■プログラミングの画面をじっと見つめている同僚が、なぜか「サボっている」に見えてしまう不思議な現象の正体とは
会社の中で、パソコンに向かってキーボードを叩くわけでもなく、じっと画面を見つめて考え込んでいる人がいるとします。あるいは、一見すると何もない平穏な顔をして、コーヒーを飲みながらのんびりと椅子に座っているエンジニアがいたとします。周囲の人が見れば、「あの人はいつも仕事がなくて暇そうにしている」「一体何をして給料をもらっているのだろう」と不満を抱くかもしれません。実は、この日常の些細なワンシーンこそが、現代のビジネス社会が抱えるもっとも根深い病巣の入り口だったりします。
先日、ネット上で大きな話題となった一つの事件がありました。それは、非IT企業において社内のあらゆるシステム管理や運用をたった一人で、いわゆる「ワンオペ」で回していた担当者が、ある日突然、解雇や契約打ち切りを言い渡されたというものです。事の発端はあまりにもあんまりなものでした。システムが自動で処理を行う待ち時間に、次の業務に備えてちょっとした調べ物をしていたところ、それを目撃した中堅社員が「遊んでいるのに給料が発生しているのはおかしい」と盛大に勘違いをして会社にチクり、大騒ぎに発展してしまったのです。
会社側は慌ててその担当者をクビにしたものの、蓋を開けてみれば社内システムは一気に大混乱。誰もデータの仕組みが分からず、トラブルが起きても誰も対処できないという地獄絵図が完成しました。慌てた会社側は条件を据え置いたまま「戻ってきてほしい」と平身低頭で交渉しているそうですが、本人や事情を知る周囲の人間からは「当然、断るに決まっている」と冷ややかな視線が向けられています。
このニュースを見たとき、多くの人が「またか」と頭を抱えたのではないでしょうか。ITやシステム運用の重要性を微塵も理解していない経営層や管理職が、目に見える忙しさや派手な動きだけで社員の価値を測り、結果として会社を支える最重要人物をドブに捨てるように追い出してしまう。そして、いなくなって初めてその存在の大きさに気づいて阿鼻叫喚する。この構造は、もはや日本のあちこちで見慣れた悲劇の定番となっています。
では、なぜこのような不条理が繰り返し起きてしまうのでしょうか。人間の脳の仕組みや、組織を動かす経済学的なインセンティブ、そしてデータを正しく読み取れない統計的な認知の歪みという科学的なレンズを通して、この現象の奥底にあるメカニズムを徹底的に解剖してみたいと思います。そこには、私たちが普段いかにバイアスにまみれて物事を判断しているかという、笑えない現実が広がっています。
■人間は「目に見える動き」に騙されるようにできているという心理学の罠
まず心理学の観点から、なぜ「暇そうにしている優秀な人材」が理不尽な評価を受けてしまうのかを考えてみましょう。人間の脳には、エネルギーを節約するために手っ取り早い思考のショートカットを使おうとする性質があります。これを心理学では「ヒューリスティック」と呼びます。複雑な状況をじっくり分析するには多大なエネルギーが必要なため、脳はパッと見の分かりやすい情報だけで判断を下そうとします。
ここで登場するのが「利用可能性ヒューリスティック」という認知バイアスです。これは、自分の頭にパッと思い出しやすい情報や、目の前で強烈にアピールされている情報を過大評価してしまう傾向を指します。オフィスの中で、汗を流しながらバタバタと走り回っている人や、山積みの書類を前にして大声で電話をしている人は、周囲に対して「私は今、猛烈に仕事をしています」というシグナルを強烈に発信しています。脳はこの「忙しそうにしている姿」を簡単に思い出せるため、「あの人は有能で一生懸命働いている」と自動的に結びつけてしまうのです。
一方で、優秀なシステム管理者はどうでしょうか。彼らの仕事の本質は「トラブルを起こさずに、システムを平穏無事に稼働させ続けること」にあります。本当に優秀なエンジニアが管理しているシステムほど、エラーやトラブルが起きないため、現場は驚くほど静かで平和です。管理者はトラブル対応に追われて走り回る必要がなく、ただ淡々とモニタリング画面を眺め、将来のトラブルを防ぐためのコードを書いたり、効率化の仕組みを裏でこっそり構築したりしています。
