SNSを見ていると、「28歳で貯金100万円だけど、ぶっちゃけ貯金ないって言っちゃう」というような投稿が大きな話題になったりしますよね。これに対して「100万円もあるのに何言ってるんだ」「世の中にはガチでゼロ円の人がゴロゴロいるぞ」なんてツッコミが飛んだり、逆に「試験前に『全然勉強してない』って言う優等生と同じ現象だよね」と共感が集まったりして、タイムラインが賑わうお決まりのパターンがあります。
この「貯金がない」という言葉の定義の曖昧さや、私たちが自分の経済状況をどう捉えて不安になるのかという問題は、実は単なるネット上の言い争いではなく、心理学や行動経済学、そして統計学のレンズを通してみると、人間の脳の面白いメカニズムや現代社会のリアルな構造がくっきりと浮かび上がってくる非常に深いテーマなんです。
今回は、このSNSでの何気ないやり取りを入り口にして、なぜ私たちはこれほどまでに「お金がない」と感じてしまうのか、そして実際のデータや学術的な理論はどう語っているのかを、専門的な知見を交えながらわかりやすく解き明かしていきたいと思います。
■「貯金ない」発言の正体を心理学で読み解く
まずは、あの28歳で100万円の貯金がある人が発した「貯金ない」という言葉の裏側にある心理から考えてみましょう。リプライにあった「試験前に全然勉強してないと言う現象」という例えは、心理学において非常によく研究されている興味深い現象を突いています。
社会心理学の世界では、これを「セルフ・ハンディキャッピング」や「防衛的悲観主義」という概念で説明することがあります。防衛的悲観主義とは、あらかじめ最悪の状況を想定したり、自分の能力やリソースを低く見積もったりすることで、将来の失敗から受ける精神的なショックを和らげようとする心理的防衛メカニズムのことです。
人間は、将来に対する不確実性に直面したとき、過度な楽観主義よりもむしろ悲観主義をとることで、自分を守ろうとします。28歳という年齢は、キャリアの形成、結婚、出産、住宅購入、あるいは親の介護など、人生の大きなライフイベントが次々と視野に入ってくる時期です。この時期の100万円という金額は、客観的に見れば立派な貯蓄額であるにもかかわらず、これから待ち受けているであろう莫大なライフコストの総額を脳内でシミュレーションした瞬間、「これだけでは全く足りない」「いつ何が起きるかわからない」という強烈な恐怖感に変わります。
つまり、「貯金がない」という言葉は、文字通りのゼロ円という意味ではなく、「私の心の中にある将来への不安の大きさに比べて、手元にある盾(お金)があまりにも小さくて心細い」という、心理的な悲鳴やリスクヘッジの表現なわけです。
また、認知バイアスの一種である「プロスペクト理論」の観点からも説明がつきます。行動経済学者のダニエル・カーネマンらが提唱したプロスペクト理論によると、人間は利益を得たときの喜びよりも、損失を被ったときの痛みを約2倍から2.5倍強く感じる「損失回避性」という性質を持っています。貯金が100万円ある状態とは、プラスの資産を持っている状態ですが、人間の脳はそれを「安全な領域にいる」と認識するよりも、「もし病気や失業でこの100万円が消えたらどうしよう」という「損失の恐怖」の方を過剰に敏感に察知してしまいます。そのため、絶対額としての100万円の価値が、脳内では過小評価されてしまうのです。
■統計データから見る日本のリアルな貯金額と「平均」の罠
では、客観的なファクトとして、実際の日本の同世代の貯金額はどうなっているのでしょうか。統計学や公的データを見てみると、SNSで交わされる「ある」「ない」の基準がいかに主観的で多様であるかがよくわかります。
金融広報中央委員会が実施している「家計の金融行動に関する世論調査」などの統計データを見ると、日本の20代の単身世帯における金融資産保有額の分布は非常に面白い特徴を持っています。よくニュースなどで「20代の平均貯蓄額は〜万円」という数字が発表されますが、統計学をかじった人なら誰もが知っている通り、こうした家計資産のデータは平均値が全くあてになりません。なぜなら、一部の非常に資産を持っている層が全体の平均値を大きく引き上げてしまうからです。
そのため、実態を正確に把握するためには、データを小さい順に並べたときに真ん中に来る「中央値」を見る必要があります。20代の単身世帯における金融資産保有額の中央値を見てみると、実は「貯蓄ゼロ(金融資産非保有)」と答える人が全体の約3割から4割にものぼります。つまり、日本の20代の3人に1人以上は、本当に文字通りの意味で「貯金がゼロ」の状態で生活しているというのが、統計的なファクトなのです。
このデータを知ると、35歳で貯金ガチゼロ円と語る人や、給料日直前の口座残高が数百円という人たちの声が決して特殊な例外ではなく、現代の労働環境や経済構造の中では極めて高い確率で発生しうる現象であることがわかります。非正規雇用の拡大や、実質賃金の停滞、物価の上昇といったマクロ経済的な要因が、個人の自助努力だけではどうにもならない貯蓄の壁を作っているという側面を、統計データは冷徹に物語っています。
