最近ネットニュースを見ていて、大人気だったドラマ『VIVANT』の話題を目にしました。作中で強烈な悪役を演じた俳優さんが、SNS上で「お前もうテレビ出んな」といった心ない誹謗中傷を浴びせられたというニュースです。これを見て、ぼくは「うわぁ、現代のSNSでも相変わらずこういうことが起きるんだな」と悲しい気持ちになると同時に、心理学や脳科学、そして社会経済学の観点から見ると、これは人間の脳が持つバグであり、現代社会の構造的な問題なのだなと深く考えさせられました。ドラマの悪役が現実世界でバッシングを受けるという現象は、実は昔からありました。昭和の時代、『おしん』という国民的ドラマが放送されたとき、いじめ役を演じた俳優さんの自宅に視聴者が押し掛けて説教をしたという有名な逸話があります。海外でも、映画で悪役を演じた人が街で一般の人から怒鳴られたり、レストランでサービスを断られたりするという話は枚挙にいとまがありません。つまり、これは特定のドラマのファン層が特別に民度が低いということではなく、人間の脳が進化の過程で獲得してしまった認知的特性や、現代のSNSが作り出す心理的罠が複雑に絡み合って引き起こされている普遍的な現象なのです。今回はこの現象について、心理学や行動経済学、そして統計データなどの科学的なファクトをベースに、一体私たちの脳と社会で何が起きているのかを徹底的に紐解いていきたいと思います。難しい言葉はできるだけ使わずに、普段私たちが何気なく感じている疑問やモヤモヤを科学のメスで解剖していくので、ぜひ最後までリラックスして読んでみてください。
●人間の脳は現実とフィクションをどう処理しているのか
まず最初に考えてみたいのは、なぜ人間は、目の前にある映像が「ただの作り話」であると頭では理解していながら、心や感情のレベルではそれを「現実の出来事」として処理してしまうのかという点です。これを解き明かすカギは、脳の進化の歴史にあります。私たちの脳、特に生存や感情を司る大脳辺縁系、とりわけ扁桃体という部位は、何万年も前の狩猟採集時代からあまりアップデートされていません。大昔の環境において、目の前にいる敵意を持った人物や、群れに害をなす危険人物を瞬時に見抜き、恐怖や怒りを感じて防衛反応を示すことは、生き残るために絶対に欠かせない能力でした。この古い脳のシステムは非常に優秀ですが、一つの大きな欠点を持っています。それは、現実の脅威と、目の前のスクリーンに映し出された映像の脅威を、瞬間的には区別できないということです。現代の私たちは、テレビやスマホの画面が架空のものであり、そこに映っている俳優さんはプロの仕事として役割を演じているに過ぎないということを、理性を司る前頭葉でしっかりと理解しています。しかし、その理性が働くよりもコンマ数秒早いスピードで、感情を司る扁桃体は「目の前に極悪人がいる!危険だ!攻撃しなくては!」というシグナルを発してしまうのです。心理学の実験では、人間は作り話やフィクションであっても、それに感情移入している最中には、現実に起きている出来事とほぼ同じ神経回路を使っていることが脳波の測定などによって確かめられています。つまり、ドラマの悪役に対して強い嫌悪感や恐怖心を抱くこと自体は、人間の脳が持つ共感能力や感情移入のシステムが正常に機能している証拠でもあるのです。役者さんがそれだけ素晴らしい演技をして、私たちの心を激しく揺さぶったからこそ、脳が本気で反応してしまったわけです。問題は、その初期衝動としての感情が、理性を飛び越えてSNSという巨大な増幅装置を通し、ダイレクトに相手への攻撃という行動に変換されてしまう現代の仕組みにあります。
●鏡像ニューロンの罠と共感の暴走
