【衝撃】エリートを憎む「反知性主義」があなたの日常を蝕む!

社会

■ 頭でっかち? それとも、賢い選択? 知らないって、もったいない!

「なんか、難しいことはよくわかんないけど、とにかくムカつく!」

そんな風に思ったこと、ありませんか? テレビやネットで、専門家っぽい人が難しい言葉で何かを説明しているのを見ると、「また上から目線で説教かよ!」なんて感じちゃう。あるいは、「あいつら、自分たちだけいい思いしてずるい!」って、ふつふつと腹が立ってくる。

そういう気持ち、実はすごくよくわかります。だって、生きていくって大変じゃないですか。毎日、仕事したり、子育てしたり、人間関係に悩んだり。そんな中で、さらに政治や経済の難しい話を頭に入れろって言われても、正直「無理!」って思いますよね。

でも、ちょっと待ってください。

もし、その「よくわかんない」「ムカつく」っていう気持ちが、実は私たち自身を、そして社会全体を、もっともっと大変な状況に追い込んでしまうとしたら?

今回、皆さんと一緒に考えていきたいのは、「反知性主義」と「ポピュリズム」。この二つが、どうして私たちの生活を危険にさらしてしまうのか。そして、どうすれば、この危ない流れに流されずに済むのか。

「なんだか、また難しい話が始まった…」と思ったあなた。大丈夫です。できるだけ分かりやすく、そして、皆さんが「へぇ!」と思えるような、ちょっとした「なるほど」をお届けできるように、じっくりお話ししていきますね。

■ 「専門家」って、なんなんだ? 昔はみんな、もっとシンプルだったのに!

昔は、もっとシンプルだったはずなんです。お父さんやお母さんの時代、あるいはそのもっと前。何か問題が起きても、「あの人が言ってることだから間違いないだろう」とか、「みんながそう言ってるから、きっと正しいんだろう」って、比較的、単純に物事を判断できたのかもしれません。

でも、今はどうでしょう?

インターネットを開けば、誰でも意見を発信できる時代。専門家ではない人が、専門家顔で語っていたり、根拠のない情報が、あたかも真実のように広まっていたり。そんな中で、本当に信頼できる情報って、一体何なんでしょう?

「専門家」と呼ばれる人たちだって、意見がバラバラだったり、昔言っていたことと違うことを言っていたり。なんだか、信じていいのか、信じちゃいけないのか、わからなくなってしまいます。

そんな状況で、「専門家なんて、みんなグルだ」「エリート様は、庶民のことなんてわかってない」って、決めつけてしまうのは、ある意味、とても楽なことなのかもしれません。だって、そう思ってしまえば、何も学ばなくていい。何も考えなくていい。ただ、自分の「ムカつく」とか「ずるい」っていう感情に従っていればいいんですから。

この、「専門家や知識人、エリートを信用しない、あるいは敵視する」という考え方、これが「反知性主義」の大きな特徴の一つです。そして、この反知性主義が、ポピュリズムという風に乗って、私たちの社会を揺るがしていくことがあります。

■ ポピュリズムって、そんなに悪いものなの? みんなの味方じゃないの?

「ポピュリズム」と聞くと、なんだか「民衆(ポピュラス)のための政治」みたいに聞こえて、響きは良さそうですよね。「庶民の味方」「弱者の応援団」みたいなイメージを持つ人もいるかもしれません。

でも、ポピュリズムの「民衆」というのは、決して、すべての人を平等に指しているわけではありません。多くの場合、ポピュリズムは、自分たちの「味方」と「敵」をはっきりと分けます。「私たち」対「彼ら」という構図を作り出すんです。

そして、その「彼ら」の代表格として、しばしば登場するのが、先ほどお話しした「専門家」「知識人」「エリート」だったりします。

「エリートたちは、自分たちの利益のために、あなたたちの税金を無駄遣いしている!」「本当の国民の声を聞いているのは、この私だけだ!」

こんな風に、一部の人々が抱える不安や不満、そして「ムカつく」「ずるい」といった感情を、巧みに煽り立てるのが、ポピュリズムの手法なんです。そして、その煽られた感情が、理性を超えた「集団的な熱狂」を生み出し、時に、とんでもない結果を招いてしまうことがあります。

■ 「あいつらが悪い!」で、何かが解決するなら、苦労しないよね?

