毎日の仕事、本当にお疲れ様です。朝早くから満員電車に揺られ、夜遅くまでパソコンの画面と格闘し、気づけば自分の時間なんてほとんど残っていない。そんな生活を何年も続けているのに、ふと通帳を見ても貯金はたいして増えていないし、会社の評価制度を見ても自分の頑張りが正当に評価されている実感がない。そんなモヤモヤを抱えながら働いている人は、日本中に数え切れないほどいるはずです。会社のためにと忠誠を誓い、理不尽な業務も笑顔でこなし、後輩の面倒まで見てきたのに、蓋を開けてみたら自分よりも新しく入ってきた中途採用者や新入社員の方が圧倒的に高い給料をもらっている。こんな理不尽な話を聞かされたら、誰だって「ふざけるな」とテーブルをひっくり返したくなりますよね。SNSで話題になった、退職を決意した社内SEの男性が遭遇した悲劇は、まさに現代の日本企業が抱える闇の縮図と言える出来事でした。自分が血汗を流して培ってきた業務の価値が、転職サイトに載った途端に「年収六百万円」という値札を貼られ、しかもそれは自分がもらっている給料よりも百二十万円も高い。人事に理由を問えば「今の条件では誰も応募してこないので」と悪びれもせずに言われる。さらに別の企業では、初任給が大幅に引き上げられた結果、入社九年目のベテラン社員の基本給を下回るという逆転現象まで起きている。このニュースを見て、多くの人が激怒し、同時に絶望感を抱いたことでしょう。なぜ真面目に働いている人が報われず、新しく入ってくる人ばかりが優遇されるのか。この疑問を解き明かすためには、感情論で片付けるのではなく、経済学や行動心理学、そして統計データのレンズを通して、冷徹なまでに客観的な視点から現代の労働市場を見つめ直す必要があります。私たちが直面しているこの不可解な現象の裏には、人間の心理のバグと、市場経済の冷徹なメカニズムが複雑に絡み合っているのです。
この問題を心理学の視点から紐解いていくと、企業がなぜ既存社員よりも新規採用者にお金を払いたがるのかという、人間の認知の歪みが見えてきます。行動経済学において非常に有名な概念に「保有効果」というものがあります。これは、人間は自分がすでに所有しているものに対して、実際以上の価値を感じてしまうという心理的傾向です。これの応用として、企業経営者や人事担当者の心理を考えると、彼らは「今社内にいる従業員」の存在をすでに保有しているもの、つまりコストをかけなくても手元にキープできる「既得権益」として無意識に過小評価してしまうのです。毎日会社に来て当たり前のように仕事をこなしている姿を見ていると、その人がいかに代え難い専門性や社内ニッチな調整能力を持っているかという希少性が、すっかり空気のように当たり前になって見えなくなってしまう。これを心理学では「正常性バイアス」や「馴れ込みの効果」と呼びます。毎日顔を合わせる家族や恋人の長所が見えにくいのと同じで、経営陣もまた、長年連れ添った既存社員の価値に対して完全に麻痺してしまっているのです。一方で、新しく市場から調達しようとする人材に対しては、現在の外部労働市場の相場をまざまざと見せつけられます。「この金額を出さないと誰も応募してこない」という現実を突きつけられたとき、彼らは初めて財布の紐を緩める決断をします。つまり、既存社員を軽視しているというよりも、既存社員の現在の価値を正しく見積もる能力が、企業の認知バイアスによって完全にフリーズしている状態だと言い換えることができます。
さらに、経済学の観点からこの現象を深掘りすると、もっと恐ろしい構造上の問題が浮かび上がります。労働経済学において「勤続年数と賃金の関係」は非常に重要なテーマですが、かつての日本を支えた終身雇用制度や年功序列システムは、まさに「内部労働市場」という閉じた世界を前提としていました。若い頃は低い給料でこき使われ、その代わりに将来の昇進や退職金という名の「deferred compensation」、つまり後払い賃金によって報われるという暗黙の契約が結ばれていたのです。しかし、現代の経済環境において、このモデルは完全に破綻しています。企業は終身雇用を保証できなくなり、いつリストラや業績悪化に見舞われるかわからない不確実性の高い時代に突入しました。それにもかかわらず、多くの日本企業は「過去の慣習」を引きずったまま、既存社員の基本給を据え置く一方で、新規採用のコストだけを市場原理に合わせて引き上げるという、最もタチの悪いハイブリッドな運用をしてしまっています。経済学の用語で言えば、これは「情報の非対称性」と「モラルハザード」の複合汚染です。企業側は労働市場の相場を知りながら、既存社員がすぐには転職しないこと、あるいは転職するコストやリスクを恐れて今の場所に留まり続けること(これを経済学ではスイッチングコストと呼びます)を正確に見越しています。つまり、「文句を言いながらもどうせ辞めないだろう」という足元を見た価格設定を、既存社員に対して行っているわけです。経済学的に合理性を追求した結果がこれなのだとしたら、労働者側にとってこれほど残酷な話はありません。
