アラフォー女性が筋トレに目覚めた理由とは?海外生活と驚きの日常

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■日常のふとした疑問から始まった大人の肉体改造計画の裏側

こんにちは。今回は、引っ越し業者の作業や電気工事の技師さんとの何気ない会話をきっかけにジム通いを始め、すっかり筋トレにハマってしまったというエピソードを軸に、私たちが普段やり過ごしている日常の出来事が、実は人間の行動や認知、そして学びのプロセスにどれほど大きな影響を与えているのかについて、心理学や経済学、統計学のレンズを通してじっくりと紐解いていきたいと思います。

事の発端は、自宅にやってきた水道や電気の技師さんへの素朴な質問でした。どうやったらその仕事に付けるのかと尋ねたところ、「まずは洗濯機を一人で担げないといけない」という予想外の答えが返ってきたそうです。この一言を真に受けて(あるいは知的好奇心を刺激されて)、それまで運動や体力仕事とは無縁だったアラフォーの主人公が、ジムの扉を叩くことになります。

実際にバーベルを握り、自分の身体を持ち上げようとしてみると、懸垂すらままならないという残酷な現実につきつけられます。自分の身体の重さをコントロールすることすら難しく、普段私たちが何気なく生活している社会がいかに高度に省力化され、筋肉を使わずに済む環境で作られているかを身をもって知ることになります。そして、「何事も実際にやってみないと分からないことばかりだ」という深い気付きに至り、汗を流した後は茅乃舎の冷や汁の素で美味しいお昼ご飯を食べるという、非常に人間味あふれる日常がそこには広がっています。

この投稿者さん、実は経歴がものすごくて、海外MBAを取得し、キプロスやドイツ、ジュネーブなどを経て、現在はドイツで3つ目の修士号を目指して語学学校に通い、すでに大学院の合格通知も手にしているという超がつくほどの知性派です。そんな知性派の方が、洗濯機を一人で持ち上げるという極めて野蛮で物理的な力仕事に直面し、知的好奇心を刺激されてジムに通い始め、さらには電気工事士の資格を取ってDIYに活かそうとまで考えているのですから、人間のモチベーションの面白さを感じずにはいられません。

■なぜ私たちは「洗濯機の重さ」にこれほど驚かされるのか

リプライ欄では洗濯機の重さについても盛り上がっています。一般的な縦型洗濯機でも60kgから80kgあり、現代の主流であるドラム式洗濯機ともなれば、内部のモーターやバランスウェイトを含めて100kgを超えることも珍しくありません。それを現場で一人、気合と筋力で持ち上げてしまった技師さんの怪力には驚かされるばかりですが、ここで経済学的な視点をちょっと入れてみましょう。

経済学には「身体資本」という概念があります。ノバク・エコノミクスなどで知られる労働経済学の分野において、人間の身体能力や健康状態、体力は、金融資産や不動産と同様に、将来の所得や生産性を生み出すための「資本」であると考えられています。私たちは普段、パソコンを叩くスキルや英語を話す能力といった「人的資本」の価値ばかりに目が行きがちですが、物理的な労働環境においては、筋力や持久力といった「身体資本」の有無が生産性を決定づける重要なファクターとなります。

普段は高度な知的労働や学術研究に従事している高学歴な研究者が、この「身体資本」の圧倒的な不足に直面したとき、脳内で何が起きるのでしょうか。心理学的には、これは「自己効力感の再構築」や「認知の不協和」の解消プロセスとして説明できます。自分は知的には高い成果を上げ、複雑な学問をマスターできる能力を持っているという自負がある一方で、目の前にある100kgの洗濯機の前では、自分の身体があまりにも無力であるという現実を突きつけられます。このギャップが、「自分も身体を鍛えなければならない」という強い動機づけ、すなわちモチベーションを生み出す引き金になるのです。

行動経済学の観点から見ても、このエピソードは非常に示唆に富んでいます。人間の意思決定は常に合理的とは限らず、目の前で起きた強烈なインパクト(サリエンシー効果の高い情報)によって大きく左右されます。「洗濯機を一人で担げないといけない」という技師の言葉は、抽象的な健康維持の勧めよりも圧倒的に具体的で、脳の記憶に定着しやすい情報でした。その結果、コスト(ジムの月謝や筋肉痛の痛み)を上回るだけの心理的報酬(新しい挑戦をする楽しさ、未知の領域への開拓感)が勝り、行動変容が引き起こされたのです。

