拙作「わたしの死にかた」でも取り上げた事例です
ウィンタースポーツで発生しないようご周知を— 湖西晶@怖い4コマ単行本発売中 (@akikonishi) December 13, 2025
防水スプレーって、みんな一度は使ったことありますよね? 大切な靴や衣類を水や汚れから守ってくれる、あの便利アイテム。でも、そんな身近な製品に、実は「命に関わる」かもしれない超デンジャーな落とし穴が潜んでいるって知ってましたか? 今回は、人気漫画家の湖西晶さんと、呼吸器内科医のlung-dr先生のやり取りをきっかけに表面化した、防水スプレー吸引による肺障害という、ちょっと怖いけど知っておくべき真実を、心理学、経済学、そして統計学といった科学の目を借りて、とことん深掘りしていこうと思います。
●「陸地で溺れる」ってどういうこと? 防水スプレーが引き起こす衝撃の真実
事の発端は、呼吸器内科医のlung-dr先生がSNSでシェアした、ある38歳男性の衝撃的な症例でした。咳、喉の痛み、そして少し動くだけで息が上がるという症状を訴え、救急外来に搬送されてきたその男性。研修医が詳しく問診してみると、どうやら物置の中で登山グッズに防水スプレーをたっぷり使った直後だということが判明。診察室にはシンナーのような刺激臭が漂っていたそうです。
これを聞いた研修医の先生、以前呼吸器学会で聞いた類似の症例発表を「ピン!」と思い出し、「防水スプレーによる肺障害」を疑ったんだとか。結果、胸部CT検査でもその診断が濃厚となり、指導医からも「学会発表しなきゃね!」と評価されるほどの重要な症例だったわけです。
このlung-dr先生の投稿に反応したのが、人気漫画家の湖西晶さん。彼女の作品『わたしの死にかた』でもこの防水スプレーの危険性を取り上げていたそうで、「ウィンタースポーツでの事故防止のためにも知ってほしい」と注意喚起しました。lung-dr先生も重ねて「換気の良い、広いところで!」と使用時の注意を呼びかけています。
このやり取り、実は私たち現代人が抱える「リスク認知」の課題を浮き彫りにしているんです。多くの人がその危険性を「まさか」と思っている。でも、コメント欄には「スキー場の更衣室で使っている人を見た」「車内で使って同乗者が激怒した」「子供の雨ガッパに使ったら体調を崩した」なんて、ゾッとするような体験談がわんさか寄せられています。中には「デザイン学生が密閉された部屋でスプレー糊を使いすぎて亡くなった話はホラー定番だけど、防水スプレーも同じってことか」と指摘する声や、「水を弾くくらい強力なコーティング剤を吸い込んだら、肺がコーティングされて酸素交換できなくなるんじゃないか」と、事故以前から危険性を推察していたという鋭い意見も。
「陸地で溺れる」なんて表現もありましたが、まさにその通り。肺がコーティングされてしまい、酸素を取り込めなくなる状態は、水中で溺れるのと本質的には変わりません。これは本当に怖いですよね。
●私たちの脳が陥るワナ!心理学で読み解くリスク過小評価のメカニズム
さて、なぜこんなにも危険なものが、こんなにも身近なところで、しかも多くの人によって「認識されないまま」使われているのでしょうか? ここには、人間の脳が持つ、いくつかの認知の偏り、つまり「認知バイアス」が深く関係しています。
■「自分だけは大丈夫」? 楽観性バイアスの魔力
まず挙げられるのが、「楽観性バイアス」です。これは、自分には良いことが起こりやすく、悪いことは起こりにくいと無意識に思い込んでしまう心理傾向のこと。防水スプレーの注意書きには「吸入厳禁」や「換気の良い場所で」と書かれていることが多いですよね。でも、「最悪死に至る」とまでは書かれていないことが多い。「少し吸い込んだくらいじゃ、大したことないだろう」「まさか自分がそんな目に遭うわけがない」――そう考えてしまうのが、この楽観性バイアスの仕業です。
