ストーカーってやってる本人はストーカーだとまったく自覚が無い。
つい最近まで知人がストーカー行為を繰り返してて、
何度忠告しても聞き入れてもらえなかった。ストーカーされてる本人に何度も「もういい加減にして」と名指しで晒されてるのに、
それでも理解してくれなかった。「世界で一番愛してる人」と彼は言うけど、
相手の気持ちや立場のことを一切考えない、
ただ自分の気持ちを押しつけるだけの行動って愛と呼べるのだろうか。
私自身が少し考えさせられた。諦めない強い想いはいつか相手に届くかもしれない
何度も言葉に出せばいつか願いが叶うかもしれない
そう言われたらそうなのかも。弟のように思い、
10年くらい付き合いのあったそんな彼とも去年絶縁してしまったけど。— 彩音ざくろ@社畜とJKとヴィジュアル系 (@zakuro0508) March 27, 2026
■ストーカー行為、その深層心理と社会の対応:科学的視点から紐解く
彩音ざくろさんの発信と、それに寄せられたフォロワーたちの反応は、私たちが普段あまり触れたくない「ストーカー行為」という現象の、あまりにも生々しく、そして深く暗い側面を浮き彫りにしています。単なる迷惑行為という言葉では片付けられない、加害者側の歪んだ心理、被害者が抱える想像を絶する恐怖、そして社会がどう向き合っていくべきか、という難問がそこには横たわっています。今回は、心理学、経済学、統計学といった科学的な視点から、この問題の本質に迫り、皆さんと一緒に考えていきたいと思います。
■「愛」という名の錯覚:加害者の心理メカニズム
まず、彩音さんが指摘されている「ストーカー行為をする本人は自覚がない」という点。これは心理学的に非常に重要なポイントです。なぜ、本人は自分の行為を「ストーカー行為」と認識できないのでしょうか。
この背景には、「認知の歪み(Cognitive Distortion)」と呼ばれる心理的なメカニズムが働いていると考えられます。具体的には、「全か無か思考(All-or-Nothing Thinking)」や「過度の一般化(Overgeneralization)」、「感情的決めつけ(Emotional Reasoning)」などが複合的に影響している可能性があります。
例えば、加害者が「世界で一番愛してる」と主張する場合、これは彼/彼女自身の強い感情に囚われ、「これほどまでに愛しているのだから、相手も当然応えてくれるはずだ」「相手が応えてくれないのは、まだ私の愛の深さを理解していないからだ」といった思考に陥っていることが考えられます。つまり、相手の感情や意思、状況といった客観的な事実よりも、自身の「愛している」という強い感情を絶対的な真実として捉えてしまうのです。これは、認知行動療法の分野でもよく指摘される、非合理的な思考パターンの一つです。
さらに、「自己奉仕バイアス(Self-Serving Bias)」も関係しているかもしれません。これは、成功体験は自分の能力のおかげだと考え、失敗体験は外部要因のせいにする傾向のことです。ストーカー行為に走る加害者は、「相手が応えてくれないのは、私がまだアプローチを十分にしていないからだ」と考え、自身の行動の非合理性や相手への迷惑を認めず、あくまで「愛情を伝えるための努力」だと正当化してしまうのです。
彩音さんの例にあった、長年の知人がストーカー行為を繰り返していたにも関わらず、忠告や拒絶に理解を示さなかったというケースも、この認知の歪みと自己奉仕バイアスの典型例と言えるでしょう。本人は「相手のためを思って」行動していると信じており、その「善意」がなぜ「迷惑」や「恐怖」につながるのか、という論理が本人の中で成立しないため、何度言われても状況を理解できないのです。
フォロワーの皆さんが指摘されている「世界で一番愛してる」という言葉が、相手への愛ではなく「激しい物欲や独占欲」である、という洞察も的確です。心理学では、愛情と執着を区別します。真の愛情は、相手の幸福を第一に考え、相手の意思を尊重し、時に相手のために身を引くことも厭わないものです。しかし、執着は「相手を手に入れたい」「自分のものにしたい」という自己中心的な欲求に根差しており、相手の意思や幸福は二の次になってしまいます。経済学でいうところの「非合理的な選好(Irrational Preferences)」や「過度なリスク追求(Excessive Risk-Taking)」といった行動経済学の視点からも、これは説明できます。損得勘定ではなく、感情的な満足を優先してしまうため、相手を傷つけ、自分自身も破滅的な結果を招くリスクを顧みなくなるのです。