■新しい挑戦を続ける脳の仕組みと統計データに見る体力維持の重要性

統計学や公衆衛生学のデータを見てみると、年齢を重ねるにつれて筋力が低下していく「サルコペニア」という現象は、単に見た目の問題だけでなく、生存率や認知機能の維持にも深く関わっていることが分かっています。40代というのは、まさにこの身体的曲がり角に差し掛かる時期であり、何もしなければ筋肉量は自然と減少していきます。

しかし、人間は何歳からでも新しい筋肉を獲得し、神経系を発達させることが可能です。神経筋適応と呼ばれるプロセスによって、たとえ運動未経験のアラフォーであっても、適切な負荷と栄養、休息を与えれば、筋肉は必ずそれに応えて成長します。これは学問の修得プロセスと非常によく似ています。新しい言語を学び始めるとき、最初は文法も単語も頭に入らず、自分の無知さに打ちのめされますが、毎日少しずつインプットとアウトプットを繰り返すことで、脳のシナプスが強化され、流暢に話せるようになっていきます。

筋トレも語学も、本質的には同じ「神経のトレーニング」なのです。投稿者さんがドイツで3つ目のマスター取得を目指しながら、同時にジムでバーベルを上げ、さらに電気工事士の資格勉強にまで意欲を燃やしているのは、脳の報酬系が「新しいことを学ぶこと」や「自分の限界を突破すること」に対して常に活性化されている状態にあるからだと言えます。

心理学の分野では、これを「知的好奇心の持続と自己決定理論」で説明することができます。自己決定理論によれば、人間のモチベーションは「自律性(自分で決めたという感覚)」「有能感(自分にはできるという実感)」「関係性(他者や社会とのつながり)」の3つの欲求が満たされるときに最大化されます。

技師さんとの会話から始まったジム通いは、他人に強制されたものではなく、「自分が知りたい、できるようになりたい」という自律的な動機からスタートしています。そして、最初は懸垂すらできなかった状態から、少しずつ筋肉がつき、重いものが持てるようになるプロセスは、まさに「有能感」をダイレクトに満たしてくれる最高の経験です。さらに、電気工事の知識を身につけてヨーロッパでのDIYに活かすという次の目標は、自分の生活環境を自らの手でコントロールするという「有能感」の領域をさらに広げるものであり、人生の満足度を底上げする強力なエンジンとなります。

■日常の些細な違和感を放置しないことが人生を豊かにする

私たちは大人になるにつれて、自分の専門分野や得意な領域に閉じこがちになりがちです。新しい環境に身を置き、自分の知らない世界を覗き見ることは、時として居心地の悪さを伴います。なぜなら、自分がいかに無知であり、いかに体力がないかを思い知らされるからです。

しかし、その「居心地の悪さ」こそが、脳にとっての成長痛であり、人生を退屈させないためのスパイスなのです。今回のエピソードのように、街で見かけた電気技師のひと言をスルーせずに、「どうやったらなれるのか」と問いかけ、実際に自分の身体を動かしてみる。その小さな行動の積み重ねが、思いがけない新しい趣味や、生活を豊かにする知恵、そして思いがけない仲間やコミュニティとの出会いにつながっていきます。

経済学的に見ても、人的資本と身体資本の両方に投資し続ける人は、環境の変化に対するレジリエンス(回復力・適応力)が非常に高くなります。予測不可能な現代社会において、一つの肩書や一つのスキルだけに依存するのではなく、知的な学び直し(リスキリング)と肉体的なメンテナンス(筋トレや健康管理)を並行して行うことは、最も確実でリターンの高いライフスタイル戦略だと言えるでしょう。

もちろん、理論やデータばかりを気にする必要はありません。日々の忙しさの合間にジムで汗を流し、帰ってきてから食べる冷や汁の素を使ったお昼ご飯が最高に美味しいと感じられること。そのシンプルで豊かな日常の営みこそが、私たちが生きている実感そのものです。

もし今、あなたが何かしらのルーティンに飽き飽きしていたり、日々の生活にちょっとした刺激が欲しいと感じているなら、身の回りの「ちょっとした謎」や「自分には縁がないと思っていた世界」に目を向けてみてはいかがでしょうか。洗濯機を担ぐような大げさなことではなくても、これまで読んだことのない分野の本を開いてみたり、普段使わない筋肉を少しだけ動かしてみたりするだけで、世界の見え方はガラリと変わるはずです。

知的好奇心を絶やさず、いくつになっても新しいことに挑戦し続ける姿勢は、周囲の人間にもポジティブな影響を与え、人生の選択肢を無限に広げてくれます。今日という日も、自分の身体と脳をちょっとだけアップデートしながら、美味しいご飯を食べて、ご機嫌に過ごしていきましょう。

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