料理人の方々の話を聞いていて、若手の子たちの意欲の低さが際立っていた。
現場に一年居て、だし巻きすらもまともに巻けない、千切りやかつら剥きもまともにできない(厚みや幅が違いすぎる)。
店が休みの日に、器の扱いを時間を設けて一から教えようとしたら休日出勤ですか?と嫌がる。(強制ではないので来なくてもいいけど、自習して正しく理解できていなければ、器を扱うポジションには入れない。)
庖丁が研げない。専門店に任せればいいという。
結果が何も出ていないのに、やった事実だけ提示して褒めてもらいたがる傾向が全般にある。
食材の扱いが悪い。生産者への感謝や敬意がない。ざっと聞くだけでもこれだけ出てくる。
特に器の話など、それぞれの器の特性を実物を触りながら(超高級品や古いものなども全て出してくれる)一つずつ説明してもらえる機会など、私がお金を出して聞きたいくらいなのに。
出勤手当は付かないけれど、これは本来時間をかけて学ぶか、お金を払って学ぶレベルの内容、しかも実物を触らせてもらえるって事の価値がわかっていない。聞けば、ネットで調べればわかると思い込んでいる子が増えている。
聞けばなんでも答えてもらえると思っている。
紙の上の話と実物は違うことが納得できない。全ての子がそうではないし、やる気に溢れた子は、3つの店を掛け持ちしてアルバイトで勉強している子もいるくらい。
休みの日は家で気になっている事を調べたり練習する。料理人は、腕の世界だから、学んで結果を出さなければ一定のレベル以上のお店では務まらない。
センスや能力差で任せられる仕事が変わるのは当然であるのに、それに納得がいかずに腐って辞めていく子が少なからずいる。この現状は、若い子だけのせいではないと思う。
これは明らかに教育の失敗だと思う。大変な時代になってしまったよ…
— 大塚 麻衣子(かつお節コーディネーター) (@AJIMAI3) January 19, 2026
「おいおい、最近の若手料理人って、一体どうなっちゃってるんだ?」
そんな声が、料理業界のベテランさんたちからチラホラ聞こえてくる今日この頃。きっかけは、かつお節コーディネーターの大塚麻衣子さんが投げかけた、あるSNS投稿でした。要するに、若手料理人の皆さんが、基本の「き」である技術習得に意欲を示さなかったり、先輩たちが「これは勉強になるぞ!」と提供する貴重な学びの機会を「休日出勤ですか?」なんて一蹴しちゃったりする、そんな現状に警鐘を鳴らしたんですよね。だし巻き卵がまともに巻けない、千切りがバラバラ、包丁研ぎはプロに任せればOK、結果も出していないのに褒められたがる…って、うん、これだけ聞くと、ちょっと耳が痛い話かもしれません。でもね、これって本当に「若手だけの問題」なんでしょうか?
心理学、経済学、そして統計学といった科学的な視点から、この複雑な問題をフカボリしてみると、意外な真実が見えてくるんです。もしかしたら、僕らが「若者のやる気がない」と決めつけていることの裏には、もっと深い社会の構造や、人間の心のカラクリが隠れているのかもしれませんよ。さあ、一緒にこの謎を解き明かしていきましょう!
■若手シェフの「やる気」はどこへ?モチベーションの科学を探る
まず、大塚さんが指摘する若手料理人の「意欲の低さ」って、一体どういう心理が働いているんでしょう?これ、心理学的に言うと、モチベーション、つまり「動機づけ」の問題に深く関わってきます。
僕らのやる気には、大きく分けて二つの種類があるんです。一つは「内発的動機づけ」。これは「料理を作るのが楽しい!」「もっと上手になりたい!」といった、自分の中から湧き出てくる純粋な興味や喜びに基づくものです。もう一つは「外発的動機づけ」。これは「給料を上げたい」「褒められたい」「怒られたくない」といった、外部からの報酬や罰則によって引き起こされるやる気ですね。
大塚さんが語る「お金を出してでも聞きたいレベル」の器の扱い方を学ぶ機会を「休日出勤」と捉える若手。これはまさに、内発的動機づけが十分に育っていない可能性を示唆しています。心理学者のデシとライアンが提唱する■自己決定理論(Self-Determination Theory, SDT)■によれば、人間が内発的に動機づけられるためには、「自律性(自分で決めたい)」「有能感(自分はできる!と思いたい)」「関係性(誰かと繋がりたい)」の3つの基本的な心理的欲求が満たされる必要があると言われています。
もし、若手が「休日出勤」と感じるのだとしたら、それは「自律性」が損なわれているからかもしれません。「やらされている」と感じると、せっかくの学びの機会も、たちまち「つまらない労働」に変わってしまうんです。さらに、基本技術が未熟なままでは「有能感」もなかなか育ちませんよね。だし巻き卵が上手に巻けないのに、いきなり高級な器の扱いを学ぶことに、どれだけの意味を見いだせるでしょうか? むしろ、「またできないことのプレッシャーが増える」と感じてしまうかもしれません。
そして、「結果を出していないにも関わらず事実だけを提示して褒められたがる」という傾向。これは、■認知的不協和理論(Cognitive Dissonance Theory)■で説明できる部分もあるかもしれません。フェスティンガーが提唱したこの理論は、自分の行動と信念が矛盾している時に感じる不快感を解消しようとする心理を指します。例えば、「自分は優秀な料理人になりたい」という信念があるのに、「基本技術が伴っていない」という現実がある。このギャップを埋めるために、「褒められる」ことで一時的に「自分は優秀だ」という信念を保とうとするのかもしれませんね。あるいは、「自分は頑張っているんだから、認めてほしい」という、一種の自己防衛メカニズムが働いている可能性も考えられます。