「一途で健気な俺」に酔っている、あるいは「世界で一番愛してる」と自分に言い聞かせている、という分析も、心理学における「自己スキーマ(Self-Schema)」や「防衛機制(Defense Mechanism)」の観点から理解できます。自己スキーマとは、自分自身についての包括的な信念や概念のことです。加害者は、「自分は相手を深く愛する人間だ」「自分は魅力的で、愛されるべき人間だ」といった自己スキーマを構築することで、自己肯定感を維持しようとしているのかもしれません。しかし、現実には相手に拒絶されているため、そのギャップを埋めるために、「自分はこれほどまでに相手を愛している」という物語を自分自身に語り聞かせ、自己欺瞞(Self-Deception)に陥っていると考えられます。これは、フロイトの精神分析でいう「合理化(Rationalization)」や「転換(Displacement)」といった防衛機制が働いている可能性も示唆します。
■被害者の恐怖:心理的・統計的観点からの考察
一方、被害者が抱える恐怖は、計り知れないものです。彩音さんのフォロワーの方々が語る体験談は、まさにその現実を突きつけます。自宅に侵入しようとしたサバイバルナイフを持った男に発見され、逮捕に至ったという話は、単なる嫌がらせや迷惑行為のレベルを超え、生命の危機に直結する事態であったことがわかります。
心理学的には、このような極度の恐怖体験は、PTSD(心的外傷後ストレス障害)の原因となり得ます。PTSDの症状としては、フラッシュバック(トラウマ体験の再体験)、悪夢、過覚醒(常に緊張状態にある)、回避行動(トラウマに関連する場所や人、状況を避ける)などが挙げられます。被害者は、自宅という安全であるはずの場所でさえ、常に身の危険を感じるようになり、日常生活を送ることが極めて困難になります。
ネットストーカーについても、被害者がブロックすることに躊躇するという話がありましたが、これも心理学的な「回避」と「期待」の葛藤と言えます。相手の状況が分からなくなることへの恐怖は、「相手がどうしているか分からない」という不安からくるものです。また、反感を買って怒らせることへの恐れは、「刺激せずにやり過ごしたい」という、より大きな被害を避けたいという本能的な反応です。これは、状況が悪化することを恐れる「リスク回避(Risk Aversion)」の心理とも関連します。
統計学的な観点からも、ストーカー行為は深刻な問題です。内閣府の「男女共同参画白書」などによると、ストーカー被害は後を絶たず、被害者の多くは女性です。被害内容は、つきまとい、待ち伏せ、面会・交際要求、無言電話、連続したメール・SNS送信、監視・はいかい、粗野な言動、性的粗酌、暴力・脅迫など多岐にわたります。そして、残念ながら、ストーカー行為がエスカレートし、殺傷事件や後を絶たない凶悪犯罪につながるケースも少なくありません。
■社会の対応:法制度と認識のギャップ
警察の対応に関する言及も、非常に重要な論点です。被害者が数日前に逮捕者が出ていたにも関わらず、ドアノブへの毎日の差し入れのような行為に対して真剣に対応してくれなかった、という経験は、ストーカー規制法が制定されているにも関わらず、その運用や認識に課題があることを示唆しています。
ストーカー規制法は、つきまとい等(相手の身体や住居、勤務先などを徘徊したり、進路に立ちふさがったり、みだりに連絡したりすること)を禁止していますが、その「つきまとい等」の定義や、どの程度の行為が「つきまとい等」に該当するのか、といった線引きが難しい場合があります。特に、執拗な「差し入れ」や「連絡」が、単なる「好意」や「心配」とみなされてしまい、直ちに法的な介入が難しいケースも存在すると考えられます。
これは、法制度と、現場の警察官の「ストーカー行為」に対する認識や判断基準との間に、ある種のギャップが生じている可能性を示唆しています。経済学でいうところの「情報の非対称性(Asymmetric Information)」や「エージェンシー問題(Agency Problem)」にも似た側面があります。被害者は、自身の経験から「これはストーカー行為だ」と認識していても、それを客観的な証拠として警察に提示し、法的な措置を取るためには、一定のハードルが存在するのです。
