AIスタートアップARR誇張の闇、VCと創業者による「王冠」操作の実態

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テクノロジーという大海原に漕ぎ出す魅力

デジタル技術が加速度的に進化し、私たちの生活の隅々にまで浸透していく現代。特にAI(人工知能)の発展は目覚ましく、SFの世界で描かれていたような未来が、もはや現実のものとなりつつあります。この変革の最前線に立つAIスタートアップたち。彼らの描く未来図は、時に私たちを熱狂させ、時に懐疑の目を向けさせるほどのダイナミズムに満ちています。

近年、AIスタートアップの界隈では、「ARR(Annual Recurring Revenue:年次経常収益)」という数字が、その企業の成長性や将来性を測る重要な指標として、メディアや投資家の間で注目を集めています。このARRという数字が、まるで魔法のように、あるいはある種の「王冠」のように、AIスタートアップを「輝かしい存在」へと押し上げているように見えるのです。しかし、その華やかな数字の裏側には、一体どのような現実が隠されているのでしょうか?

法務AIスタートアップ「Spellbook」の共同創業者兼CEOであるスコット・スティーブンソン氏が、このAIスタートアップ業界におけるARRの公表数字の「誇張」について、X(旧Twitter)で警鐘を鳴らしました。「これは巨大な詐欺だ」とまで言い切る彼の指摘は、多くの関係者の間で波紋を広げました。スティーブンソン氏によれば、多くのAIスタートアップが記録的なARRを達成しているように見えるのは、実は不誠実な指標を用いているためであり、それを世界の主要な投資ファンドが支持し、さらにはPRのためにジャーナリストまでも誤解させている、というのです。

このスティーブンソン氏の鋭い指摘は、AIスタートアップコミュニティの多くの人々の琴線に触れました。法務スタートアップ「Clio」の共同創業者兼CEOであるジャック・ニュートン氏も、この投稿がこの問題に対する意識を大いに高めたと評価しています。彼のように、この問題の深刻さを理解し、懸念を抱いている専門家は少なくないようです。

「TechCrunch」をはじめとする様々なメディアも、多くの創業者、投資家、スタートアップの財務専門家への取材を通じて、ARRの誇張がスティーブンソン氏が示唆するほど蔓延しているのかを調査しました。その結果、驚くべきことに、匿名を条件に取材に応じた関係者の多くは、公表されるARRの数字が操作されていることは「一般的」であり、多くの場合、投資家もその誇張を「認識している」ことを認めたのです。

この事実は、私たちが普段目にしている、あるいは耳にしているスタートアップの華々しい成長物語が、必ずしもそのままの形で現実を反映しているわけではない可能性を示唆しています。まるで、精巧に作られた舞台美術の裏側には、支柱や裏方が見えないように、ARRという数字も、その輝きを放つために、ある種の「仕掛け」が施されているのかもしれません。

「まだ収益ではない」実態

では、具体的にどのような手法でARRは「誇張」されているのでしょうか?最も頻繁に指摘されているのが、「契約ARR」(CARR、Committeed ARRとも呼ばれる)を、あたかも実際の「年次経常収益」(ARR)であるかのように呼称してしまう手法です。

ある投資家は、「彼らは確実にCARRをARRとして報告している」と断言しています。そして、もしあるスタートアップがこの手法を用いると、競争のために他の企業も追随せざるを得なくなる、という現実もあるようです。これは、まるで人気ドラマの主役が突然、劇中で誰も予想しなかったような特技を披露し始めたら、他の役者たちもそれに追従せざるを得なくなる、そんな状況に似ているかもしれません。

ARRという指標自体は、クラウド時代になってから確立され、広く信頼されてきたものです。これは、契約期間を通じて利用状況に応じて課金される製品の、年間総売上を示すものです。会計士が重視する一般公認会計原則(GAAP)では、将来の収益よりも、既に回収済みの過去の収益に焦点を当てるため、ARRを正式に監査・承認することはほとんどありません。これは、ARRが会計上の厳密な定義よりも、ビジネスの成長性を測るための「経営指標」としての側面が強いことを示しています。

本来、ARRは、複数年契約など、署名・締結された販売の総額を示すことを意図していました。現在では、この概念は「未履行義務(Unearned Revenue)」という別の名称で呼ばれる傾向があります。一方、「収益」という言葉は、通常、既に回収された資金、つまり「実際に手元に入ったお金」を指します。

CARRは、成長を追跡するための「別の方法」となるはずですが、本来のARRよりもはるかに「曖昧」な指標であるとされています。なぜなら、CARRは、まだオンボーディング(サービス導入)されていない、つまり顧客がまだ実際にサービスを利用していない契約済みの顧客からの収益も含まれるからです。あるVCは、CARRが本来のARRよりも70%も高い企業を見たことがあると述べており、その契約収益の相当な部分が、実際には実現しない可能性があると指摘しています。

