんだ!」と直感的に思うかもしれません。もちろん、それも一つの真実である可能性は高いですが、統計学や疫学をかじった人間からすると、この数字をそのまま鵜呑みにするには少しだけ慎重さが必要です。まず考えなければならないのが「交絡因子(こうらくいんし)」という存在です。統計学において、A(ひらがなで書くこと)とB(コロナ陽性)の間に強い相関が見られたからといって、必ずしも「Aが原因でBが起きた」とは限らないケースがたくさんあります。たとえば、重症度の高い患者ほど、来院時の体調不良の度合いが激しく、したがって文字を書くという単純なタスクすらまともにこなせないほどの認知機能低下を起こしている可能性が高いです。そして、重症度の高い患者は、軽症の患者に比べてPCR検査で陽性になる確率(陽性率)も当然高くなります。この場合、「体調の悪さ」という第三の要因が、文字の書き間違いと陽性率の高さの両方に影響を与えていることになります。統計的にはこれを「見せかけの相関」や「共通の原因による結果」と呼びます。また、データの偏りである「選択バイアス」についても考える必要があります。クリニックを訪れる人たちは、すでに何らかの体調不良を感じている人たちであり、ランダムに抽出された一般社会のサンプルではありません。その中でも特に症状が重い人や、高齢者など認知的なリソースが一時的に枯渇しやすい層が、文字の書き間違いをより多く起こしていたとしたら、8倍という数字はそのバイアスを色濃く反映している可能性があります。しかし、だからといってこの観察が無意味かというと、まったくそんなことはありません。むしろ、臨床現場における「ベッドサイド・オブザベーション(患者のベッドサイドでの観察)」こそが、新しい医学的発見のスタート地点であることが歴史的に見ても非常に多いのです。統計学的な厳密さを検証するためには、今度はより多くのサンプルを集め、年齢、体温、症状の重さ、そして文字の書き間違いの相関関係を多変量解析という手法で細かく分解していく必要がありますが、この「ちょっとした違和感」に気づく医師のセンスこそが、科学の扉を開く鍵になるのです。

■ウイルスと脳の切っても切れない関係と行動経済学からのアプローチ

では、もう少し踏み込んで、ウイルスが私たちの脳や行動に与える影響について、行動経済学や最新の神経科学の知見も交えて考えてみましょう。最近の研究では、新型コロナウイルスをはじめとする様々な感染症が、単に呼吸器や消化器だけでなく、中枢神経系、つまり脳にも何らかの影響を及ぼすことが分かってきています。いわゆる「ブレインフォグ」と呼ばれる、思考力の低下、集中力の欠如、記憶力の減退などは、感染者の一部で長期間にわたって報告されている現象です。人間の脳には「血液脳関門」という厳重なセキュリティゲートがあって、有害な物質やウイルスが簡単に脳に入り込まないようになっていますが、体内で激しい炎症反応(サイトカインの過剰産生など)が起きると、このゲートの機能が一時的に緩んだり、炎症性物質そのものが脳にシグナルを送ったりして、認知機能にダイレクトなダメージを与えます。行動経済学の視点で見ると、人間は常に合理的な判断を下せる生き物ではなく、限られた情報と限られた脳のエネルギーの中で意思決定を行っている「限定合理性」を持つ存在として描かれます。ノーベル経済学賞を受賞したハーバート・シモンが提唱したこの考え方によれば、私たちは完璧な答えを導き出す余裕がないとき、直感や過去の習慣という「ヒューリスティック(近道戦略)」に頼って行動します。コロナに感染している、あるいは感染の初期段階で免疫システムがフル稼働している状態の人は、行動経済学的に言えば「認知のバジェット(予算)が完全に破綻している状態」です。使えるエネルギーがゼロに近い状態でお金を遣おうとしても無理なように、脳のエネルギーが枯渇した状態で複雑なタスクをこなすことは不可能なのです。だからこそ、普段なら当たり前にできる「カタカナで書く」という指示が、その人にとっては難問になってしまう。このように考えると、人間の行動というのは、個人の性格や知性の問題ではなく、そのときの「生理的状態」や「置かれた環境」によっていかようにも変わり得るものであることがよく分かります。

