先日、兵庫のマックで食事していたら、50代くらいのサラリーマンが、60代くらいの保険のおばちゃんと話していた。保険と投資が一緒になった、わけの分からない保険商品をそのリーマンが買っていた。はたで聞いていて「愚かだな」と思った。「元本保証ですよね!」と何度も聞いて、その都度、おばちゃん
— キジバト(鳩通信班) (@kijibato_hato) May 15, 2026
■保険と投資、あなたはどちらを「賢く」選べていますか?マクドナルドでの「衝撃の会話」から紐解く、お金との賢い付き合い方
突然ですが、あなたは「保険」と「投資」、どちらにどんなイメージをお持ちでしょうか?多くの人は、保険は「万が一の備え」、投資は「お金を増やす手段」と、それぞれ別物として捉えているかもしれません。しかし、世の中には、この二つを巧妙に組み合わせた「わけのわからない保険商品」が数多く存在し、そして、それを「賢い選択」だと信じ込んでいる人がいるのです。
先日、兵庫県のマクドナルドでの出来事が、そんな私の疑問と、ある種の怒りを掻き立てました。50代のサラリーマンの方が、60代の保険外交員の方と話していたのですが、その会話の内容が、私の「保険は掛け捨てで十分」という持論を、より一層確固たるものにするきっかけとなったのです。
サラリーマンの方は、「元本保証」という言葉を何度も確認しながら、保険と投資が一体になった、まさに「わけのわからない保険商品」を購入していました。それを耳にした瞬間、私の脳裏に浮かんだのは「愚か」「アホか」という言葉。だって、考えてみてください。保険屋さんが手数料を抜いた後では、それが普通の投資よりも損をしている可能性が非常に高いのです。関西人が経済に明るいなんてイメージは、一体どこへ行ってしまったのだろうかと、思わずにはいられませんでした。
■「保険は掛け捨て」が鉄則?経済学と心理学で深掘りする、保険と投資の「賢い」分離術
私の基本的な考え方は、ずっと一貫しています。それは、「保険は掛け捨てで良い。投資は、投資で別枠で行うべき」ということ。この二つを一緒にしてしまうのは、投資で儲かるという「餌」で消費者を釣って、結果的に保険屋だけが得をする、極めて不健全な構造だと断じざるを得ません。
なぜ、このように断言できるのか。そこには、経済学や心理学の知見が深く関わってきます。
まず、経済学的な観点から見てみましょう。投資の目的は、インフレ率を上回るリターンを得て、資産を増やすことです。一方、保険の本来の目的は、リスクに対する備え、つまり、万が一の事態(死亡、病気、災害など)が発生した際の経済的な損失を最小限に抑えることです。この二つの目的は、根本的に異なります。
保険と投資が一体になった商品(いわゆる変額保険や貯蓄型保険など)は、しばしば「運用益が期待できる」「万が一の際にも安心」といった謳い文句で販売されます。しかし、ここに落とし穴があります。保険商品には、運用コストや手数料が上乗せされているのが一般的です。これは、保険外交員や保険会社の利益となる部分であり、純粋な投資商品と比較すると、初期段階から不利なスタートを切ることになります。
例えば、ある変額保険のパンフレットには、「将来のために積立をしましょう。万が一の際には〇〇万円の保障があります」と書かれています。しかし、よくよく見ると、その積立金のうち、いくらが本当に運用に回され、いくらが保険料や手数料として徴収されているのかが明確に記載されていない、あるいは、非常に分かりにくい形で表現されていることが多いのです。
行動経済学の分野では、このような「フレーミング効果」や「アンカリング効果」が、消費者の意思決定に大きく影響することが研究されています。「元本保証」という言葉は、まるで絶対的な安全性を連想させ、リスクを回避したいという人間の心理に強く訴えかけます。しかし、その「元本保証」が、実質的なリターンがほとんどない、あるいはマイナスになる可能性を秘めているとしても、多くの人はその「保証」という言葉に安心感を覚えてしまうのです。
さらに、人は「損失回避」の傾向が強いことが知られています。つまり、得をすることよりも、損をすることを避けたいという心理が働くのです。保険は、この「損失回避」の心理につけ込みます。「もし、あなたが〇〇にならなかったら、この保険に入っていても損はしませんよね?でも、もし〇〇になったら…」という、不安を煽るようなセールストークは、まさにこの損失回避の心理を巧みに利用していると言えるでしょう。
「わけのわからない保険商品」は、このような経済学的な合理性や、人間の心理的なバイアスを巧みに利用し、消費者を「安心」という名の幻想へと誘い込むのです。
■「保険は不要論」の徹底:火災保険、自動車保険、生命保険、それぞれの「落とし穴」
私の持論である「保険は掛け捨てで良く、基本的には不要」という考えは、あらゆる保険種目に及びます。