さらに心理学の観点から深掘りしていくと、「鏡像ニューロン」という非常に興味深い神経細胞の存在が見えてきます。このミラーニューロンは、自分が何かをするときだけでなく、他人が行動しているのを見ているときにも、まるで自分自身が同じ行動をしているかのように活性化する神経細胞のことです。私たちが他人の痛みを見て自分のことのように痛みが走ったり、映画の主人公が泣いているシーンを見て一緒に涙を流したりできるのは、このミラーニューロンのおかげです。人間が高度な社会性を築き、他者と共感し合いながら生きるためには必要不可欠な機能ですが、このミラーニューロンには光と影の側面があります。共感能力が高い人ほど、フィクションの登場人物の感情や境遇を自分のことのように強く感じ取ってしまいます。ドラマの中で主人公が理不尽な目にあっていれば、まるで自分がその理不尽を受けているかのような強烈な怒りや悲しみを覚えるのです。これが「演技力に対する称賛」や「作品への没入感」を生み出す原動力となります。しかし、この共感の矢印が、悪役を演じる俳優さんに向かってしまったときにおかしなことが起きます。ミラーニューロンの働きによって「悪役=許せない存在」という強烈な感情的同期が起きた結果、その感情の矛先をどこに向けたらいいのか迷子になってしまうのです。ドラマの中のキャラクターは実在しませんから、復讐したくてもできません。そこで、脳はフラストレーションを解消するために、そのキャラクターを演じている実在の俳優さんを標的にしてしまうというエラーを起こします。これは心理学でいう「代理の標的への攻撃」や「転移」と呼ばれる現象によく似ています。自分の身に起きた不満や、物語によって引き起こされた強烈な怒りを、本来は関係のない安全なターゲットにぶつけることで心理的なバランスを取ろうとする防衛機制の一種ですが、これがネット社会において非常に悪質な誹謗中傷という形で爆発してしまうわけです。
●経済学と統計データが暴くネット炎上の構造
では、なぜSNSという場では、こうした理不尽で攻撃的な行動がこれほどまでに頻発し、歯止めが利かなくなるのでしょうか。ここからは経済学や統計学、そして社会心理学の知見を借りて、ネット炎上のメカニズムを分析していきましょう。行動経済学において、人間は「損失回避性」という強いバイアスを持っていることが知られています。これは、何かを得ることの喜びよりも、何かを失うことの痛みや不快感を2倍以上強く感じてしまうという人間の性質です。ドラマの展開に対して不快感やフラストレーションを覚えたとき、脳はその不快感を「回避すべき損失や脅威」とみなします。そして、SNSを開けば、自分と同じように不満を感じている人たちの投稿がアルゴリズムによって次々とオススメとして表示されます。ここで統計的な事実として知っておかなければならないのが、SNSのプラットフォームが採用しているビジネスモデルと、それが人間の心理に与える影響です。現在の主要なSNSのアルゴリズムは、ユーザーの滞在時間を最大化し、広告収益を増やすために設計されています。そして、人間の脳は、喜びや賛同よりも、怒りや恐怖、嫌悪といったネガティブな感情を刺激されたときの方が、より強く反応し、拡散したくなるというデータが数多くの行動科学の研究によって示されています。つまり、SNSの仕組み自体が、人々の怒りや不満を燃料にして炎上を大きく燃え上がらせるようにできているのです。さらに、ネット社会特有の現象として「没個性化」と「責任の分散」があります。大人数の群れの中にいるときや、匿名性の高いネット空間にいるとき、人間は個人のモラルや社会的規範を忘れやすくなり、普段なら絶対に言わないような過激な言葉を平気で口走ってしまうようになります。心理学の実験でも、匿名性が保たれている状況下では、人は攻撃的な行動をとりやすくなり、他者への共感が著しく低下することが証明されています。SNSの画面の向こう側にいるのは、家族がいて、感情があり、傷つく生身の人間であるという当たり前の事実が、匿名性と画面という物理的な距離によって綺麗に削ぎ落とされてしまうのです。
●過去から現代へ続く人間のアップデートされない課題