また、社会全体の「ストーカー行為」に対する認識も、まだ十分とは言えないかもしれません。被害者の体験談が「恐ろしい」と感じられる一方で、「そこまで大げさにしなくても」「本人に悪気はないのでは?」といった、加害者の行動を軽視するような意見も、残念ながら耳にすることがあります。これは、ストーカー行為の背後にある加害者の歪んだ心理や、被害者が抱える深刻な恐怖が、一般に十分に理解されていないことの表れと言えるでしょう。
■経済学的な視点:サンクコストと機会費用
経済学的な視点から、ストーカー行為を分析してみましょう。加害者が、相手に拒絶されてもなお、執拗にアプローチを続ける行為は、心理学における「サンクコスト効果(Sunk Cost Fallacy)」と似た側面があります。サンクコスト効果とは、すでに費やしたコスト(時間、労力、お金など)を惜しむあまり、将来的に損失が増えることがわかっていても、その対象への投資を続けてしまう心理のことです。
加害者は、これまで相手にアプローチするために費やした時間や労力、感情を「サンクコスト」とみなし、それを無駄にしたくないという思いから、さらに執拗なアプローチを続けてしまう可能性があります。つまり、「これだけ頑張ってきたのだから、今やめたらもったいない」という非合理的な判断をしてしまうのです。
また、被害者側にとっても、ストーカー行為は経済的な損失を伴います。例えば、執拗な連絡やつきまといによって、仕事に集中できなくなったり、精神的な負担から休職せざるを得なくなったりするケースもあります。これは、被害者の「機会費用(Opportunity Cost)」を増大させます。本来であれば、その時間やエネルギーを、自己成長や仕事、趣味などに費やすことができたはずなのに、ストーカー行為によってそれが奪われてしまうのです。
■統計データが語る、ストーカー行為の現実
ストーカー行為の深刻さを裏付ける統計データは数多く存在します。例えば、警察庁の統計によると、ストーカー規制法に基づく検挙件数は年々増加傾向にあります。これは、ストーカー行為が増加しているという側面と同時に、警察がストーカー行為に対してより積極的に対応するようになっている、という側面も考えられます。
しかし、検挙件数だけでは、ストーカー行為の全体像を捉えることはできません。なぜなら、被害に遭っても警察に相談・通報しないケースも少なくないからです。その理由としては、
・「証拠がない」「これくらいで相談しても良いのか」という躊躇
・警察に相談しても、真剣に対応してもらえないのではないかという不安
・加害者に知られて、さらにエスカレートするのではないかという恐怖
などが挙げられます。
このような「氷山の一角」とも言える統計データからも、ストーカー行為が社会全体でどれほど深刻な問題であるかが推察できます。
■未来への提言:科学的知見に基づいた、より良い社会へ
彩音さんの発信とフォロワーたちの議論は、ストーカー行為という複雑な問題に対し、多角的な視点から光を当ててくれました。加害者の歪んだ心理、被害者が抱える深い恐怖、そして社会的な対応の難しさ。これらの課題を克服していくためには、科学的な知見に基づいたアプローチが不可欠です。
心理学の知見を活かし、加害者の認知の歪みを是正するためのカウンセリングや教育プログラムの開発が期待されます。また、被害者の方々が安心して相談でき、適切な支援を受けられるような、よりきめ細やかなサポート体制の構築も急務です。これには、警察官や司法関係者、医療従事者、そして地域住民の「ストーカー行為」に対する理解を深めるための研修や啓発活動も含まれます。
経済学的な視点からは、ストーカー行為がもたらす経済的損失(被害者、加害者双方、そして社会全体)を定量化し、その対策への投資の重要性を訴えることも有効でしょう。また、情報提供のあり方や、被害者支援の効率化といった側面からも、経済学的なアプローチが貢献できる可能性があります。
統計学的なデータは、問題の規模を把握し、効果的な対策を立案するための基盤となります。より詳細なデータ収集と分析を通じて、ストーカー行為の発生メカニズムや、有効な介入策を科学的に明らかにしていくことが重要です。
■まとめ:一人ひとりが「自分ごと」として捉えることの重要性
ストーカー行為は、決して他人事ではありません。それは、私たちの身近なところで起こりうる、深刻な人権侵害であり、社会全体で取り組むべき課題です。彩音さんの発信が、この問題について深く考えるきっかけとなったように、私たち一人ひとりが「自分ごと」として捉え、正しい知識を持ち、そして行動することが、より安全で安心できる社会の実現につながると信じています。
この記事が、ストーカー行為の深層心理や社会的な課題について、科学的な見地から理解を深める一助となれば幸いです。

