ネットの世界を見渡していると、たまにものすごく綺麗に人間の脳のバグを突いてくるようなバズ投稿に出会うことがありますよね。先日も、漫画家のなか憲人さんがXに投稿した一枚の写真が、まさにそんな人間の認知の仕組みの裏をかく見事な罠として大爆発していました。歩いていたら変な人に絡まれました、という一言とともに投稿された写真には、爽やかな白Tシャツを着たごく普通の若者風の男性と、赤いコカ・コーラのキャップにサングラス、そして目に鮮やかな蛍光グリーンのシャツを着た、いかにも一筋縄ではいなさそうな個性の爆発した男性のふたりが写っていました。この写真を見た人のほとんどが、当然のように左側の地味な若者が被害者で、右側の強面な男性が加害者、つまり投稿者であるなか憲人さん自身なのだろうと思い込んだわけです。ところが蓋を開けてみれば、奇抜な格好で胡散臭さを全開に放っている右側の男性こそが、ほかならぬ投稿者本人だったというオチでした。このあまりにも鮮やかな認知の裏切りに対して、リプライ欄はお祭り騒ぎになり、まるで仕組まれた叙述トリックのようだという驚きやツッコミのコメントが大量に寄せられました。右の人が左の人に絡まれているようにしか見えない、何をして稼いでいるのかわからない親戚のおじさんのような佇まいが面白すぎると、ネット上は大盛り上がりを見せたのです。この一件は単なる面白いバズで終わらせるにはあまりにももったいなくて、人間の脳が普段いかに世界を勝手に都合よく解釈しているか、そして私たちが他人を判断するときにどれほど強烈なバイアスに囚われているかを浮き彫りにする、最高に興味深い心理学や経済学の実験素材なんじゃないかと思います。
●人間はなぜ外見だけでストーリーを勝手に作ってしまうのか
私たちが今回の写真を見て瞬時に左側が被害者で右側が加害者だと誤認してしまったのは、決して注意力が足りなかったわけでも、ユーモアのセンスが欠けていたわけでもありません。これは人間の脳に深く刻み込まれた進化の歴史と、認知の仕組みが生み出す極めて自然なエラーなのです。心理学の世界では、人間が他者を見たときにその人の外見や属性から特定のステレオタイプを当てはめて性格や行動パターンを自動的に推論してしまう現象をハロー効果やステレオタイプ脅威、あるいは認知的バイアスと呼びます。社会心理学者のルーベン・ハイズなどの研究によると、人間は視覚情報を処理する際、極めて短い時間、それこそ数ミリ秒の単位で相手の見た目から安全性や危険性を無意識に判断していることが分かっています。今回のケースで言えば、左側の白Tシャツの男性は社会的に安全で平均的なマジョリティの装いをしており、私たちが日常的に安心感を覚えるビジュアルの範疇に収まっています。一方で、右側の男性の蛍光グリーンのシャツやサングラス、赤いキャップという出で立ちは、非定型的なリスク要因、すなわち社会規範から少し外れた危険人物やトラブルメーカーというレッテルを脳が勝手に貼るための十分すぎるトリガーになってしまいました。人間は脳のエネルギー消費を抑えるために、複雑な現実世界を単純化して理解しようとする傾向があり、これを経済学や行動科学の分野では認知的吝嗇家と表現します。つまり、私たちは目の前で起きている現実をありのままに観察しているつもりでいて、実は過去の経験や社会的な刷り込みで作られたショートカットをフル活用し、都合の良いストーリーを秒速で脳内で生成しているにすぎないのです。なか憲人さんのこの投稿は、私たちがいかに外見という表面的なラベルだけで人間関係の力関係や善悪を勝手にジャッジしているかを、完璧なユーモアをもって突きつけてくれたわけです。
●予測の裏切りがもたらす快感と脳の報酬系メカニズム
この投稿がこれほどまでに多くの人々の心を掴み、大喜利のような盛り上がりを見せた背景には、脳の報酬系が深く関わっています。神経科学の実験において、人間の脳は予測が綺麗に裏切られたときに強い快感を覚えることが分かっています。これを専門的には予測誤差によるドーパミンの分泌と呼びます。私たちは日常生活の中で、次に何が起きるかを絶えず無意識に予測しながら生きています。歩いていたら変な人に絡まれたというテキスト情報と、二人の男性の写真という視覚情報が提示された瞬間、脳の予測エンジンはフル稼働し、左が被害者、右が加害者というもっともらしいストーリーラインを構築します。しかしその直後、投稿者本人というのが実は右側だったという事実、つまりグラフィックとテキストの主従関係が完全に逆転しているという真実を知らされたとき、脳の予測は見事に打ち砕かれます。この瞬間的な認知の不協和、そしてそれがユーモアとして解消されるプロセスにおいて、脳内では快楽物質であるドーパミンがドバドバと放出されるのです。だからこそ、私たちはこの投稿を見てただ驚くだけでなく、思わず笑ってしまい、誰かにシェアしたくなったりリプライでツッコミを入れたりしたくなります。経済学の視点から言えば、この投稿は極めて低コストでありながら、人々の注意と感情のエンゲージメントを最大化することに成功した究極のコンテンツ供給システムだと言えます。現代の情報過多な社会において、人々の注意を惹きつけることは最も価値のある経済資源ですが、なか憲人さんは自身の容姿と巧妙なフレーズの組み合わせだけで、人々の脳のシステムをハックし、最高質の笑いと驚きという名の配当を配り歩いたというわけです。