心理学者のタールとスガヤマ(2006)の研究では、多くの人が自身の健康状態や将来の出来事に関して、客観的な確率よりも楽観的な予測をする傾向が示されています。防水スプレーの場合も、「多少の吸引なら大丈夫」という根拠のない自信が、危険な使用方法を助長してしまうのです。人は、危険を冒すことによる短期的な快楽や利便性を、将来起こりうる不確実な損失よりも優先してしまう傾向があるというプロスペクト理論(カーネマンとトベルスキー、1979)の示唆とも重なります。
■「みんなやってるし」? 社会的証明と正常性バイアス
コメント欄には「スキー場の更衣室で使っている人を見た」という声がありました。これは「社会的証明」という心理現象と関連が深いです。人は、どう行動すべきか分からない状況で、他者の行動を参考にしやすい傾向があります。アメリカの心理学者ロバート・チャルディーニが提唱したこの概念によれば、「みんなが更衣室で使っているから大丈夫だろう」「もし危険なら、誰かが注意するはずだ」といった心理が働き、危険な行為がエスカレートしてしまうことがあります。
さらに、「正常性バイアス」も関わってきます。これは、予期せぬ異常事態が発生した際に、「これは異常ではない」「まだ大丈夫」と過小評価してしまい、適切な初期行動が遅れる心理傾向です。例えば、防水スプレーを吸い込んで「少し息苦しいな」と感じても、「疲れているだけだろう」「一時的なものだ」と判断し、深刻な症状になるまで医療機関を受診しないケースも考えられます。災害時だけでなく、日常の健康リスクにおいても、このバイアスは私たちの判断を鈍らせる可能性があります。
■「慣れ」が引き起こすリスクの麻痺
何度か防水スプレーを使ったけれど、特に何も起こらなかった。この経験が積み重なると、脳は「防水スプレーは安全なもの」という学習をしてしまいます。これを「慣れによるリスク低減の錯覚」とでも呼ぶべきでしょうか。心理学では、反復的な刺激への曝露が感覚を鈍らせる「馴化(じゅんか)」という現象が知られています。初めは危険だと感じたかもしれない刺激も、何度も繰り返されるうちにその危険性を感じなくなってしまうのです。結果として、換気不足の場所での使用や、長時間の使用といった危険な行動につながりやすくなります。
また、「コントロール幻想」も一役買っているかもしれません。これは、自分の能力や努力で状況をコントロールできると過大評価する傾向です。「少し吸い込んでも、自分で咳をすれば出せるだろう」「具合が悪くなったらすぐにやめれば大丈夫」といった考え方は、まさにコントロール幻想の表れです。しかし、肺に吸い込まれた化学物質は、そう簡単に排出できるものではありません。
■情報の非対称性とリスクコミュニケーションの課題
「注意書きはあっても、最悪死に至るとは思わない人が多い」という指摘は、情報伝達の難しさ、つまり「リスクコミュニケーション」の課題を浮き彫りにしています。メーカーは注意喚起をしているものの、そのメッセージが消費者に「切迫した危険性」として伝わっていない。これは、情報の非対称性の一例でもあります。
経済学者のアルバート・ハーシュマン(1970)が提唱した「ボイス、ロイヤルティ、エグジット」の概念を借りれば、消費者は製品に問題があっても「声を上げる(ボイス)」ことよりも、「別の製品に乗り換える(エグジット)」か、あるいは「黙って使い続ける(ロイヤルティ)」傾向にあります。危険性が認識されにくい場合、ボイスが上がらず、社会全体での問題意識が高まりにくいのです。消費者がリスクを正確に評価するための情報が不足している、あるいは情報が多すぎて処理しきれないという「情報過多」の状態も、効果的なリスク認知を妨げています。
●目先の便利さVS見えないコスト?経済学で紐解く防水スプレー問題
次に、この防水スプレー問題を経済学の視点から見てみましょう。私たちの行動は、常に「費用」と「便益」の比較によって形作られています。
■利便性という名の誘惑:行動経済学の視点