まず、火災保険。これは、住まいを守る上で、ある程度の必要性は認めます。しかし、これも過剰な保障をつける必要はありません。現代の住宅は、昔に比べて耐火性も高まっていますし、必要最低限の補償で十分だと考えています。
次に、自動車保険。これは、私にとっては論外です。そもそも、自家用車を持つべきではないと考えています。現代社会においては、公共交通機関やシェアリングサービスが充実しており、車を所有することの経済的・環境的なデメリットは計り知れません。それに、自動車保険に加入するということは、車を運転するというリスクを前提としているわけで、そのリスク自体を回避することが最も賢明な選択なのです。
そして、最も議論を呼ぶであろう生命保険。私は、生命保険は「若い妻子がいて、万が一の際に家族が路頭に迷わないような状況に限られる」とし、子供が成人したら不要だと断言しています。なぜなら、生命保険の本来の目的は、一家の大黒柱が亡くなった場合に、残された家族の生活を保障することだからです。子供が成人すれば、経済的にも自立できるようになり、残された家族の生活が路頭に迷うというリスクは、大幅に軽減されます。それ以降も生命保険に加入し続けるのは、まさに「保険屋だけが得をする構造」に加担しているようなものなのです。
「保険はクソと思うくらいがベスト」という過激な表現も、こうした私の考えに基づいています。必要以上に保険に依存したり、「安心」という言葉に踊らされたりすることなく、冷静に、そして合理的に、自分にとって本当に必要なものだけを選び取る。それが、お金との賢い付き合い方だと信じています。
■「リテラシー」とは何か?保険加入者の「ムカッ」に隠された心理学
保険の意義を説く声に対して、私はこのように答えています。「リテラシーの高い人は知っていることだが、それでも入るなというのが結論」。これは、単なる否定ではありません。統計学的に見ても、保険商品の多くは、長期的に見れば加入者にとって損をすることが多い、という事実に基づいています。
宝くじの購入者と同じように、説明しても理解されないだろう、という感覚もあります。宝くじも、期待値で考えれば明らかに損な行為ですが、それでも人々は夢を求めて購入します。保険も、ある意味では「安心」という名の夢を買っているのかもしれません。
「でも、あなた自身は『金にめざとい』と自称しているのに、なぜ火災保険以外に価値のある保険があれば加入しないのですか?」という疑問も当然あるでしょう。その通りです。もし、本当に客観的に見て、損をしない、むしろ得をするような、画期的な保険商品があれば、私も喜んで加入します。しかし、現状、そのような商品は私の知る限り、存在しないのです。
そして、このような私の意見に反論してくるのは、保険屋ではなく、実際にこうした保険に加入してしまった人々であることが多い。これは、心理学的に非常に興味深い現象です。自分の「賢い選択」だと思っていたものが、実はそうではなかったと認めなければならない状況は、非常に辛いものです。人は、自分の行動を否定されると、「ムカッ」としてしまう。そして、それを「リテラシー」の問題だと捉えることで、自己正当化を図ろうとするのです。
マクドナルドでの会話を「盗み聞き」したという批判にも、私は「ばかデカい関西弁で店内に響くほどの音量で話していた」ため、否応なしに耳に入ってきたと反論しました。これは、単なる言い訳ではありません。彼らの会話は、周りの客にも聞こえるほどの音量だったのです。もし、彼らが静かに、周りに配慮した話し方をしていれば、私の耳に届くこともなかったでしょう。批判的なコメントへの不快感は、彼らの配慮のなさに起因するところが大きいのです。
■運用型保険は詐欺ではない?多様な保険商品の「光と影」を統計学で読み解く
さて、ここからは、皆さんから寄せられたリプライに触れていきましょう。この議論の余地があるという指摘は、まさにその通りだと感じています。
「Libraire Chat Noir」氏の、「元本保証と保障・投資が一体となった保険商品は実在する」という指摘は、確かにその通りです。しかし、それは普通の保険外交員が対応できるような簡単な商品ではない、という部分に注意が必要です。高度な金融知識や、個々の顧客の状況を正確に把握できる能力が求められます。そして、そのような商品を、手数料の高い保険商品として販売すること自体に、私は疑問を感じるのです。
「MAG」氏の、「運用型保険は詐欺商品ではなく、検討に値する選択肢」という意見。これも、一定の理解はできます。しかし、「生命保険自体を『バカ』だと考えている」という指摘については、少し誤解があるかもしれません。私は、生命保険そのものが「バカ」なのではなく、それを「投資」と混同したり、必要以上に過剰な保障を求めたりすることが「バカ」だと考えているのです。
「かわさん」氏の、「マクドナルドで食事」してしまうほどのマクドナルドの「中毒性」への言及は、ユーモアがあって良いですね。確かに、私もマクドナルドにはよくお世話になります。