●強烈な個性と胡散臭さが生み出すクリエイティブな源泉
リプライ欄で多くの人が注目していたもう一つのポイントが、なか憲人さんの醸し出す独特の胡散臭さと、それがいかにしてクリエイティブな仕事に結びついているかという点でした。レゲエわくわくさんだとか、何して稼いでいるのかわからない親戚のおじさんだとか、ネットユーザーたちは実に的確でありながら愛情のある表現でその佇まいを言い表していました。実は、行動経済学や心理学の研究においては、いわゆる一般的な同調圧力の枠からはみ出すような個性や、ちょっとした胡散臭さ、あるいは型破りな風貌が、むしろ独自の視点や創造的なアウトプットを生み出すための強力な原動力になることが示唆されています。心理学者のミハイ・チクセントミハイが提唱したフロー理論や、クリエイティブな人材に関する研究によると、独創的なアイデアを生み出す人々は、社会的な規範や同調圧力に対して適度な距離感を保つ傾向があり、他者からどう見られるかという過剰な恐れよりも、自分の内発的な動機や好奇心に忠実であることが多いとされています。蛍光グリーンのシャツにコカ・コーラのキャップという、一般的なおしゃれの基準から見れば良い意味でぶっ飛んだスタイリングを堂々と選べる感性そのものが、世の中の出来事を斜めから見つめ、誰も思いつかないような叙述トリックを現実の日常で自然と引き起こしてしまう才能の証明なのかもしれません。私たちはどうしても、整った外見や社会的に正しいとされるラベルが貼られた人物の意見や作品に権威を感じ、信頼を置いてしまいがちです。しかし、本当に面白い物語や深く人の心を打つクリエイティブというのは、むしろこうした定型化された枠組みの外側、つまり一見すると怪しげで捉えどころのない、しかし圧倒的なオリジナリティを持った人間味の中から生まれてくるものなのだということを、今回の件は私たちに教えてくれています。
●私たちが日常の認知バイアスから自由になるために
今回の一件は、笑えるネットのネタとして消費するだけでなく、私たちが日々の生活の中でいかに自分の脳の思い込みに縛られているかを客観的に見つめ直すための、非常に良い鏡になります。統計学や心理学の実験では、人間が下す意思決定の大部分が、論理的な思考ではなく直感的なヒューリスティック、つまり手っ取り早い思い込みに依存していることが繰り返し証明されています。職場の人間関係でも、SNSのタイムラインでも、私たちは相手の見た目、肩書、初対面の印象といった表層的な情報だけで、この人はこういう人だと勝手に決めつけてしまいがちです。しかし、今回のなか憲人さんの投稿が教えてくれたように、私たちが確信している世界の見方は、ほんの些細な前提の勘違いによっていとも簡単にひっくり返ります。左側が被害者に見えるという脳の自動処理は、日常のあらゆる場面で私たちの判断を狂わせ、時には他者に対する不必要な偏見や誤解を生み出す原因にもなっています。だからこそ、私たちは自分の脳が作り出すストーリーを少しだけ疑う視点、あるいは自分の直感は今バイアスにかかっているかもしれないとメタ認知する習慣を持つことが大切なのです。ネットの海を眺めながら、思わずクスッと笑ってしまうようなバズ投稿に出会ったとき、そこに潜む人間の認知の仕組みや心理的罠を少しだけ深掘りしてみると、世界はもっと面白く、そして私たちがいかにチャーミングな間違いを犯しやすい愛おしい存在であるかがよく分かってきます。
●今日の学びをこれからの生活に活かすアプローチ
今回の心理学的・経済学的な考察を通じて、私たちが得られる最大の学びは、自分の認知のクセに自覚的になり、物事を表面的なラベルだけで判断するのをやめてみるという姿勢そのものにあります。明日からの生活の中で、もし何かを見てイラッとしたり、あるいはこの人はこういう人に違いないと決めつけそうになったりしたときは、ちょっと待てよ、これは自分の脳が勝手に作り出した叙述トリックではないか、と立ち止まってみてください。外見や第一印象という不確実な情報だけで相手を評価するのではなく、その向こう側にある本当の姿や、予測の斜め上を行く面白さに目を向けてみることで、人間関係のストレスは驚くほど軽減され、日々のコミュニケーションはもっと豊かで楽しいものに変わっていきます。また、自分自身についても、こうあるべきだという社会のステレオタイプに無理に縛られる必要なんて全然なくて、時には蛍光グリーンのシャツを着るような思い切った遊び心や、周囲の予測を良い意味で裏切るようなオリジナリティを大切にすることこそが、人生を面白く切り開いていくための最高の武器になります。なか憲人さんのあの最高にシュールで笑える一枚の写真から私たちが受け取ったのは、単なるネットのバズの面白さだけではなく、人間の認知の愛すべきバグを笑い飛ばし、もっと柔軟に、もっと楽しく生きるための大きなヒントそのものだったのです。