防水スプレーは、私たちの生活に「利便性」をもたらします。靴やカバンが水濡れや汚れから守られる、という短期的な便益は非常にわかりやすい。一方で、使用時の注意点、例えば「換気の良い場所を選ぶ」「マスクをする」といった行動は、私たちにとって「手間」や「時間」というコストとして認識されます。
行動経済学の分野でノーベル賞を受賞したダニエル・カーネマンとエイモス・トベルスキーの「プロスペクト理論」によれば、人は損失を回避することに、利得を得ることよりも強い価値を感じます。しかし、防水スプレーの場合は、「利便性を手に入れる(利得)」という短期的なメリットが、「健康を損なうかもしれない(損失)」という、まだ見えない、しかも発生確率が低いリスクよりも強く感じられてしまうのです。これは、人間が「確実性の偏り」を持ち、不確実な未来よりも確実な現在を重視する傾向があるためです。
リチャード・セイラーとキャス・サンスタインの「ナッジ理論」も関連します。ナッジ(nudge)とは「ひじでそっとつつく」という意味で、強制することなく人々の行動を良い方向に誘導する手法です。もし防水スプレーのパッケージデザインや注意書きが、もっと直感的かつ強制力なく「換気必須!」と訴えかけるものであれば、多くの人の行動変容を促せるかもしれません。例えば、換気なしで使用すると警告音が鳴る、といった製品設計も「行動のアーキテクチャ」として考えられます。使用前に「今、換気できていますか?」と問いかけるような注意喚起も、一時的な意識喚起には有効でしょう。
■情報の非対称性と「レモンの市場」
経済学には「情報の非対称性」という概念があります。これは、取引において片方の当事者がもう一方よりも多くの情報を持っている状態を指します。防水スプレーの場合、メーカーは製品に含まれる化学物質の危険性や適切な使用方法に関する詳細な情報を持ちますが、消費者はその情報を十分に理解していないか、あるいはアクセスしにくい状態にあります。
ジョージ・アカロフが提唱した「レモンの市場(Market for Lemons)」は、情報の非対称性が市場の失敗を引き起こすメカニズムを示しています。中古車市場を例に、品質の悪い車(レモン)が市場から駆逐されずに、最終的には市場全体が機能不全に陥る様子を描きました。防水スプレーにおいても、消費者が危険性を十分に理解できないがゆえに、適切な対策が取られず、結果として健康被害が増加する可能性をはらんでいます。メーカーは情報を提供していますが、それが「伝わる情報」になっているかどうかが重要です。消費者がリスクを正確に把握できないと、市場メカニズムだけでは安全な製品や行動が促進されにくいのです。
■見えないコスト:外部不経済
防水スプレーの使用は、しばしば「外部不経済」を生じさせます。外部不経済とは、経済活動を行う当事者以外に、不利益が生じることです。スキー場の更衣室で防水スプレーを使った男性の事例は、まさにこれに該当します。スプレーを使った本人だけでなく、その場に居合わせた他の人々も、意図せず化学物質を吸い込んで健康被害を受けるリスクに晒されます。
これは、受動喫煙問題と構造が似ています。喫煙者がタバコを吸うことで、非喫煙者の健康が害されるのと同様に、防水スプレー使用者が不適切な場所で使うことで、周りの人々に健康リスクを押し付けてしまう。経済学的には、このような外部不経済を是正するためには、規制や課税といった政策介入が必要とされることがあります。例えば、汚染税のように、外部不経済を生み出す行為にコストを課すことで、行動変容を促す考え方です。しかし、防水スプレーの場合、その「危険性」が広く認知されていないため、政策的介入の議論にすら至らないのが現状でしょう。
●数字が語る真実、そして見えないリスクの形:統計学の役割
「個別の事例はわかるけど、全体としてはどれくらい深刻なの?」という疑問を持つ方もいるでしょう。ここで重要になるのが統計学の視点です。
