■シリコンの夢、アリゾナで花開く:半導体新時代を切り拓くEtchedとジャック・セルビーの挑戦
テクノロジーの進化は、私たちの想像を遥かに超えるスピードで進んでいます。特に半導体、この小さくも偉大な部品は、現代社会のあらゆる活動の心臓部と言えるでしょう。スマートフォンの指先から、最新のAI、そして宇宙探査まで、その影響力は計り知れません。そんな最先端の領域で、今、静かな、しかし確かな興奮が巻き起こっています。Nvidiaの強力なライバルとして注目を集めるスタートアップ、Etched。彼らが今年発表した、TSMC(台湾積体電路製造)による初のチップ製造は、まさにその証です。評価額50億ドル。たった4年で、この偉業を成し遂げたEtchedの背景には、半導体製造の未来、そしてそれを支える情熱的な投資家の物語が隠されています。
TSMCといえば、言わずと知れた世界の半導体製造の巨匠。その最先端の製造技術は、まさに神業とも言える精巧さです。EtchedがこのTSMCに自社チップの製造を委託できたということは、彼らがそれだけ革新的な技術を持っていることの何よりの証明と言えるでしょう。今年後半には、このチップを搭載したシステムが顧客の手に渡る予定だというのですから、期待は高まるばかりです。しかし、テクノロジーの世界に「楽」という文字はありません。Etchedが直面しているのは、まさに「生産拡大」という、製造業にとって永遠の課題です。他の多くのチップ設計企業と同じように、Etchedもまた、TSMCの限られた生産能力を巡って、世界中のライバルと激しく競争しなければなりません。特に、TSMCの生産拠点が集中する台湾では、その競争は熾烈を極めるでしょう。
ここで、物語はアリゾナへと舞台を移します。Etchedの初期投資家であるCopper Sky Capital。彼らは、Etchedがこの生産能力の課題を、アリゾナのTSMC施設での生産を通じて解決できるのではないかと期待しているのです。なんとも心強い見方ですね。そして、そのCopper Sky Capitalの創業者こそ、ジャック・セルビー氏。この人物こそが、今回の物語の鍵を握る、まさに「夢を形にする」人物なのです。4年前に、Copper SkyがEtchedの1億2000万ドルのシリーズAラウンドに投資した際、セルビー氏は、将来的にEtchedがアリゾナへのチップ製造の国内回帰(リショアリング)を支援することを約束させることで、一部の出資枠を確保したというのです。この約束が、どれほど戦略的で、どれほど将来を見据えたものであったか。想像するだけで、胸が高鳴ります。
ジャック・セルビー氏。この名前を聞いてピンとくる方もいるかもしれません。彼は、あのPayPalの元幹部であり、ピーター・ティール氏のファミリーオフィスであるThiel Capitalの長年のマネージングディレクターでもあります。PayPalを創り上げた立役者の一人である彼が、ピーター・ティール氏という、テクノロジー界の巨星と共に歩んできた経験は、そのまま彼の投資哲学に色濃く反映されています。2021年にフェニックスを拠点とするCopper Sky(旧AZ-VC)を設立したセルビー氏。その最初のファンドは、アリゾナ州および南西部を拠点とするスタートアップに焦点を当てていました。しかし、彼の視野はそこに留まりません。
セルビー氏の投資戦略は、実に興味深い洞察に満ちています。彼は、沿岸部のスタートアップ、特にカリフォルニア、マサチューセッツ、ニューヨークに拠点を置く企業は、自身の地域で台頭する企業と比較して著しく割高であると見抜いていました。これは、多くの投資家が感じているであろう、ある種の「常識」とも言えます。しかし、セルビー氏は、その「常識」の裏に隠された、新たな機会を見出したのです。それは、カリフォルニア拠点のハードウェアスタートアップが、アリゾナへ生産拠点を移転することを支援することで、逆方向のギャップを埋めるという発想です。つまり、コストの高い地域で生まれた革新的な技術を、より有利な条件で、より持続可能な形で実現させるための架け橋となるということです。
