トランプ大統領が「もう誰の助けもいらない、もともと必要なかった」と発言したことを「あぁよかった」と評価していいのか。私は重大な留保と懸念をもっています。トランプの言い分は、ホルムズ海峡対応支援要請は結局のところは「忠誠心テスト」であり、NATO日韓豪はそれに落ちたという含意でしょう。これは今後長期にわたって、同盟諸国の背信行為の証拠であるかのように利用されかねないと思います。
— 東野篤子 Atsuko Higashino (@AtsukoHigashino) March 18, 2026
トランプ前大統領がホルムズ海峡への艦船派遣要請を拒否した件、これって単に「日本が危ない思いをせずに済んでよかったね」で済ませていい話なの? 心理学、経済学、統計学のレンズを通して、この一見シンプルな出来事の裏に潜む、もっとずっと複雑で、もしかしたら恐ろしい現実を一緒に覗いてみようじゃないか。
■「忠誠心テスト」という名の心理ゲーム、あなたはパスできるか?
東野篤子さんの指摘は、このホルムズ海峡への艦船派遣要請を、単なる安全保障上の協力要請ではなく、トランプ氏による同盟国への「忠誠心テスト」と解釈している点に、まず注目すべきだ。これは心理学でいうところの「認知的不協和」や「社会的証明」といった概念と結びつけて考えると、より深く理解できる。
トランプ氏が同盟国に協力を求めたのは、単にホルムズ海峡というチョークポイントでの航行の安全を確保したいという、いわゆる「合理的な」動機だけではなかったのかもしれない。むしろ、彼の行動原理には、同盟国が「自分(トランプ氏)のために、どれだけリスクを冒してでも動いてくれるか」という、ある種の「忠誠心」の度合いを試したいという欲求が強く働いていたと考えるのが自然だろう。
心理学における「社会的アイデンティティ理論」を援用すれば、トランプ氏自身が「アメリカ・ファースト」という強力な社会的アイデンティティを確立し、そのアイデンティティの維持・強化のために、同盟国にも「アメリカ(=トランプ氏)への忠誠」という形で、そのアイデンティティを共有・支持することを求めていた、とも解釈できる。つまり、彼にとって同盟国は、単なる協力者ではなく、自分の「仲間」であるかどうかの確認対象だったのだ。
もし、同盟国がこの要請に「YES」と答えていれば、それはトランプ氏の「忠誠心テスト」に合格したことになり、彼はそれを「アメリカへの忠誠」の証拠として、将来にわたって同盟国をコントロールする材料にしようとしただろう。逆に、「NO」と答えた、あるいは渋った国々に対しては、「我々を見捨てた」というネガティブなレッテルを貼り、その後の関係において不利な立場に置こうとする可能性が極めて高い。
東野氏が「日本は協力すべきだったのか」という問いに対して、「日本がこのような案件に協力させられず、リスクを負わされなくてよかった」という見解と、「トランプ氏は今回の件を根に持つだろう」という懸念が両立可能だとしているのは、まさにこの心理的な側面と、それに伴う長期的な影響を考慮しているからに他ならない。
経済学の観点から見れば、これは「取引コスト」と「信頼」の問題として捉えることができる。同盟関係は、相互の信頼に基づいた長期的な「取引」であり、そこには情報共有、共同でのリスク分担、そして不測の事態への対応といった、様々な「取引コスト」が発生する。トランプ氏のような「忠誠心テスト」は、この「信頼」という基盤を揺るがし、取引コストを不必要に増大させる行為と言える。
もし、同盟国が「テスト」に合格するために不本意なリスクを背負わされたとすれば、その後の協力関係は、表面上は成立しても、内実としては軋轢や不満を抱えたものになりかねない。これは、長期的に見れば、同盟関係全体の「効用」を低下させることに繋がる。経済学でいう「効用最大化」の観点から見れば、これは非合理的な選択と言えるだろう。
■「背信行為」というレッテル、統計的誤謬の危険性
東野氏が最も懸念しているのは、トランプ氏がこの「忠誠心テスト」の結果を、同盟国の「背信行為」の証拠として利用する可能性だ。これは、統計学における「誤った肯定」や「誤った否定」といった概念と通じるものがある。
例えば、ある基準(トランプ氏の求める「忠誠心」)を満たさないことを、「背信」という極端な言葉で断定してしまうのは、統計的な検定における「第一種の誤り」(帰無仮説を棄却すべきでないのに棄却してしまう)に似ている。本来、協力の要請には様々な事情があり、断る、あるいは慎重になる理由は複数考えられる。それを一律に「背信」と断じるのは、あまりにも短絡的で、事実に即していない可能性が高い。
さらに、Tatarigami_UA氏が指摘するように、トランプ氏の行動には「一貫した合理性や戦略がない可能性」がある。これは、統計学でいうところの「ノイズ」や「ランダム性」が、彼の意思決定に大きく影響していることを示唆している。もしそうであれば、彼が「背信行為」とレッテルを貼る基準も、その時々の感情や気分によって大きく変動する可能性がある。