Bessemer Venture Partners(BVP)という著名なVCファンドは、2021年のブログ記事で、CARRは「コミットされているが、まだ稼働していない契約価値を合計ARRに追加する」と説明しています。しかし、BVPによれば、スタートアップは顧客離れ(チャーン)や契約内容の縮小(ダウンセル)といった、現実的に起こりうるリスクを考慮してCARRを調整すべきですが、これがなされていないケースが多く見られる、とのことです。

CARRの根本的な問題点は、スタートアップの製品が顧客に導入される前に、あたかも収益が発生したかのように計上してしまう点にあります。もし、製品の導入が長期化したり、予期せぬ問題が発生したりした場合、契約収益のすべて、あるいは一部も回収される前に、顧客がトライアル期間中に契約をキャンセルしてしまう、という事態は十分に考えられます。これは、まるで予約で満席のレストランが、実際にはまだ料理が出ていないお客様からの代金を「売上」として計上しているようなものです。

複数の投資家は、著名なエンタープライズスタートアップの少なくとも1社が、ARR1億ドルを突破したと報告したが、その収益のほんの一部しか現在支払いを行っている顧客から得ておらず、残りはまだ導入されていない契約であり、場合によっては技術導入に長期間かかるものだと述べています。この話を聞くと、私たちの想像する「収益」という言葉の定義から、大きくかけ離れていることがわかります。

あるスタートアップの元従業員は、その会社がCARRをARRとして日常的に報告しており、さらに驚くべきことに、少なくとも1年間にも及ぶ無料トライアル期間の収益までもARRに含めていたと証言しました。その会社の取締役会は、VCを含む関係者全員が、長期のトライアル期間中に契約の支払い部分から得られる収益がARRに含まれていること、そして何よりも、顧客が契約金額全額を支払う前にキャンセルする可能性があることを「認識していた」と述べています。この認識があった上で、なおも「ARR」として公表していたという事実は、まさに「知らぬが仏」とはこのことか、と思わされます。

CARRをARRと呼称することの明白な問題点は、従来のARRよりも「ゲーム化」されやすい、つまり意図的に操作しやすい、という点です。スタートアップがチャーンやダウンセルといった現実的なリスクを考慮せずにCARRを計算した場合、その数字は容易に「誇張」されてしまいます。例えば、3年契約の最初の2年間を大幅に割引し、3年間の全期間をCARR(あるいはARR)として計上するものの、顧客は3年目の高額な価格設定を前に、契約を継続しないかもしれません。この場合、表面上のARRは高く見えますが、将来の実際の収益は、その数字を大きく下回ることになります。

法務AIスタートアップ「Wordsmith」の共同創業者兼CEOであるロス・マクナイン氏も、ARRの誤表示について「スコット(スティーブンソン)は正しい。私も様々な逸話を聞いている」と述べ、VCとの会話でも「基準が曖昧だ」という意見を頻繁に聞くと語っています。この曖昧さが、さらなる操作や誤解を生む温床となっているのでしょう。

より軽微なケースとして、あるスタートアップの従業員は、マーケティング資料ではARR5000万ドルと謳われていたが、実際には4200万ドルだったと説明しました。しかし、この従業員によれば、投資家は会社の帳簿にアクセスでき、そこには正確な低い金額が反映されていました。一部のスタートアップとその投資家は、AIスタートアップの成長が非常に速いため、800万ドルという差はすぐに成長して埋められる「丸め誤差」と見なされることから、公表指標に関して「緩やかに」対応することに抵抗がない、とこの情報源は述べています。この「緩やかな対応」という言葉の響きには、どこか「まあ、これくらいは許容範囲だろう」という甘えのようなものが感じられます。

もう一つの「ARR」問題

公表されるARRに関するもう一つの、そしてさらに混乱を招く問題があります。それは、創業者たちが「ARR」という略称と似た名前を持つ「年次ランレート収益(Annualized Run-Rate Revenue)」という別の指標を、あたかも本来のARRであるかのように使用してしまうことです。この「年次ランレート収益」も、また論争の的となっています。

なぜなら、この指標は、ある特定の期間(四半期、月、週、あるいは日)の収益に基づき、単純に今後12ヶ月間の収益を「外挿」するからです。これは、まるで今日の天気が良ければ、明日の天気もずっと良いだろうと期待するような、ある種の楽観主義に基づいた計算方法と言えるかもしれません。