■稀な事象のインパクト評価:データの重要性
防水スプレーによる肺障害は、交通事故やインフルエンザのように毎日多くの人が被害に遭うような「頻繁に発生する事象」ではありません。しかし、発生頻度が低いからといって、その危険性が低いわけではありません。一つ一つの事例が、個人の人生に甚大な影響を与える可能性があるからです。
統計学は、個別の症例報告を積み重ねて全体像を把握し、その「発生確率」や「重症度」を評価する上で不可欠です。しかし、防水スプレーの事例のように、因果関係がすぐには結びつかない場合や、症状が多様な場合、正確な統計データを収集するのは非常に困難です。医療機関が「防水スプレーによる肺障害」と診断するまでに時間がかかったり、そもそも診断に至らないケースも多いかもしれません。
このような「報告されていない事例(アンダーレポート)」が多いと、統計データは実際の危険性を過小評価してしまう可能性があります。これが「氷山の一角」問題です。アメリカ疾病予防管理センター(CDC)の疫学研究でも、特定の疾患の罹患率や死亡率を正確に把握するためには、積極的な症例報告と監視システムが不可欠であることが示されています。lung-dr先生の症例報告のように、医療現場からの具体的な情報提供が、統計的な把握の第一歩となるのです。
■「陸地で溺れる」メカニズムの解明:疫学研究の必要性
「肺がコーティングされてしまう」というメカニズムへの理解は、科学的な根拠に基づいています。防水スプレーに含まれるフッ素化合物やシリコーン化合物は、表面張力を低下させ、水や油を弾く特性を持っています。これが肺胞の表面に付着すると、肺胞が持つ本来の機能、つまり酸素と二酸化炭素のガス交換を阻害してしまうのです。想像してみてください、まるで肺の表面に薄いプラスチックの膜が張られたような状態です。これでは呼吸ができないのは当然ですよね。
このメカニズムをより詳細に解明し、どのような成分が、どの程度の量で、どのくらいの時間吸入された場合に、どのような健康被害をもたらすのかを明らかにするためには、「疫学研究」が不可欠です。疫学研究は、特定の集団における病気の発生状況や原因を統計的に分析する学問分野です。例えば、防水スプレーを定期的に使用している集団とそうでない集団での肺疾患の発生率を比較する「コホート研究」や、肺障害を発症した患者が防水スプレーを使用していたかを遡って調べる「症例対照研究」などが考えられます。もし、防水スプレー使用後の肺障害に関する大規模な疫学調査が行われれば、より客観的なリスク評価が可能になり、リスク比やオッズ比といった統計的指標を通じて、適切な予防策や規制の導入につながるでしょう。
しかし、前述の通り、原因と結果の特定が難しいこと、また、倫理的な問題から実験が困難であることなど、調査には多くの課題が伴います。だからこそ、個々の症例報告や、公衆衛生当局による情報収集の努力が、統計的な洞察を得る上で極めて重要な意味を持つのです。
●知は力なり!私たちが今すぐできること、そして社会に求めること
ここまで、防水スプレーの危険性を、心理学、経済学、統計学という三つの科学的レンズを通して深掘りしてきました。そこから見えてくるのは、「知らない」ことのリスク、そして「知っていても行動できない」ことの難しさです。
■個人レベルでできること:知る、伝える、そして行動を変える
まずは「知る」こと。この記事を読んだあなたは、もうその第一歩を踏み出しています。防水スプレーは「換気の良い、広いところで」使うべきもの。密閉された空間、例えば車内や狭い更衣室、物置などでの使用は絶対に避けましょう。風向きも意識し、自分や周りの人が吸い込まないように注意が必要です。製品の注意書きは、開発者が過去の事故や研究に基づいて真剣に作成したものですから、面倒くさがらずに「熟読する」習慣をつけましょう。