統計データの冷徹な数字を見てみても、この構造的な歪みは明白です。日本の実質賃金は過去三十年間にわたってほとんど上昇していません。先進国の中で日本だけが賃金が上がらない国になっているというニュースは耳にタコができるほど聞いていると思いますが、その内訳を統計的に分析すると、非常に興味深い事実が浮かび上がります。実は、日本国内でも「転職をした人」の賃金は上昇傾向にあるのです。リクルートなどの各種調査データを見ても、転職によって年収がアップした人の割合は常に過半数を超えており、特に専門スキルを持つIT人材やマーケター層では、転職が最も確実な年収アップの手段となっています。一方で、「同じ会社に留まり続けた人」の昇給率は、インフレ率にも追いつかないほどの低水準に甘んじています。この統計データが示しているメッセージは極めてシンプルです。それは、「今の日本において、同じ会社に忠誠を誓い続けることは、経済的に見て合理的な選択ではない」ということです。統計の確率論から言えば、同じ環境でじっと耐え忍び、奇跡的な社内昇格を待つよりも、自分の市場価値を外部の物差しで測り、定期的に流動していく方が、生涯賃金を最大化できる期待値が圧倒的に高いのです。にもかかわらず、日本人の多くは同調圧力や変化への恐怖心から、この統計的な事実から目を背け、現状維持バイアスに囚われ続けています。
では、この理不尽な労働市場で私たちが生き残るためには、具体的にどのような戦略を取るべきなのでしょうか。ここで心理学と経済学の知見を総動員して、私たちが取るべき生存戦略を考えてみましょう。まず最初に必要なのは、「自分の市場価値を会社の外の物差しで定期的に測定する」という習慣です。多くの人は、自分が会社の中でどれだけの評価を受けているかを基準にして自己評価を定めてしまいますが、これは非常に危険です。社内の評価制度は、その会社の閉じた文化や政治力、あるいは経営者の気まぐれに大きく左右されるため、外部の経済合理性とは全く一致しません。定期的に転職エージェントと面談をしたり、スカウト型のサービスに自分の経歴を登録したりして、「今、自分のスキルは外の世界でいくらの値札がつくのか」を客観的に知ることが何よりも重要です。これは実際に転職するかどうかは別として、心理学でいう「自己効力感」を保つためにも極めて有効な防衛策となります。「いざとなればいつでもこの会社を捨てて、もっと高い年収で他の会社に行ける」という選択肢を頭の中に持っているだけで、会社から受ける理不尽なストレスに対する耐性が劇的に変わるのです。経済学で言うところの「オプショナル価値」、つまり選択肢を持っていること自体の価値を常に高めておくことが、現代のビジネスパーソンにとって最強の武器となります。
さらに、労働者一人ひとりが「ジョブ型」の意識を持つことも欠かせません。日本的雇用の美徳とされてきた「メンバーシップ型雇用」、つまり「会社の人材として何でもやります」というスタンスは、先ほど述べたような企業都合の買い叩きに遭う最大の原因となります。「私はこういう専門スキルを持ち、こういう成果を出すためにこの対価をもらっている」という明確な境界線を引くことができなければ、企業はあなたを「便利な使い捨ての歯車」として扱います。日々の業務の中で、自分がどのようなスキルを蓄積し、それが外部の労働市場でどのように換金できるのかを常に意識しながら働くこと。そして、もしその会社が自分の提供する価値に対して適切な報酬を支払う意思がないと判明したならば、躊躇なく次のステージへと移行する決断力を持つこと。今回の社内SEの事例は、私たちに「会社への忠誠心は一文の得にもならないが、自分のスキルへの投資は裏切らない」という残酷で、しかし紛れもない真実を教えてくれました。企業が従業員を「人件費という名のコスト」としか見ていないのであれば、労働者側もまた、企業を「自分のキャリアをハックするための踏み台」と割り切って利用するくらいの冷徹さが必要です。
もちろん、年齢が上がるにつれて転職のハードルが高くなるという現実的な課題についても目を背けるわけにはいきません。統計データの上でも、三十代後半から四十代以降の転職市場では、求められるスキルの専門性が一気にシビアになり、未経験からのキャリアチェンジが難しくなるのは事実です。だからこそ、若いうちから、あるいは今この瞬間から、自分の市場価値を高めるための行動を先送りにしてはならないのです。「年齢の壁があるから動けない」と諦めることは、企業側の「どうせ動けないだろう」という罠に自ら飛び込むようなものです。年齢によるハンデを補うためには、誰にも真似できない圧倒的な専門性を築くか、あるいは複数のスキルを掛け合わせて独自のポジションを築く「キャリアの複線化」を進めるしかありません。統計的な確率を少しでも自分の有利な方に傾けるために、今日からできる小さな一歩を踏み出すことが求められています。例えば、今の業務の中でどんなスキルが身についているのかを言語化してみる、自分の職務経歴書を最新の状態にアップデートしてみる、あるいは興味のある分野の勉強を始めてみる。そんな小さな行動の積み重ねが、将来の自分を理不尽な賃金格差から守る盾となります。
記事の締めくくりとして、私たちがこの社会でどう生きていくべきかという本質的な問いに向き合いましょう。会社はあなたの人生の責任を取ってはくれません。どれだけ会社のために身を粉にして働こうとも、業績が悪くなれば一瞬で切り捨てられるし、裏では「今の条件じゃないと人が来ないから」という理由で、あなたよりも高い給料の人間が簡単に入ってくる。そんな冷徹な資本主義の現実を知ったとき、私たちは絶望するのではなく、むしろ目を覚ますべきなのです。「会社に依存しない生き方」を模索し、自分の足で立ち、自分の市場価値を自分でコントロールする。それこそが、この不確実な時代を生き抜くための唯一にして最大の知恵なのです。今日、この文章を読んだあなたが、自分の通帳を見つめ、自分の仕事の価値を疑い、そして外の世界へと目を向けるきっかけになることを強く願っています。理不尽な評価に甘んじる必要はもうありません。あなたの価値は、あなたが決めるのです。