例えば、ある国で経済がうまくいっていないとします。失業者が増え、物価が上がり、将来への不安が募る。そんな時、「これは、あの政党のせいだ!」「あの国のせいだ!」「あの移民のせいだ!」と、原因を一つに特定し、それを「敵」として攻撃する。

そうすると、人々は、自分たちの抱える問題の「原因」がはっきりしたように感じ、「よし、あいつらを追い出そう!」「あいつらの言うことを聞くのをやめよう!」と、感情的に団結する。

ところが、現実はそんなに単純ではありません。経済がうまくいかない原因は、一つではなく、様々な要因が複雑に絡み合っている場合がほとんどです。例えば、グローバル化の進展、技術革新のスピード、国際情勢の変化、国内の構造的な問題など、数え上げればきりがありません。

それを、「あの〇〇のせいで、すべてが悪くなった!」と単純化してしまう。そして、その「〇〇」を排除すれば、すべてが解決する、と信じ込もうとする。

これが、反知性主義とポピュリズムが結びついた時の、非常に危険な側面なんです。感情的な「正義感」や「怒り」は、一時的に人々を熱狂させ、一体感を生み出すかもしれませんが、根本的な問題解決には、全く繋がらないどころか、かえって状況を悪化させてしまうことさえあるんです。

■ 「ヤンキー化」? 日本の「ネット右翼」現象に見る、もう一つの顔

この反知性主義とポピュリズムの組み合わせは、海外だけの話ではありません。実は、私たちの身近なところでも、その兆候を見ることができます。

例えば、日本では「ネット右翼」と呼ばれる現象が指摘されています。彼らの主張の中には、しばしば、専門家や知識人への強い不信感、そして、ある種の「排他的なナショナリズム」が見られます。

「日本は素晴らしい国なのに、どうして外国の言いなりになるんだ!」
「マスコミは嘘ばかり! 本当のことを言え!」
「左翼(あるいはリベラル)は、日本を貶めようとしている!」

こうした声の背景には、現代社会の複雑さや不確実性に対する戸惑い、そして、自分たちが疎外されているのではないか、という感覚があるのかもしれません。

ある研究では、日本の右派ポピュリズムやネット右翼現象を分析する際に、「有権者のヤンキー化」という言葉が使われたこともあります。これは、決して、学がないとか、乱暴だとか、そういう表面的な意味だけではありません。

むしろ、複雑な社会課題に対して、深く学んだり、多角的に分析したりするのではなく、直感的で感情的な判断、そして、「自分たちの仲間」と「そうでない者」を分けるような、ある種の「集団的な同調圧力」や「空気」に流されやすい傾向を指していると考えられます。

■ 参政党の支持者に見られる「ポピュリスト的内在論理」って、どういうこと?

近年、注目を集めている政党の一つに「参政党」があります。この政党の支持者層についても、反知性主義やポピュリズムとの関連が指摘されることがあります。

彼らの主張の根底には、既存の政党(自民党、立憲民主党、共産党など)への強い不満や不信感があると言われています。「どの政党も同じ」「政治家は国民のことを考えていない」という感覚が強い。

そして、その不満を解消するために、「自分たちこそが、国民の本当の声を代弁する」というポピュリスト的な論理が働きます。彼らの支持者は、「外国に騙されるな」「テレビの嘘を信じるな」といった、ある種の「陰謀論」にも近い主張に共感しやすい傾向があるとも言われています。

ここでも重要なのは、彼らの主張が、客観的なデータや専門的な分析に基づいているというよりは、彼ら自身の「感覚」や「直感」、そして、「仲間意識」によって支えられているということです。

「私たちが正しいと感じていることこそが、真実なんだ」
「私たち以外は、間違っている、あるいは、私たちを陥れようとしているんだ」

このような、「ポピュリスト的内在論理」が、反知性主義と結びつくことで、より強力な支持基盤を形成していくと考えられます。

■ 感情に流されて、大事なものを失わないために。

では、どうすれば、この反知性主義とポピュリズムの危険な流れに、流されずに済むのでしょうか。

まず、一番大切なのは、「わからない」とか「ムカつく」という感情に、すぐに飛びつかないことです。

確かに、世の中には、理解するのが難しいこと、腹が立つことはたくさんあります。でも、だからといって、それを「全部間違いだ」「全部嘘だ」と決めつけてしまうのは、あまりにもったいない。

私たちが、政治や経済、社会の仕組みについて、少しでも学ぶ努力を怠ると、私たちは、自分たちの「感情」や、他者の「扇動」によって、簡単に操られてしまう可能性があります。