そして「伝える」こと。湖西晶さんの漫画やlung-dr先生の投稿がそうであったように、この情報を友人や家族、特にウィンタースポーツを楽しむ人たちに共有してください。情報の拡散は、人々のリスク認知を高め、集団全体の行動変容を促す大きな力になります。コメント欄にあった「『わたしの死にかた』は、知識不足による死を防ぐために、小学校に置くべき本だ」という意見は、まさに「知る」ことの重要性を物語っていますよね。情報を伝える際には、単に「危ないよ」だけでなく、「なぜ危ないのか(肺がコーティングされるメカニズム)」や「どうすれば安全なのか(換気の具体例)」といった具体的な情報も添えることで、相手の行動変容をより促しやすくなります。これは、心理学における「メッセージの枠組み(フレーミング)」の考え方とも通じます。
さらに「行動を変える」こと。もしあなたがすでに防水スプレーを使っているなら、今一度その使用環境を見直してください。「面倒くさい」という感情は、私たちの脳が作り出す一時的な障壁です。その手間に比べれば、自身の命や健康は計り知れないほど価値があるはずです。別の選択肢として、スプレータイプではなく、塗るタイプの撥水剤や、最初から防水加工が施された製品を選ぶことも、リスクを低減する賢い選択と言えるでしょう。
■社会レベルで求めること:リスクコミュニケーションの改善と教育の強化
メーカーには、より直感的で、かつ切迫感を伴う注意喚起表示が求められます。ただ「換気」と書くのではなく、「密閉空間での使用は肺に致命的な損傷を与える可能性があります。最悪の場合、死に至ります」といった、より直接的なメッセージングが必要です。製品のパッケージデザイン自体が、危険性を訴えかけるような工夫も考えられます。例えば、国際規格ISO 3864などで定められた、視覚的に訴える安全標識の活用も有効です。
また、行政や公衆衛生機関は、この種の「身近に潜む危険」に対する啓発キャンペーンを強化すべきです。学校教育においても、製品安全やリスクマネジメントに関する教育を充実させることで、子どもたちが幼いうちから適切なリスク判断能力を養えるようにすることが重要です。特に、思春期以降の若者に対しては、自己効力感(バンデューラ、1977)を高めるアプローチ、つまり「正しい知識と行動で、リスクはコントロールできる」というメッセージを伝えることが、無謀な行動の抑制につながるかもしれません。
■統計データの透明性と収集の推進
医療機関や公衆衛生当局には、防水スプレーを含む化学物質による健康被害に関する詳細なデータを継続的に収集し、その情報を透明性高く公開することが求められます。これにより、私たちがより正確なリスク評価を行い、個人としても社会としても、より効果的な対策を講じることが可能になります。例えば、中毒情報センターのような機関が、一般の人々からの問い合わせデータを匿名化して公開することで、特定の製品や使用方法に関するリスクの「見える化」を進めることができます。これが進めば、消費者もメーカーも、よりエビデンスに基づいた判断ができるようになるはずです。
■さいごに
防水スプレーは便利なツールですが、その利便性の裏には、知らなければ命に関わるほどの危険性が潜んでいます。私たちの脳が持つ「認知バイアス」や、目先の利便性を追求する「経済合理性」、そして「稀な事象」に対する統計的な理解の難しさなど、様々な科学的要因が絡み合って、この問題は複雑化しています。
でも、知ることで、私たちはこの見えない危険に対抗できます。湖西晶さんとlung-dr先生のやり取りが、多くの人に「ピン!」とくるきっかけになったように、今日この瞬間から、あなたの周りの「当たり前」に潜むリスクに、もう一度目を向けてみませんか? そして、その知識を、大切な誰かにそっと伝えてあげてください。それが、私たち一人ひとりができる、最も強力な「予防策」になるはずです。安全で健康な生活のために、みんなで少しだけ「賢く」なりましょう!