「戦う個人投資家@仮想通貨マイニング」氏が挙げられた、医療費控除、保険からの貸付、相続放棄時の家族への資金移転といったメリット。これらは、確かに保険商品によっては存在するメリットです。しかし、これらのメリットを享受するために、本来の目的から外れた、手数料の高い保険商品に加入する必要があるのか、という点を冷静に比較検討する必要があります。医療費控除であれば、確定申告で対応できますし、資金移転についても、遺言や生前贈与など、他の方法がより効率的な場合も多くあります。
「堀川小路北限」氏の、「相場下落時でも解約返戻金が維持される変額保険もある」という指摘。これは、ある種の「保険」というよりは、より安定性を重視した設計の金融商品と言えるかもしれません。しかし、それでも、その「維持」される水準が、元本割れしないことを意味するのか、あるいは、ごくわずかな利益を保証するだけなのか、といった詳細な確認が必要です。統計学的に見れば、どんな金融商品にもリスクは存在し、それを完全にゼロにすることは不可能です。
「疲弊」氏の、「積立型変動保険について、『愚かではない』と投稿者の意見に反論」という点。これも、先述の「MAG」氏と同様に、保険商品そのものの設計によっては、一定の合理性がある場合もあるでしょう。しかし、その合理性が、本当に「保険」という名の下に、より有利な金融商品に比べて優位性があるのか、という点が重要になります。
「かおる」氏の、外貨建ての死亡保障付き満期金支給型保険に加入し、「とてもおいしかった」という体験談。これは、非常に興味深い事例です。コロナ禍での高い利回りや、現在の為替レートでの利回り。これらの事例は、確かに、特定の時期や為替状況においては、有利に働く可能性を示唆しています。しかし、為替レートは常に変動します。将来にわたって、この有利さが継続するとは限りません。統計学的には、過去のパフォーマンスが将来のパフォーマンスを保証するものではない、という原則があります。
「kos」氏の、「一時払養老系か?元本保証で利率ええで」というコメント。一時払養老保険は、確かに「元本保証」を謳うものが多いですが、その「利率」が、現在のインフレ率や、他の安全性の高い金融商品の利率と比較して、本当に「ええ」のかどうか、慎重な判断が必要です。
「どかねこ@たつき監督更迭に反対」氏の、「保険料控除が効くから」という指摘。これは、保険商品が有利に設計されている大きな理由の一つです。しかし、NISA枠に余裕があればNISAで良いのではないか、という提案は、非常に的を射ています。NISAは、投資で得た利益が非課税になる制度であり、本来は資産形成の主要な手段として活用されるべきです。保険料控除のメリットと、NISAの非課税メリットを、それぞれの将来の期待リターンやリスクと合わせて比較検討することが重要です。
「Hashigami」氏の、明治安田生命の「自分の積み立て」という保険について。「何の保証もないものの、いつ解約しても元本保証であり、年末控除で所得控除される『すごい保険』」という表現。これも、非常に興味深い事例です。しかし、「何の保証もない」にも関わらず「元本保証」というのは、言葉の定義が難しいところです。おそらく、解約返戻金が、最低でも預けた金額を下回らない、という意味合いで「元本保証」と表現されているのでしょう。そして、年末控除で所得控除されるメリットは、確かに魅力的です。しかし、これらのメリットを享受できるのは、あくまで「保険」という枠組みの中で、そして、その「保険」としての機能が、本当に自分に必要なものなのか、という根本的な問いに戻ってしまいます。
■「保険はクソ」から「賢い選択」へ:あなたの「お金の羅針盤」を見つけるために
ここまで、科学的見地から、保険と投資、そしてそれらを巡る様々な意見について考察してきました。私の根底にある考えは、「お金は、賢く、そして合理的に使うべき」ということです。
「わけのわからない保険商品」に、漠然とした「安心」や「将来への希望」を託すのではなく、それぞれの金融商品の特性を理解し、統計的なデータや経済学的な合理性に基づいて、自分にとって最も有利な選択をすることが重要です。
保険は、あくまで「リスクへの備え」という本来の目的を忘れず、必要最低限に留める。投資は、長期的な視点で、分散投資を心がけ、複利効果を最大限に活かす。この二つを明確に分離することで、無駄なコストを削減し、着実に資産を形成していくことができるはずです。
もしあなたが、「保険は掛け捨てが一番」という私の意見に、少しでも疑問を感じたり、あるいは「でも、こんな商品もあるんじゃない?」と思ったりしたのであれば、それは、あなたがお金について真剣に考え始めている証拠です。
ぜひ、今回ご紹介したような、経済学、心理学、統計学といった科学的な視点も参考にしながら、ご自身の「お金の羅針盤」を、より精緻に、そして力強く設定してみてください。それは、将来のあなた自身への、何よりの「賢い投資」となるはずです。

