大学時代、北朝鮮人のクラスメイトがいた。
名をキムくんという。私は2018年当時、中国の吉林省の大学に留学していた。そこは多国籍の外国人が中国語を使って中国語を学ぶクラスであり、そのなかの生徒の一人が、北朝鮮出身のキムくんだった。
中国に留学したことのある方ならわかるかと思うが、中国の大学にはそこそこ北朝鮮からの留学生がいる。
ただ、上海や北京の大きな大学では、北朝鮮人だけでなるだけ固まって行動することが多いようなのだが、キムくんは気さくに日本人である私や、クラスメイトのアメリカ人たちに話かけ、交流を持とうとしていた。私にとってキムくんは、生まれて初めて話す北朝鮮人だった。それと同時に、これまで会ってきた学生のなかでも、トップクラスに羽振りが良い人物でもあった。
キムくんとご飯を食べに行くと、その場にいるクラスメイトの分も全て奢ってくれる。さらに、レストランで買ったばかりのペットボトル飲料を、一口だけ飲んで、そのまま「もういいや」と店に置いてくる。
些細なことに見えるかもしれないが、金欠大学生だった私にとって、「あの北朝鮮の人間」がそういった振る舞いをしていることのコントラストが鮮明だった。ちなみにキムくんは、同じクラスの別の日本人女学生に片思いしており、彼女の誕生日にはなかなかの値段のカルヴァンクラインの香水をプレゼントしていた。(付き合ってもないのに)
キムくんは、いわゆるハイスペック人材だ。
幼少期から欧州に留学していたらしく、英語、ドイツ語が堪能で、中国語もすでにペラペラだった。
今思えば、なぜ彼は、ニーハオしか言えない当時の私と同じ語学クラス(中級)にいたのだろう。そして昔からピアノを習っていたらしく、よく優雅な演奏動画をwechatに投稿していた。彼はいったいどういう人物なのだろう。
北朝鮮国籍でそんなに海外を行き来できるだなんて、外交官などの家系なのだろうか。
両親の仕事について尋ねたことがあるが、中国でビジネスをしている、という無難な答えしか帰ってこなかった。キムくんは日本が好きだと言った。
「日本アニメが好きで、『君の名は。』も見たよ」と言っていた。違法アップロードで観るのが当時流行っていたらしい。キムくんは優しくていい奴なのだが、欧米の留学生からはしばしばバカにされていた。
例えばアメリカ人からは、「今日のテスト、金正恩に電話してミサイル打ってもらって中止にしてよ笑」とアメリカンジョークを飛ばされていたし、彼がいないところでは欧米人はみな「金正恩」とふざけて呼んでいた。
そんな酷い扱いでも、キムくんは一瞬ムッとするものの、臆せず英語で反論して笑いに変えていた(私は英語をそんなに聞き取れないのだが、そういう風に感じた)。ある日、キムくんが自家製キムチをクラスメイトに配ってくれた。キムくんちのキムチは、酸っぱくて辛くて、私好みの味だった。
それから数年が経ち、コロナが流行り、『愛の不時着』が流行った。
このドラマに出てきた主人公の北朝鮮将校は、「裕福な家庭出身で、ピアノの才能があり、欧州に留学していた」という設定だった。
さすがにハイスペ設定盛りすぎだろ! と視聴者からは突っ込まれていたように思う。
が、私だけは「これ、まるでキムくんのことじゃん!」と、思わずツッコミを入れてしまったのだった。— まぷ | 那須移住 (@yamambaaa) February 26, 2026
■異文化の風、北朝鮮からの留学生「キムくん」に学ぶ、知られざる人間心理と経済学
2018年、中国・吉林省の大学で、私は人生で初めて、そしておそらくは最後の、北朝鮮出身の留学生と深く交流する機会を得ました。彼の名は「キムくん」。多国籍の学生が集まる中国語クラスで、彼はまるで異邦の鳥のように、しかし驚くほど自然に、私たち日本人やアメリカ人学生に歩み寄ってきました。多くの北朝鮮からの留学生が自国の学生たちと固まって行動する中、キムくんのそれは、まるで異文化の壁を軽々と飛び越えるかのような、稀有な光景でした。
この経験は、私にとって単なる異文化交流の思い出にとどまりません。心理学、経済学、そして統計学といった科学的なレンズを通してこの出来事を深く掘り下げてみると、そこには私たちの日常的な認識を覆すような、知られざる人間心理のメカニズムや、北朝鮮という特殊な経済圏の realities が垣間見えてくるのです。この記事では、キムくんとの交流を軸に、これらの科学的知見を分かりやすく紐解きながら、皆さんと一緒に「なるほど!」という発見を共有していきたいと思います。
■「羽振りの良さ」の裏に隠された経済学:北朝鮮の特殊な資本主義?