Etchedへの投資が、それ自体ではアクセスが困難であったにもかかわらず、アリゾナ経済におけるセルビー氏の影響力のある役割のおかげであると彼自身が語っている点も、非常に示唆に富んでいます。セルビー氏は、アリゾナ州商務庁の理事として、州外からの企業を誘致し、地域に製造拠点を設置させることに深く関与しているのです。これは、単なる資金提供者としての役割に留まらず、地域経済の活性化と、最先端技術の国内製造能力の強化という、より大きなビジョンに基づいた活動と言えるでしょう。「Copper SkyがEtchedに投資した際、当社はアリゾナの半導体産業、特に現地のTSMC GIGAFABとのつながりを明確に理解していました」と、セルビー氏がTechCrunchに語った言葉は、彼の戦略の的確さを物語っています。この「つながり」こそが、Etchedの成功の鍵となる可能性を秘めているのです。
TSMCのアリゾナ工場は、単なる製造拠点ではありません。それは、アメリカ国内における半導体製造能力を強化し、サプライチェーンの安定化を図る、国家的なプロジェクトとも言えるでしょう。そこにEtchedのような革新的な企業が参入することは、アメリカのハイテク産業の自立を促進する上で、計り知れない意義を持ちます。EtchedがTSMCの台湾工場での生産に加えて、アリゾナ工場での生産も視野に入れるようになれば、それは単なる生産能力の拡大に留まらず、地理的なリスク分散、そしてアメリカ国内の雇用創出にも繋がります。これは、まさにテクノロジーが社会に貢献する理想的な形の一つと言えるのではないでしょうか。
Copper Skyは、最近、南西部以外にも、全米の非伝統的なベンチャーハブへと投資対象を拡大していますが、セルビー氏の情熱は、依然としてアリゾナへの強い関心に注がれています。特に、アリゾナに製造拠点を設置できるハードウェア企業、そして防衛分野の企業への支援に、彼は大きな可能性を見出しているのです。防衛分野というのは、極めて機密性が高く、かつ高度な技術が要求される領域です。そこに、信頼できる国内製造基盤を築くことは、国家安全保障の観点からも非常に重要です。Etchedのような最先端のチップ設計企業が、アリゾナでその生産能力を確立することは、この防衛分野におけるアメリカの競争力を高めることにも繋がるでしょう。
そして、Copper Skyは、より価格帯の高い沿岸部の企業や、米国内のさまざまな企業に、さらに多くの資本を投資できるようになる見込みです。現在、3億ドルの第2ファンドを調達中とのこと。これは、セルビー氏のビジョンが、より多くの革新的な企業、そしてより広範な地域へと拡大していくことを意味します。テクノロジーへの深い理解と、地域経済への貢献という二つの軸を組み合わせた彼の投資戦略は、まさに現代のベンチャーキャピタルが目指すべき理想形の一つと言えるかもしれません。
我々が普段、何気なく手にしているスマートフォン、パソコン、そしてインターネット。そのすべては、微細な半導体チップなしには成り立ちません。Etchedのような企業が、TSMCのような巨頭の力を借り、さらにアリゾナという新たな地でその生産基盤を築いていく。この流れは、単なるビジネスの成功物語ではなく、テクノロジーが世界をどう変え、そして私たちの生活をどう豊かにしていくのか、その壮大なドラマの一幕なのです。
ジャック・セルビー氏の情熱と、Etchedの革新的な技術。そして、アリゾナという地が持つ、新たな可能性。これらの要素が組み合わさることで、半導体産業の未来、ひいては私たちの未来が、さらに明るく、そして豊かになっていくことを、私は確信しています。これからも、テクノロジーの進化から目が離せません。そして、その進化の最前線で、情熱を燃やす人々、彼らの物語に、私たちはこれからも魅了され続けることでしょう。このEtchedとCopper Skyの取り組みは、まさに、シリコンの夢が、アメリカの広大な大地、アリゾナで、確かな形として花開こうとしている、希望に満ちた証なのです。