経済学でいう「行動経済学」の視点から見れば、トランプ氏の行動は「プロスペクト理論」における「損失回避」や「現状維持バイアス」といった概念では説明しきれない、もっと根源的な、あるいは非合理的な心理に基づいているのかもしれない。彼にとって、「忠誠心」という抽象的な概念が、具体的な経済的・安全保障的な利益よりも優先される、といった状況が起こりうるのだ。
■予測不能な揺さぶり、同盟関係の「インポテンシャル」
「トランプ政権が今後、既存の同盟関係にどのような揺さぶりをかけてくるかは、これまでの米欧関係や日米関係の常識では予測が極めて困難であるため、その点を改めて認識する必要がある」という指摘も、非常に重要だ。
これは、統計学でいうところの「外れ値」や「ブラック・スワン・イベント」の頻度が高まる可能性を示唆している。従来のモデルや過去のデータに基づいた予測が、通用しなくなる事態が頻発するかもしれない。
経済学の文脈で言えば、これは「市場の非効率性」や「情報の非対称性」が拡大する状況に近い。同盟国がトランプ氏の意図を正確に読み取ることができず、誤った判断を下すリスクが高まる。これは、国際政治における「ゲーム理論」の文脈でも、プレイヤー間の意思疎通が極めて困難になり、予期せぬ結果を招く可能性を示唆している。
EM‐Chin氏の「同盟国に対して『忠誠心』を求めるような大統領だと覚悟しろ」という意見は、この予測不能な状況下で、同盟国が取るべき現実的なアプローチを示唆している。つまり、トランプ氏の行動原理を「忠誠心」というキーワードで理解し、それに対応するための戦略を練る必要があるということだ。
■「好き嫌い」という非合理性、合理性を超えた現実
Tatarigami_UA氏が指摘する「戦略的利益よりも個人的な好き嫌いに大きく左右されている」という点は、学術的な分析が当てはまらない場合があるという、非常に重要な洞察だ。
心理学の分野では、人間の意思決定が必ずしも合理性に基づいているわけではないことは、古くから指摘されている。認知バイアス、感情、個人的な経験などが、意思決定に大きな影響を与える。「好き嫌い」という感情的な要因が、国家間の安全保障政策にまで影響を及ぼすというのは、我々の「合理的な人間」というステレオタイプを覆すものかもしれない。
経済学でも、行動経済学の発展により、こうした非合理的な意思決定が経済活動に与える影響が明らかになっている。トランプ氏の行動は、まさにこうした「非合理性」が、国際政治という巨大な舞台で顕現した例と言えるだろう。
興味深いのは、たとえトランプ氏の行動に一貫した合理性がないとしても、それが結果として「アメリカの国益に沿うように見える場合がある」という点だ。これは、統計学でいうところの「相関関係」と「因果関係」の混同にも似ている。ある行動がたまたま良い結果をもたらしたとしても、それが必ずしもその行動が「正しい」とか「戦略的」であったことを証明するわけではない。
そして、その「たまたま」が良い結果をもたらしたとしても、東野氏が危惧するように、それが「同盟関係の基盤を揺るがし、長期的に国際秩序に不安定さをもたらす潜在的なリスク」を孕んでいるのであれば、それは非常に危険な兆候と言える。
■信頼という名の「資産」、失われれば取り戻すのは至難の業
総じて、東野氏の警鐘は、同盟関係というものは、単なる「損得勘定」や「力関係」だけで成り立っているわけではない、という極めて基本的な事実を再確認させてくれる。そこには、見えにくいけれど極めて重要な「信頼」という名の「資産」が存在するのだ。
経済学でいう「信頼」は、取引コストを劇的に低下させる「パブリック・グッド」とも言える。一度失われた信頼を回復させるのは、統計学でいうところの「過学習」を防ぐためにモデルを単純化するよりも、はるかに困難な作業だ。
トランプ氏のアプローチは、短期的な「忠誠心」の獲得に成功するかもしれない。しかし、それはあくまで「恐怖」や「強制」に近いものであり、真の「信頼」に基づくものではない。長期的に見れば、このようなアプローチは、かえってアメリカ自身の国際社会における「信頼」という名の資産を毀損し、孤立を招く可能性すらある。
我々は、このホルムズ海峡の件を、単なる一過性の出来事として片付けるのではなく、現代の国際政治における、心理学、経済学、統計学といった科学的知見を駆使して分析すべき、貴重な「ケーススタディ」として捉えるべきだろう。そして、このような「忠誠心テスト」のようなアプローチが、いかに不安定で、長期的に見て損失が大きいか、そのことを深く理解する必要がある。
この件から我々が学ぶべきは、国際関係は、表面的な「強さ」や「忠誠」の要求だけでは成り立たず、むしろ、相互の尊重、理解、そして何よりも「信頼」という、目には見えないけれど極めて強固な基盤の上に築かれるべきだ、ということなのだ。そして、その信頼を損なうような行動は、たとえ短期的に「国益」に資するように見えたとしても、長期的な視点で見れば、計り知れないリスクを招くのである。