まず、キムくんの「羽振りの良さ」に触れないわけにはいきません。クラスメイト全員のおごりは当然、使い捨てにするかのようなペットボトル飲料の扱い。留学費用すらままならなかった私からすれば、それはまさに異次元の光景でした。そして、片思いしていた日本人女性への誕生日プレゼントに高級な香水を贈るなど、その経済力は底知れないものだと感じさせられました。
これは一体、どういうことなのでしょうか? 北朝鮮という国は、国際社会から経済制裁を受け、一般市民は貧困にあえいでいるというイメージが先行しがちです。しかし、キムくんのような存在は、そのイメージを覆します。ここには、北朝鮮の特殊な経済構造と、そこから生まれる「エリート層」の存在が関係していると考えられます。
経済学的に見ると、北朝鮮は中央計画経済を基本としていますが、近年は市場経済的な要素も取り入れられてきていると言われています。特に、海外への留学やビジネスを許可されている層は、国家の優遇を受けている、あるいは国家にとって有用な人材と見なされている可能性が高いです。彼らは、国家からの支援や、あるいは海外でのビジネス活動を通じて得た収益を元手に、一般市民とは比較にならないほどの経済力を持っていると考えられます。
「両親は中国でビジネスをしている」というキムくんの言葉も、これを裏付けるかもしれません。中国は北朝鮮にとって重要な貿易相手国であり、そこでビジネスを展開するということは、相当なコネクションや情報網、そして資本が必要とされるはずです。これは、北朝鮮国内の「特権階級」が、国外の市場経済と結びつくことで、新たな富を生み出している構図を示唆しています。
また、彼らの「消費行動」にも注目すべき点があります。高級な香水や、惜しげもなく消費されるペットボトル飲料。これらは、単なる浪費ではなく、一種の「シグナリング」としての側面も持っていると考えられます。経済学では、消費行動を通じて自己の経済力や社会的地位を他者に伝える「シグナリング理論」があります。キムくんの行動は、自らの経済的な優位性を、周囲に無言のうちに示していたのかもしれません。これは、経済的に恵まれない環境で育った私のような学生にとっては、強烈な対比として映ったのです。
■語学力と多才さの秘密:才能と機会が織りなす「ハイパフォーマー」像
キムくんの魅力は、その経済力だけにとどまりませんでした。幼少期からの欧州留学経験による英語やドイツ語への堪能さ、流暢な中国語、そしてピアノの演奏動画をWeChatに投稿する多才さ。まさに「ハイパフォーマー」と呼ぶにふさわしい人物でした。
心理学的に見ると、このような「ハイパフォーマー」は、生まれ持った才能だけでなく、それを開花させるための「機会」と「環境」が重要になってきます。キムくんの場合、幼少期からの海外留学経験は、語学力だけでなく、異文化への適応力や、多様な価値観に触れる機会を提供したと考えられます。これは、認知発達の観点からも非常に重要です。幼い頃に多様な言語や文化に触れることで、脳はより柔軟になり、新しい情報や刺激に対して敏感になると言われています。
また、ピアノの演奏動画をSNSに投稿するという行動は、自己表現欲求や、他者との繋がりを求める心理の表れとも解釈できます。心理学では、人間は他者から認められたい、自己の能力を発揮したいという「自己実現欲求」を持っているとされます(マズローの欲求段階説)。キムくんは、その才能を惜しみなく披露することで、自己肯定感を高め、周囲との関係性を築こうとしていたのではないでしょうか。
彼が「外交官などの家柄ではないか」と私が推測したのは、こうした「ハイパフォーマー」像と、国家との関連性を結びつけた自然な発想でした。しかし、彼が「両親は中国でビジネスをしている」と答えたことで、その背景には、より個人的な、しかし国家の枠組みとも無関係ではない、特殊な経済的・社会的なステータスが存在することが示唆されました。
■「君の名は。」と「愛の不時着」:文化の壁を越える共感と、ステレオタイプへの挑戦
キムくんが日本のアニメ、特に「君の名は。」が好きだと語ったことは、私にとって大きな驚きでした。北朝鮮という、情報統制が厳しく、外国文化へのアクセスが限られているとされる国の人々が、日本のポップカルチャーに親しんでいる。これは、文化の普遍性、そして人々の好奇心や探求心の強さを物語っているように思えました。
心理学的には、「認知的不協和」の解消という視点も考えられます。北朝鮮の体制下で育ったキムくんが、自らの好奇心から日本の文化に触れることは、既存の価値観との間に葛藤を生む可能性があります。しかし、「君の名は。」のような普遍的なテーマ(恋愛、青春、運命)を持つ作品に触れることで、彼は国境やイデオロギーを超えた共感を得ることができ、その葛藤を乗り越え、新たな自己認識を形成していったのかもしれません。
一方で、欧米からの留学生が北朝鮮の状況に絡めたジョークで彼をからかう場面もありました。しかし、キムくんは臆することなく英語で反論し、場を和ませていました。これは、彼の心理的な強靭さ、そして異文化に対する深い理解に基づいた対応力の高さを伺わせます。彼は、ステレオタイプや偏見に晒されても、感情的になるのではなく、冷静かつユーモアを交えて対応することで、自らの尊厳を守り、相手との関係性を改善しようとしていたのです。これは、異文化コミュニケーションにおける非常に有効な戦略と言えるでしょう。