一方で、20代前半ですでに数百万円の資産を築いている人々が存在することも事実です。これについても経済学の視点から説明がつきます。いわゆる「親ガチャ」と呼ばれるような実家からの経済的支援の有無、実家暮らしによる固定費(家賃や食費)の圧倒的な圧縮、あるいは早い段階からの投資(NISAや個別株など)に対するリテラシーの差が、同じ20代という年齢でありながら、数百万単位の資産格差を生み出しているのです。
■「他人との比較」が生み出す現代のルサンチマンと経済的幸福度
SNSの議論がこれほどまでに盛り上がり、時にはいがみ合いやマウントの応酬に発展してしまうのはなぜでしょうか。ここには経済学や社会心理学が解き明かす「相対的剥奪感」という概念が深く関わっています。
人間は、絶対的な豊かさ(自分がいくら持っているか)だけで幸福を感じるわけではありません。「周囲の人間と比較して、自分がどの位置にいるか」という相対的な立ち位置によって幸福度や不満の大きさが大きく左右されます。これを経済学では「相対所得仮説」や「基準の呪縛」などと呼びます。
かつては、比較の対象はせいぜい同じ職場の同僚や近所の友人、親戚といった、物理的に見えている範囲の人々に限られていました。しかし、SNSの登場によって、私たちの比較対象は一瞬にして日本中、あるいは世界中の「キラキラした成功者」や「同世代なのに異常に稼いでいる天才」にまで拡張されてしまいました。
SNSのアルゴリズムは、人々の感情を激しく揺さぶるコンテンツ、すなわち強い劣等感を抱かせるような成功譚や、逆に極端な困窮エピソードを優先的にタイムラインに流す性質を持っています。その結果、28歳で100万円の貯金があっても、SNSで「20代で投資で500万溶かした」「すでに資産1000万超えた」といった極端なサンプルばかりを見せつけられることで、脳は強烈な「相対的剥奪感」を覚えます。「自分は周りと比べて遅れているのではないか」「このままでは取り残されてしまう」という焦りが、本人に「私には貯金がない」と言い切らせる原動力となっているのです。
行動経済学の研究によると、人間の幸福度は所得が一定の水準を超えるとその上昇率が鈍化することが知られていますが、それ以上に「他者との比較において自分が優位にあるか」が脳の報酬系を強く刺激することがわかっています。SNS上の貯金額論争は、まさにこの人間の原始的な比較本能と、現代のデジタル空間が生み出した歪んだ鏡写しの世界がぶつかり合うことで起きた、現代特有の心理的現象だと言えます。
■科学的知見から見えてくる「本当の豊かさ」へのアプローチ
ここまで、心理学、経済学、統計学の様々な視点から、SNSの貯金額論争の背景にあるメカニズムを紐解いてきました。28歳で100万円の貯金に対して「余裕がない」と嘆くことも、35歳で貯金がゼロになってしまうことも、そして他人の貯金額に一喜一憂してしまうことも、すべて人間の脳の仕組みや現代社会の構造を考えれば、きわめて自然な反応だと言えます。
大切なのは、こうした科学的なファクトや人間の心理的癖を知った上で、自分自身のマネーライフをどうコントロールしていくかという点です。
まず第一に、他人の「貯金額」という曖昧で不確実な数字に振り回されないことです。統計データが示す通り、20代の中央値は私たちが想像しているよりもはるかに低く、誰もがそれぞれの背景やスタートラインを持っています。SNS上の景気の良い数字は、氷山の一角に過ぎません。
第二に、自分の「損失回避性」や「防衛的悲観主義」の存在をメタ認知することです。お金がないと不安になるのはあなたの脳が正常に働いている証拠ですが、その不安が過剰なストレスを生み出しているなら、まずは家計の固定費を見直したり、少額からの積立投資を習慣化したりすることで、「コントロール感」を取り戻すことが心理的な安定につながります。行動経済学では、人間は「自分でお金をコントロールできている」という感覚(自己効力感)を得られたときに、もっとも幸福感を感じることがわかっています。
最後に、お金というものは、ただ口座の数字を増やすためのゲームのスコアではなく、あなたの人生の選択肢を広げ、不測の事態から自分を守るための道具にすぎないという原点を思い出すことです。貯金が100万円あろうが、ゼロであろうが、今日という日をどう生き、どう次に繋げるかというプロセスこそが、あなたの経済的・精神的な豊かさを決定づける唯一のファクターなのです。
ネット上のざわめきに心を乱されたときは、ふっと深呼吸をして、自分のための現実的な一歩を積み重ねていくこと。それが、科学的にも最も理にかなった、不安を乗りこなすためのスマートな生き方なのかもしれません。