しかし、心理学的に見れば、この「トラブルが起きていない平穏な状態」は、周囲の人間にとって非常に認知しにくいものです。「何も起きていない=何もしていない」という脳の錯覚が引き起こされやすいのです。さらに、先ほどの事例のように、システムが裏でデータを処理している待ち時間に勉強をしている姿を目撃されると、脳の持っている「サボっている」という既存のカテゴリーに無理やり当てはめられてしまいます。人間の脳は、自分が理解できない高度な専門的プロセスを「何もしない時間」として処理してしまう防衛本能のようなものを持っているため、結果として悪意のない誤解が生まれ、それが確信に変わってしまうというわけです。
■成果が見えないことへの恐怖が生む経済学的なインセンティブの歪み
次に、経済学的な視点からこの問題を考えてみましょう。経済学の核心にあるのは「情報の非対称性」という概念です。取引を行う当事者間で、一方だけが持っている専門的な情報や知識があり、もう一方がそれを完全に把握できない状況のことを指します。社内システムの管理という領域は、まさにこの情報の非対称性の塊です。
経営層や一般的なビジネスパーソンにとって、プログラミング言語やサーバーの構築、データベースの最適化といった技術は、いわば「ブラックボックス」です。中身がどうなっているのか分からないため、その人が生み出している経済的価値を正しく測ることができません。経済学において、価値が測定できないものに対しては、人間は往々にして「コスト」として捉えがちになります。つまり、「システム管理に毎月これだけの給料を払っているのに、目に見える売上を作っているわけでもなく、ただ座っているように見える。これは無駄なコストではないか」という短絡的な計算が働いてしまうのです。
ここでプリンシパル・代理人問題という理論が大きく関係してきます。経営者(プリンシパル)は、実務を担う従業員(代理人)が本当に会社の利益のために真面目に働いているのかを常に監視したいと考えます。しかし、前述した情報の非対称性があるため、経営者は専門的な仕事を正確に監視できません。その結果、監視コストをケチるために「目に見える労働量(机にかじりついているか、忙しそうに動き回っているか)」を代理の評価基準にしてしまうのです。
ここに大きな歪みがあります。経済合理性から考えれば、優秀なシステム管理者が一人いれば、数百万、数千万円規模のシステム障害を未然に防ぎ、業務効率化によって全社員の残業時間を削減し、結果として莫大な人件費を節約していることになります。つまり、彼らは会社にとって最大級の利益を生み出している「守りの神」です。しかし、経営層や管理職がこの経済的価値を正しく計算・認知する能力(ITリテラシー)を持っていない場合、目に見える売上を作らない人間を「お荷物」と誤認し、契約解除という経済的に見ても最悪の意思決定を下してしまうのです。自分の首を絞めるハサミで自分の喉を切り裂くようなものですが、情報が不足している世界では、こうした理不尽な選択が合理的な判断としてまかり通ってしまうという皮肉な現実があります。
■統計データが証明する「見えないリスク」を軽視する組織の致命的な末路
統計学やリスクマネジメントの観点からも、この問題は非常に興味深いデータと教訓を与えてくれます。世の中の多くの経営者は、物事を「平均値」や「目の前で起きた事象の回数」だけで捉えがちです。しかし、システム管理やセキュリティ、インフラ保守という世界は、典型的な「ロングテールリスク」や「べき乗則」が支配する領域です。
統計学的に見れば、日常的なトラブルが起きる確率は非常に低く抑えられています。しかし、万が一ひとたび大規模なシステム障害やデータ消失が起きた場合、その被害額は会社の存続を揺るがすほどの壊滅的なものになります。つまり、優秀な管理者が普段行っている仕事は、「確率極小だが影響度極大のリスク」をゼロに抑え込むためのものなのです。