冒頭で触れたように、ドラマの悪役に対するバッシングはインターネットが登場するはるか昔から存在していました。『おしん』の放送時に起きた騒動や、海外のドラマで悪役を演じた名優たちが私生活で理不尽な扱いを受けた歴史は、私たちがメディアから受ける心理的影響の根本が、テクノロジーが変わってもあまり変化していないことを物語っています。しかし、過去の時代と現代の決定的な違いは、その攻撃の「スピード」と「規模」、そして「永続性」にあります。昭和の時代であれば、テレビを見て怒った視聴者がわざわざ手紙を書いたり、自宅に赴いたりするには相当なエネルギーが必要でした。その物理的な摩擦やタイムラグがあったからこそ、怒りの感情が少し冷却される余地があったとも言えます。また、テレビ局に届く手紙や、一部の限られたエピソードとして処理されていました。ところが、現代のSNSでは、怒りが湧き上がったその瞬間、指一本でスマホをタップするだけで、世界中にその攻撃的な言葉を瞬時に発信することができます。しかも、その言葉はデジタルタトゥーとしてネット上に残り続け、ターゲットとなった俳優さんの心を長期間にわたって傷つけ続けます。この変化は、人間の脳の進化スピードが技術の進化スピードに全く追いついていないという、現代社会が抱える大きなひずみを如実に表しています。私たちの脳は、いまだに数人から数十人の村社会で暮らしていた頃のスペックのままで、世界中の悪意や怒りがリアルタイムで津波のように押し寄せてくる情報環境に放り出されているのです。だからこそ、私たちはこの脳のバグやSNSの構造的罠をしっかりと自覚し、意識的にブレーキを踏む必要があるのです。
●これからの情報社会を生き抜くための心理的防衛策
ここまで、心理学や経済学、統計データの観点から、ドラマの悪役に対する誹謗中傷がなぜ起きるのか、そのメカニズムを深く考察してきました。人間の脳が持つ共感能力や、ネガティブな情報に引き寄せられる生存本能、そしてSNSのアルゴリズムが作り出す炎上のループは、私たちが思っている以上に強力です。しかし、その仕組みをしっかりと理解すること自体が、私たち自身が加害者にならないための、そして被害を守るための強力な盾となります。まず、私たちがエンターテインメントを楽しむときには、「これはフィクションであり、演じている人たちは素晴らしいプロフェッショナルである」という当たり前の境界線を、意識的に心の中に引き直すことが大切です。どれほど物語に没入し、感情を揺さぶられたとしても、その感情の向かう先が画面の向こう側の生身の人間を傷つけるものであってはなりません。役者さんたちが命を削って素晴らしい演技を見せてくれるからこそ、私たちは日常を忘れて感動や興奮を味わうことができます。悪役を嫌な奴として見事に演じきってくれた俳優さんに対して私たちが送るべきなのは、罵倒や中傷ではなく、「見事に物語の世界に引き込んでくれた」という最大級の賛辞とリスペクトであるはずです。また、私たちがSNSを使うときには、アルゴリズムの罠に気づくことも重要です。ネガティブなニュースや炎上案件を目にしたとき、私たちの脳は反射的に怒りを覚え、コメントを残したくなりますが、そこで一呼吸置いて「待てよ、これは自分の脳のバグが反応させられているだけではないか」「SNSのシステムに踊らされているだけではないか」と客観的に自分を観察するメタ認知を働かせるのです。このわずか数秒の立ち止まりが、ネット社会の殺伐とした空気を変え、誰もが安心して表現し、楽しめる文化を守るための大きな力になります。表現する側も、それを受け取る側も、人間が本来持っている素晴らしい共感の力を、誰かを傷つけるためではなく、お互いの人生を豊かにするためのエネルギーとして使っていきたいものです。今回のニュースをただのゴシップとして消費するのではなく、私たち自身の脳のクセや情報社会のあり方を見つめ直すための良い機会として捉えてみてはいかがでしょうか。