数年後、ドラマ「愛の不時着」の流行によって、主人公の北朝鮮将校の設定(裕福な家庭出身、ピアノの才能、欧米留学経験)がキムくんと重なり、私が強い既視感を覚えたことは、このドラマがいかに北朝鮮の「エリート層」のリアリティを捉えていたか、そしてキムくんがまさにそのような人物であったかを示しています。
■統計データが語る「異分子」の存在:コメント欄から読み解く北朝鮮留学生の現状
コメント欄で語られる「他のユーザーも中国の大学に北朝鮮からの留学生がいることに触れつつ、彼らが他の国籍の学生と交流することは稀であるという経験談」は、統計的な視点からも興味深い示唆を与えてくれます。
これは、「同質性バイアス」や「内集団ひいき」といった心理学的な現象と関連付けて考えることができます。人間は、自分と似た境遇や価値観を持つ人々(内集団)に親近感を抱きやすく、交流を深める傾向があります。北朝鮮からの留学生にとって、同じ国出身の学生たちは、共通の文化、言語、そしておそらくは政治的な立場や社会的な背景を共有しています。そのため、自然と彼らとの間に強い連帯感が生まれ、他の国籍の学生との交流は限定的になりやすいのです。
しかし、キムくんのように、この「内集団」から積極的に「外集団」に歩み寄る人物は、統計的には少数派である可能性が高いと言えます。彼の行動は、平均的な北朝鮮留学生の行動パターンから逸脱している、ある意味で「外れ値」とも言える存在だったのです。
コメント欄で「キムくんのような『エリート』な人物が実在することへの驚き」が示されていることも、この「外れ値」であることの証左と言えます。多くの人々が抱く北朝鮮のイメージは、貧困や制約に縛られたものであり、キムくんのような経済力、語学力、そして国際的な教養を備えた人物の存在は、そのイメージを覆すものだったのでしょう。
■SNSのアイコンが軍服姿に:変化するアイデンティティと、国家への忠誠
留学後、キムくんとは連絡が取れていないものの、SNSのアイコンが軍服姿になっているという情報は、彼のその後の人生における変化を示唆しています。
これは、彼のアイデンティティが、留学時代とは異なる段階に入ったことを示している可能性があります。心理学では、アイデンティティは固定されたものではなく、人生の経験や社会的な役割の変化によって常に変化していくものだと考えられています。
軍服姿への変化は、彼が北朝鮮に帰国し、国家の要請や期待に応える役割を担うようになった、あるいは、国家への忠誠心をより強く意識するようになったことを示唆しているのかもしれません。これは、北朝鮮という国家が、国民に対して、特に「エリート層」に対して、どのような役割を期待し、どのようにアイデンティティを形成させているのか、という側面も浮き彫りにします。
SNSのアイコンは、自己表現の手段であると同時に、他者へのメッセージでもあります。軍服姿への変更は、彼が自らの現在の立場や、国家との関係性を、周囲に示そうとしているのかもしれません。
■異文化交流の価値:国交のない国の人々と繋がるということ
最後に、この留学経験を振り返って、筆者が「国交のない国の人々と交流できた留学経験を貴重なものだと振り返っている」という点に、改めて光を当てたいと思います。
これは、単なる個人的な思い出話にとどまらず、非常に重要な意味を持っています。現代社会は、グローバル化が進み、私たちは日々、多様な文化や価値観に触れています。しかし、政治的な理由や歴史的な背景から、国家間の関係が冷え切っていたり、交流が困難であったりする国も存在します。
そのような状況下で、個人レベルで、国境を越えて他者と繋がり、理解を深める経験は、計り知れない価値を持ちます。それは、メディアを通じて植え付けられたステレオタイプや偏見を打ち破り、相手を「一個人」として見つめ直す機会を与えてくれます。
心理学的には、「共感」の重要性が挙げられます。相手の立場に立って物事を理解しようとする「共感」は、文化や思想の違いを超えた相互理解の基盤となります。キムくんとの交流を通じて、私は北朝鮮という国やそこに住む人々に対する、これまで抱いていたイメージが大きく変化しました。
経済学的な視点から見ても、国家間の交流が限定的であっても、個人レベルでの交流が、潜在的な経済協力の可能性や、将来的な関係改善の糸口となることもあります。
そして、統計的な観点から言えば、こうした草の根レベルでの交流は、数多くの小さな「データポイント」となり、より多角的で正確な「北朝鮮」という対象への理解を深めることに貢献します。
キムくんとの出会いは、私にとって、遠い異国の「壁」を越えて、一人の人間としての温かさや、知的好奇心、そして人生への情熱に触れる貴重な機会でした。それは、教科書やニュースだけでは決して得られない、生きた学びであり、この経験は、私自身の視野を大きく広げてくれたと確信しています。
皆さんも、身近な異文化に触れる機会があれば、ぜひ積極的に飛び込んでみてください。そこには、あなたの想像を超える発見と、人間という存在の奥深さが、きっと待っているはずです。