統計の数字に弱い組織は、この「起こらなかった事故の価値」を計算することができません。事故が起きないことが当たり前になっているため、「この人がいなくても何も問題は起きないのではないか」という生存者バイアスに満ちた錯覚に陥ります。「何もないこと」を「必要がないこと」と同義語として捉えてしまう統計的なリテラシーの欠如が、キーパーソンの排除という自殺行為を正当化させてしまうのです。
実際に、優秀な情シス担当者を理不尽な理由で失った企業がたどる末路についてのケーススタディは山のように存在します。担当者がいなくなった途端、これまで隠れていたシステムのバグが表面化し、顧客データのバックアップが取れていないことに気づき、ECサイトが数日間にわたって停止し、取引先からの信用が一気に失墜する。慌てて外部のIT企業に助けを求めたものの、独自のスパゲッティコード(ぐちゃぐちゃに絡まったプログラム)を解析するだけで何百万円もの追加費用と数ヶ月の時間が奪われる。統計的に見れば、1人の優秀なワンオペ担当者を適正な待遇で維持するコストに比べて、その人間を失った後に発生する復旧コストや機会損失は、数倍から数百倍に跳ね上がることがデータとしても明らかになっています。しかし、目先のコスト削減という偏った統計的視野しか持たない組織は、この巨額の「隠れ負債」に気づくことができません。
■専門性を評価できない組織から優秀な人材が逃げ出すのは必然である
ここまで、心理学、経済学、統計学という多角的な学術的見地から、ワンオペシステム管理者が直面する理不尽な構造を紐解いてきました。人の脳は目に見える忙しさに騙され、情報の非対称性から専門的価値をコストと誤認し、確率の低い重大リスクを無視するという認知の歪みが、組織全体を崩壊へと導いていくプロセスが鮮明に見えてきたはずです。
では、こうした状況に直面したとき、当事者である優秀な人材はどのような行動をとるでしょうか。そして、この罠にハマってしまった会社が生き残るためには、何が必要なのでしょうか。
まず大前提として、冒頭の事例で会社側から「復帰してほしい」と頭を下げられた担当者が、その誘いを断るというのは、ゲーム理論や行動経済学的にも極めて合理的で正しい選択です。一度、自分の専門性と労働の価値を全否定され、中堅社員の幼稚な勘違いだけで放り出された職場に、再び戻るインセンティブは微塵もありません。むしろ、会社側が「条件を据え置いたまま」復帰を交渉しているという点において、この組織は根本的な問題の所在を全く理解していないことが露呈しています。彼らは「人が戻れば元通りになる」という静的な思考から抜け出せておらず、組織の評価システムや文化そのものが腐敗しているという動的なリスクに向き合えていないのです。
専門的なスキルを持った人材が、自身の価値を正しく理解してくれない環境から去っていくのは、労働市場の自然な摂理です。現代の高度に複雑化した社会において、ITやデータを裏で支える職人たちの存在は、もはや企業の生命線そのものです。彼らがどのようなモチベーションで働き、何を守ろうとしているのかを想像できない組織は、どれだけ表面的な売上や規模を誇っていたとしても、一握りの誤解と無知によっていつ足元をすくわれるか分からない危うさを抱えています。
もしあなたが、今まさに社内で誰にも理解されずに黙々とシステムや専門業務を支えている立場なのだとしたら、自分の価値を数字や言葉にして周囲に「翻訳」するスキルを身につけることが重要かもしれません。心理学的なバイアスを突破するためには、「自分が今、会社のリスクをどれだけ回避し、どれだけの経済的利益を下支えしているのか」を、誰でもわかる言葉で可視化して伝えることが、自分を守るための最強の防衛策になります。
そして、もしあなたが経営層や管理職の立場にいるのであれば、自分の目に見える忙しさだけで部下の価値を測るという傲慢さを今すぐ手放すべきです。「暇そうにしている人ほど、実は会社の致命的な地雷を綺麗に拆し続けてくれているかもしれない」という可能性に思いを馳せることができるかどうかが、その企業がこれからの時代を生き残れるかどうかの分かれ道になるのです。目に見えない価値を愛し、正しく評価できる文化を作ることこそが、現代の組織運営においてもっともROI(投資対効果)の高い戦略なのだということを、私たちはそろそろ真剣に理解し始めるべき時機に来ています。