例えば、ある統計データを見て、「これはおかしい!」と思ったとします。その時、すぐに「このデータは嘘だ!」と決めつけるのではなく、

「なぜ、このデータはこうなっているんだろう?」
「このデータは、どういう前提で集められたんだろう?」
「他に、似たようなデータはあるだろうか?」

と、少し立ち止まって考えてみる。これが、知性を働かせる、ということです。

■ 経済学の視点から見てみよう。「サプライサイド経済学」と「ディマンドサイド経済学」

例えば、経済政策について考えてみましょう。大きく分けて、「サプライサイド経済学」と「ディマンドサイド経済学」という考え方があります。

サプライサイド経済学は、企業が投資しやすいように税金を下げたり、規制を緩和したりすることで、生産(供給)を増やし、経済全体を成長させようとする考え方です。

一方、ディマンドサイド経済学は、人々の所得を増やし、消費(需要)を活性化させることで、経済を成長させようとする考え方です。

どちらか一方が絶対的に正しい、ということはありません。どちらの政策にも、メリットとデメリットがあります。

しかし、ポピュリズム的な主張の中には、しばしば、「〇〇(例えば、大企業や富裕層)への税金をもっと上げろ!」「〇〇(例えば、外国)からの輸入を禁止しろ!」といった、感情的で、かつ、経済の複雑なメカニズムを無視したような、極端な主張が現れることがあります。

例えば、「大企業にガンガン増税すれば、その分のお金が庶民に回ってくるはずだ!」という考え。これは、一見すると、庶民の味方のように聞こえます。しかし、実際には、企業が過度な増税によって投資を控えたり、海外に移転したりすることで、かえって国内の雇用が減ったり、経済が停滞したりする可能性もあるのです。

このように、感情的なスローガンに飛びつくのではなく、それぞれの政策がどのようなメカニズムで経済に影響を与えるのか、そのメリット・デメリットは何なのか、といったことを、冷静に、そして、合理的に考えていくことが大切です。

■ データは、嘘をつかない(ただし、見方次第では…)

では、具体的に、どのようなデータに注目すれば良いのでしょうか?

例えば、経済格差について考えてみましょう。ジニ係数という指標があります。これは、所得の分配がどれだけ平等かを示す指標で、0に近いほど平等、1に近いほど不平等とされています。

各国のジニ係数を比較することで、自国と他国の経済格差の状況を客観的に把握することができます。

また、失業率やインフレ率といった基本的な経済指標も重要です。これらの数値がどのように推移しているのか、その背景には何があるのかを理解することで、経済の現状をより正確に把握することができます。

例えば、「最近、物価が上がりすぎて生活が苦しい!」と感じる人がいたとします。その時、単に「政府のせいだ!」「〇〇(特定の商品)の輸入を止めろ!」と叫ぶのではなく、

「現在のインフレ率は、過去の平均と比べてどうなのか?」
「インフレの主な原因は、エネルギー価格の高騰なのか、それとも、需要の増加なのか?」
「政府は、インフレを抑えるために、どのような対策を講じているのか?」

といった、より具体的な情報に目を向けることで、問題の本質に近づくことができます。

もちろん、データは、見方次第で、都合の良いように解釈されることもあります。だからこそ、一つのデータに飛びつくのではなく、複数の情報源を参照し、多角的に分析する姿勢が重要です。

■ 「複雑な現実」から目を背けない勇気。

現代社会は、かつてないほど複雑で、不確実性に満ちています。グローバル化、技術革新、気候変動、パンデミック…。これらの問題は、どれ一つとっても、単純な解決策で対応できるものではありません。

だからこそ、私たちは、「すべては〇〇のせいだ!」という安易な答えに飛びつきたくなる衝動に駆られます。そして、その衝動に身を任せることで、一時的な安心感や、仲間との一体感を得ようとします。

しかし、それは、まるで、熱が出た時に、熱を下げる薬を飲むだけで、病気の根本原因を放置しているようなものです。一時的に症状は和らぐかもしれませんが、病気は悪化していく一方でしょう。

反知性主義とポピュリズムは、この「複雑な現実」から目を背けさせ、感情的な「単純化」へと私たちを誘い込みます。そして、その結果、私たちは、自分たちの将来や、社会のあり方について、最も重要な選択を誤ってしまう危険にさらされるのです。

