世の中を見渡すと、なんだか息苦しいなと感じることはありませんか。SNSを開けば誰かが誰かを叩いていたり、自分はこんなにも不遇なんだと訴える声があふれていたりします。もちろん、世の中にはさまざまな事情を抱えた人がいますし、法的な権利や守られるべき仕組みがあるのも事実です。例えば、障害者や高齢者といった社会的弱者を守るための法律や、職場でのハラスメントを防ぐルールなど、私たちが安心して暮らすための基盤はきちんと整えられています。実際に、不当な差別や虐待、ハラスメントといった権利侵害に対しては、公的な相談窓口や救済制度が用意されており、法的な手段を使って自分を守る権利が誰にでも認められています。
しかし、ここで少し立ち止まって冷静に考えてみたいのです。権利を主張することや、被害を訴えること自体は大切なプロセスですが、それが「他責思考」や「甘え」の隠れ蓑になってしまってはいないでしょうか。何かうまくいかないことがあったとき、すぐに社会のせい、他人のせい、環境のせいにしてしまう。自分自身の行動や選択を見直すことなく、ただ「自分は弱者だから救済されるべきだ」と声を大にして主張するだけでは、現実は1ミリも変わりません。今回は、感情論をすっかり脇に置いて、ファクトや客観的なデータ、そして合理的な視点から、私たちがこれからの人生をどう捉え、どう行動していくべきなのかをじっくりと考えていきましょう。
まずは、私たちが生きるこの社会の現実を、客観的なデータから紐解いてみます。経済学や心理学の分野では、人間の行動や格差について長年さまざまな研究がなされています。例えば、社会的な流動性に関する研究データを見ると、生まれ持った環境や経済的なハンデキャップがその後の人生に影響を与えることは確かに否定できません。しかし同時に、個人の行動変容や選択が、その確率をどれほど大きく覆すことができるかというデータも数多く存在します。ある大規模な社会調査では、自分の人生のコントロール権が自分にあると感じている「内的統制型」の人は、外部の環境に支配されていると感じている「外的統制型」の人に比べて、長期的なキャリアの形成や所得の向上、さらには幸福度が高いという結果が一貫して出ています。
つまり、どれだけ社会的な制度が整っていて、あなたが被害者であると認められたとしても、最終的にあなたの日常を動かしているのはあなた自身の選択なのです。もちろん、法律は私たちを守ってくれます。不当な扱いを受けたときには、労働基準監督署や法テラス、各種行政の相談窓口を利用する権利がありますし、差別やハラスメントに対しては法的措置を取ることも可能です。これらは私たちが持っている正当な権利です。しかし、権利を行使することと、自分の人生の舵を他人に委ねることはまったく別問題です。権利を盾にして「私は被害者だから誰もが優しくして当然だ」という態度を取り続けてしまうと、周囲の人は自然と離れていき、結果的に孤立を深めることになります。これが、感情を排した冷徹な社会のメカニズムです。
ここで少し、動物行動学や進化心理学的観点からも人間を見てみましょう。人間もまた自然界に生きる生物の一種です。群れの中で生きる生物にとって、他者に依存し続ける個体は、生存戦略上、どうしてもコストが高いとみなされがちです。逆に、自ら食料を探し、群れに貢献する個体は重宝されます。現代社会は太古のサバンナとは形を変えていますが、人間の脳の基本構造は数万年前からほとんど変わっていません。私たちが誰かに対して「この人は愚痴ばかりで自分を変えようとしないな」と感じて距離を置きたくなるのは、ある意味で生物学的な防衛本能のようなものです。だからこそ、どれほど正当な権利を主張していたとしても、主体性や前向きなエネルギーを感じさせない人には、人が集まらず、チャンスも巡ってこないのです。
では、私たちはどうすればいいのでしょうか。答えは極めてシンプルです。それは、「主体的であること」に尽きます。自分の現状がどれほど理不尽なものであっても、「ここからどうやってはい上がるか」を考えるのが、最も合理的で、最もリターンが大きい生存戦略なのです。世の中の仕組みや他人の行動をコントロールすることは、残念ながら不可能です。変えられるのは自分の行動と思考だけです。この当たり前の事実を受け入れることが、すべてのスタートラインになります。
多くの人が勘違いしているのですが、主体的に生きるということは、苦しい状況でも一人で我慢し続けろということではありません。むしろ逆です。利用できるリソースや制度は賢く、最大限に活用するべきです。例えば、職場環境に深刻な問題があるならば、泣き寝入りするのではなく、法的な相談窓口に連絡して客観的な証拠を集め、自分の身を守るための合理的な手続きを踏むべきです。行政の救済制度やキャリア相談、スキルアップのための公的支援など、使えるものは徹底的に使う。その上で、「じゃあ、この環境から抜け出して自分がどう稼ぎ、どう生きていくか」という次のステップにリソースを集中させるのです。被害者意識に浸って時間を浪費している暇があったら、一歩でも前に進むための具体的な行動を起こしたほうが、圧倒的に人生の密度が濃くなります。
ここで、少しあなたの日常に引き寄せて考えてみてください。最近、何かうまくいかないことがあったとき、「だって自分はこういう環境だから」「あの人が協力してくれないから」と言い訳をしていませんでしたか。その気持ちはよく分かります。人間だれしも、自分の失敗を認めるのは痛いですし、誰かのせいにしたほうが楽だからです。しかし、その「楽」の代償として、あなたは自分の人生の主導権を他人に差し出しているのです。他人に人生のハンドルを握らせている車が、どこに向かうか想像してみてください。崖っぷちか、行き止まりか、どちらにしても良い結果にはなりません。
今日この瞬間から、そのハンドルをご自身の手にしっかりと握り直しましょう。まずは、自分の現状を徹底的に客観視することから始めてみてください。感情を一度オフにして、何が問題で、自分に何ができて、どんな選択肢が残されているのかを紙に書き出してみるのです。誰かに救ってもらうのを待つ「待ちの姿勢」を捨て、自らが舵を切る「攻めの姿勢」に切り替えるだけで、見えてくる景色はガラリと変わります。
私たちが生きる社会は、厳しい面もあれば、挑戦しようとする人を応援する仕組みもちゃんと用意されています。制度は盾として使いつつ、矛となるのはあなた自身の行動力と知性です。他人の目を気にする必要もなければ、誰かのせいにして足踏みをしている時間もありません。あなたの人生の主人公は、他の誰でもなくあなた自身です。今日から、今この瞬間から、主体的で前向きな一歩を踏み出してみませんか。その小さな決断の積み重ねこそが、確実にご自身の未来を切り拓く唯一にして最強の方法なのです。