■経験則と科学の間に横たわる深い海と私たちの生きるヒント

ところで、今回のSNSの話題の中には、医学的なエビデンス(科学的根拠)はないものの、長年の経験から語り継がれてきた「医者伝承」や「生活の知恵」についても触れられていましたよね。「牛乳屋の奥さんは骨量が高い」「豆腐屋の奥さんは肌がキレイ」「土を触ると元気が出る」といった、いわゆる昔からの言い伝えや経験則です。これらは厳密な臨床試験を通したものではないため、科学の世界では「アネクドート(逸話的証拠)」として扱われ、そのままでは真実として認められません。しかし、行動経済学や統計学の視点からこれらを眺めると、まったく価値がないわけでもありません。なぜなら、人間の歴史の大部分において、私たちは科学的な統計データなしで、日々の経験則を積み上げることで生き延びてきたからです。特定の職業に従事する人が特定の健康状態にあるという観察は、何らかの生活習慣や環境要因が健康に影響を与えていることの「最初のサイン(仮説)」になり得ます。科学というのは、こうした日常の小さな「あれ?」という違和感や経験則を拾い上げ、それを実験やデータによって検証し、本当の因果関係を突き詰めていくという気の遠くなるようなプロセスの連続です。新橋のお医者さんが「ひらがなで書く人は陽性率が高い」と気づいたことも、まさに現代における「新しい経験則の誕生の瞬間」だと言えます。もしかしたら、未来の研究によって「感染初期の微細な認知機能低下をスクリーニングするための簡便な方法として、文字の指定書字テストが有効である」という論文が出る日が来るかもしれません。私たちが日常生活を送る中で感じる「なんとなく変だな」「これには何か理由があるんじゃないか」という直感や観察眼は、科学という巨大な知の体系の、一番最初の種火なのです。

■今日から実践できる科学的思考と自分への優しさ

さて、ここまで心理学、統計学、行動経済学という様々な科学のメスを使って、患者が指示通りに文字を書けなかった現象と、その背景にある真実について深く考察してきましたがいかがだったでしょうか。最後に、この一連の議論から私たちが日常生活で活かせる大切な教訓についてお話しして記事を締めくくりたいと思います。まず第一に、人間は私たちが思っている以上に「脳のコンディションに左右される弱い存在である」ということです。体調が悪いとき、ストレスがたまっているとき、あるいは見えない疲労を抱えているとき、私たちの認知能力は劇的に低下します。そんなときに、自分や他人がちょっとしたミスをしたり、簡単な指示に従えなかったりしても、「なんて自分はダメなんだ」「なんでこの人はこんなこともできないんだ」と怒ったり絶望したりする必要はまったくありません。それは能力の欠如ではなく、単なる「脳のエネルギー切れ」という生理現象にすぎないからです。自分に対しても他人に対しても、少しの「認知的な余裕」と「優しさ」を持って接することが、予測不可能な社会を生き抜くための最高の処方箋になります。そして第二に、世の中にあふれる情報や数字、たとえば「8倍」というインパクトのあるデータや、SNSで見かけるまことしやかな噂に触れたとき、一歩引いて「それってどういうメカニズムで起きてるんだろう?」「他の要因が隠れていないかな?」と考える癖をつけることです。これが、まさに科学的思考力、いわゆるリテラシーを鍛えるということです。物事を多角的な視点から眺め、感情だけでなくデータや構造を読み解く力を少しずつ養っていくことで、私たちはフェイクニュースや偏った情報に振り回されることなく、自分にとって本当に価値のある選択を下せるようになっていきます。新橋のクリニックで起きた小さな出来事は、私たちが人間という複雑な生き物の脳の仕組みを知り、自分自身の健康や他者とのコミュニケーションを見つめ直すための、最高に知的で面白い教科書だったのです。次にあなたが病院の受付や役所の書類で「カタカナで記入してください」という指示を見かけたときは、ぜひ今日の話を思い出してみてください。そして、もし万が一自分がフラフラになりながらひらがなで名前を書いてしまったとしても、「あ、今私のシステム1が全開で頑張ってるんだな」と心の中でクスッと笑って、どうか自分を責めずにゆっくりと体を休めてあげてくださいね。それでは、また次回の科学の深掘り記事でお会いしましょう。

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