■ 嫉妬やルサンチマンに、自分を乗っ取られないために。

「あの人は、自分より恵まれていてずるい!」
「あの会社は、自分たちだけ儲けている!」
「あの政治家は、自分たちのことをわかっていない!」

このような感情は、人間であれば誰しもが抱くものです。それは、ある意味、人間らしい感情であり、社会をより良くするための原動力になることもあります。

しかし、この感情が、理性や客観性を失い、ただ「自分以外はすべて敵だ」「自分は不幸だ」という思い込みに繋がってしまうと、それは、嫉妬やルサンチマン(強者に対する怨恨)という、非常に厄介な感情に変わってしまいます。

そして、この嫉妬やルサンチマンこそが、反知性主義やポピュリズムの、格好の餌食となるのです。

「ほら、やっぱり、あなたたちは不幸で、私たちだけが真実を知っている!」
「あなたたちが苦しんでいるのは、あの『敵』のせいなんだ!」

このように、怒りや不満を煽られ、感情的に突き動かされてしまう。そして、その感情のままに、根拠のない主張を信じたり、過激な行動をとったりしてしまう。

これは、決して、あなたが「悪い人間」だからではありません。誰でも、状況や情報によって、そういう感情に流されてしまう可能性があるのです。

だからこそ、私たちは、常に自分自身の感情に、意識的である必要があります。

「今、自分は、何に対して怒っているのだろう?」
「その怒りの根拠は、客観的な事実に基づいているだろうか?」
「もしかしたら、私は、誰かの扇動に乗ってしまっているのではないか?」

このように、自分自身に問いかける習慣を持つことが、感情に流されずに、合理的な判断を下すための第一歩となります。

■ 賢い選択をするための、小さくても確かな一歩。

ここまで、反知性主義とポピュリズムの危険性について、お話ししてきました。なんだか、少し、重い話になってしまったかもしれません。

でも、だからといって、絶望する必要は全くありません。

むしろ、この危険性を理解できたということは、私たちが、この危ない流れに、流されずに済むための、大きな一歩を踏み出したということです。

では、具体的に、私たちは、何をすれば良いのでしょうか。

まずは、情報との付き合い方を変えてみましょう。

テレビやネットで、誰かの主張を聞いた時、「それは本当だろうか?」と、一度立ち止まって考えてみる。
専門家ではない人の意見を鵜呑みにしない。
感情的に煽るような情報には、警戒する。
複数の情報源を比較し、自分自身で調べる。

そして、大切なのは、学び続ける姿勢です。

「自分は、政治や経済のことはよくわからないから…」と、最初から諦めない。
興味のある分野について、入門書を読んでみる。
信頼できるニュースソースをいくつかチェックする。
たとえ短時間でも、毎日、少しずつ、新しい知識に触れる。

これらのことは、決して、難しいことではありません。

例えば、今日、あなたが何か新しい料理を作ろうと思ったとします。レシピを見ながら、材料を揃え、手順を確認しながら、丁寧に作りますよね。それが、もし、レシピを見ずに、勘だけで作ったら、どうなるでしょうか? うまくできるかもしれませんが、失敗する可能性も高いはずです。

政治や経済も、それと同じです。

「よくわからない」とか、「感情的にムカつく」という理由だけで、それを放置してしまうのは、まるで、レシピを見ずに料理を作るようなものです。

私たちは、自分たちの生活や、社会の未来にとって、非常に大切な「選択」を、日々、行っています。その選択を、感情や、他者の扇動に任せてしまうのは、あまりにももったいない。

■ 未来を、自分たちの手で、より良いものにしていくために。

反知性主義やポピュリズムは、私たちの社会に、暗い影を落とす可能性があります。それは、私たちが、自らの判断力や、思考力を放棄し、感情や、一部の扇動者に操られてしまうからです。

しかし、逆を言えば、私たちが、知性を磨き、客観性と合理性を追求する姿勢を持ち続ければ、その危険性を乗り越え、より良い未来を築いていくことができるのです。

「自分には関係ない」と思わず、少しずつでも、政治や経済、社会の仕組みについて学んでみましょう。
「難しい」と感じても、諦めずに、興味のあることから、少しずつ理解を深めていきましょう。
感情に流されそうになったら、一度立ち止まって、自分自身に問いかけてみましょう。

そうすることで、私たちは、幼稚な感情論や、嫉妬、ルサンチマンに流されることなく、賢明な選択をすることができるようになります。

そして、その一人ひとりの賢明な選択の積み重ねが、やがて、社会全体を、より豊かで、より公正で、より平和なものへと変えていく力になるはずです。

あなたの「知りたい」という好奇心、そして、「もっと良い社会にしたい」という願い。それが、何よりも大切で、力強い武器になるのですから。

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