多くのAI企業は、利用量や成果に基づいて課金するモデルを採用しています。そのため、この年次ランレートARRの計算方法は、収益が予測可能な長期契約に縛られなくなるという性質上、誤解を招く可能性が非常に高いのです。この記事の取材対象者の多くは、あらゆる種類のARRの過大評価は目新しい現象ではないとしながらも、AIという「熱狂」の中で、スタートアップはかつてないほど「攻撃的」になっていると指摘しています。

Celesta Capitalの創設パートナーであるマイケル・マークス氏は、「バリュエーションは高くなり、それゆえに(誇張する)インセンティブは強まっている」と述べています。AIという未来への期待値が、企業の評価額を異常に高く押し上げ、それがまた、より一層の誇張を招くという、一種のバブルのような構造になっているのかもしれません。

AI時代において、スタートアップはこれまでにない速さで成長することが期待されています。「1から3、9、27という(ARRの)伸びでは面白くない。1から20、100へと跳躍しなければならない」と、General CatalystのCEO兼マネージングディレクターであるヘマント・タニジャ氏は語ります。この言葉には、AIという技術が持つ破壊的な可能性への期待と、それに伴うスタートアップへの過剰なプレッシャーが同時に込められています。

急速な成長を示すことへのプレッシャーは、一部のVCに、誇張されたARR数値を公表するスタートアップを支援、あるいは少なくとも黙認させる原因となっています。「誇張された数字を公表することで、自分たちの企業が市場を席巻しているという物語を作り上げたい、企業がメディアで取り上げられるようにしたいというインセンティブがあるため、VCもこの状況に関与している」とスティーブンソン氏は述べています。これは、VC自身も「物語」を演出し、その中で自社のポートフォリオ企業を「スター」に仕立て上げたいという欲求があることを示唆しています。

Clioのニュートン氏も、VCはARRの誤表示を認識しながらも、沈黙を守っていると指摘し、「一部の投資家は、自社の企業が数字を誇張していても、外部から見栄えが良くなるため、見て見ぬふりをしている」と述べています。これは、まるで人気アイドルのスキャンダルを、事務所が「ファンのため」と称して隠蔽するような構図にも似ています。

VCの真意

では、なぜVCは、このARRの誇張を黙認するのでしょうか?TechCrunchの取材に応じた他の投資家たちは、VCが過大評価を暴く理由はない、と率直に述べています。公表される誇張されたARRを黙認することで、VCは自社のポートフォリオ企業を「勝者」として際立たせる手助けをしているのです。スタートアップが公に高い収益を報告すると、その分野の「紛れもない王者」であると信じる優秀な人材や、あるいは将来有望な顧客を引きつけやすくなります。

「投資家はそれを指摘できない。なぜなら、皆がCARRをARRとして収益化している企業を持っているからだ」と、あるVCは苦笑しながら語りました。これは、業界全体が一種の「共犯関係」にあることを示唆しています。一人だけ「正論」を唱えても、周りが皆同じようなことをしていれば、孤立してしまう、という現実があるのです。

それでも、業界の複雑な事情に精通している人々は、一部のAIスタートアップが設立数年でARR1億ドルを達成したことを、素直に信じるのが難しいと感じています。「業界内部にいる者にとっては、それは偽物だと感じる」と、ヘルスAIスタートアップ「Hello Patient」の共同創業者兼CEOであるアレックス・コーエン氏は述べています。「ヘッドラインを読むと、『信じられない』と思う。」彼のような、現場の感覚を持つ人々にとっては、メディアで流れる華やかな数字は、現実離れした「夢物語」に聞こえるのかもしれません。

しかし、すべてのスタートアップがCARRではなく、厳密なARRを報告することで成長を表現することに快適さを感じているわけではありません。公開市場はソフトウェア企業をCARRではなく、より実態に近いARRで評価することを知っているため、自社の数字をクリーンで明確にすることを優先する創業者もいます。Wordsmithのマクナイン氏は、2022年の市場調整後にスタートアップが高額なバリュエーションを正当化するのに苦労した経験を思い出し、収益を誇張することでさらに高いハードルを作りたくないと考えています。彼は、「それは近視眼的であり、短期的な利益のためにそのようなことをすると、すでに狂気じみた高い倍率をさらに膨らませることになる。それは非常に悪い習慣であり、後で自分に返ってくるだろう」と、将来を見据えた慎重な姿勢を示しています。

AIという最先端技術の探求は、まさに冒険であり、その舞台裏では、数字という「羅針盤」が、時に正しく、時に歪められて使われているようです。この複雑な状況を理解することは、AIスタートアップという、未来への希望を紡ぎ出す存在への、より深い理解へと繋がるはずです。私たち一人ひとりが、こうした情報に触れ、技術への情熱と同時に、その背後にある現実を見つめる目を養うことが、健全なテクノロジーエコシステムを育む鍵となるのではないでしょうか。

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