また、ヴルームの■期待理論(Expectancy Theory)■に照らしてみると、彼らが「努力しても報われない」と感じている可能性も浮上します。期待理論では、人は「努力すれば良いパフォーマンスが出せるだろう(期待)」「良いパフォーマンスを出せば良い報酬が得られるだろう(手段)」「その報酬は自分にとって魅力的だろう(誘意性)」という三つの期待が揃った時に、初めてやる気を出すとされます。もし、彼らが「努力しても一人前になれるか分からない」「報われるか分からない」という期待を抱いていれば、最初から努力を避けるのも、ある意味で合理的な行動なのかもしれません。
料理の世界はまさに「腕の世界」。学んで結果を出さなければ一定以上の店では務まらない、というのは昔から変わらない真理でしょう。しかし、今の若手は、この「腕を磨く」というプロセスそのものに、どれだけの「期待」と「魅力的さ」を感じているのでしょうか? ここに、世代間のギャップだけでなく、業界全体の構造的な問題が潜んでいる可能性も否定できません。
■「コスパ・タイパ」重視の経済合理性?現代若者の意思決定と労働市場
次に、経済学のレンズを通して、若手料理人の行動を見てみましょう。彼らが休日返上の学びを「休日出勤」と捉える背景には、現代の若者が重視する「コスパ(コストパフォーマンス)」や「タイパ(タイムパフォーマンス)」という価値観が色濃く反映されていると考えられます。
経済学では、何かを選択する際には必ず■機会費用(Opportunity Cost)■が発生すると考えます。これは、ある選択肢を選んだことによって、諦めた別の選択肢から得られたはずの最大の価値のこと。つまり、休日返上で器の扱いを学ぶことを選べば、その代償として、友人と遊ぶ時間、趣味に没頭する時間、あるいは単純に休息を取る時間といった「プライベートな時間」を失うわけです。現代の若者は、このプライベートな時間の価値を、かつての世代よりも高く評価する傾向にあると言えるでしょう。
かつては「丁稚奉公」のように、身を粉にして働くことが美徳とされ、師匠の技を盗むために休日も返上して働くのが当たり前、という時代がありました。しかし、現代において、その「努力」が将来どれだけのリターン(高給、名声、自己成長)をもたらすのか、若者は非常にシビアに見積もっているのかもしれません。
ベッカーが提唱した■人的資本理論(Human Capital Theory)■によれば、教育や訓練は、将来の生産性を高め、それによって賃金の上昇につながる「投資」であるとされます。しかし、料理業界の労働環境や賃金体系が不透明であったり、過度な労働が常態化していたりする場合、若手は「この投資(休日返上の学び)が、果たして見合うリターンをもたらすのか?」と疑問を抱くでしょう。もし、努力しても社会保障にすら加入させてもらえないような劣悪な環境であったり、自分の能力が正当に評価されないとすれば、人的資本への投資意欲は当然低下します。これは、若手個人の問題というよりも、業界全体、ひいては社会全体の構造的な問題と捉えるべきでしょう。
ノーベル経済学賞を受賞したハーバート・サイモンが提唱した■限定合理性(Bounded Rationality)■という概念も、彼らの行動を理解する上で役立ちます。人間は、完全な情報や無限の計算能力を持っていないため、常に最適な選択をすることはできません。限られた情報の中で、「これくらいでいいや」という「満足できる」選択をする傾向があります。休日返上の学びの真の価値(将来のキャリアパス、高い専門性)が十分に伝わっていない場合、彼らは目の前の「休日」という短期的な便益を優先し、「休日出勤」という負のフレームで捉えてしまうのかもしれません。
この限定合理性を乗り越え、より良い選択を促すのが、同じくノーベル経済学賞受賞者のサミュラーとサンスタインが提唱した■ナッジ理論(Nudge Theory)■です。ナッジとは、強制することなく、そっと背中を押すような働きかけのこと。「休日返上しなさい」と命令するのではなく、「この学びの機会が、あなたの将来にとってどれだけ価値があるか」を具体的なメリットとともに丁寧に伝え、参加しやすい環境を整える。例えば、学びの機会を就業時間内に設ける、あるいは参加した者にはボーナスや昇給で報いるといったインセンティブ設計は、まさにナッジの一種と言えるでしょう。
現代の労働市場は、特に若年層においては売り手市場の様相を呈しています。企業は労働者を選べる立場から、労働者から選ばれる立場へと変化しています。この力関係の変化も、若手が「身を粉にして働く」ことを良しとしない背景にあるでしょう。「ブラック企業」という言葉が一般化し、ワークライフバランスを重視する価値観が広がる中で、企業側も従来の「根性論」だけでは優秀な人材を確保し、育成することは難しくなっているのです。
■「教育の失敗」の正体を探る:統計と制度設計の視点
大塚さんはこの状況を「教育の失敗」だと断じています。これは非常に重要な視点です。若手だけの問題ではなく、彼らを育成する側、あるいは社会全体の教育システムに問題があるという指摘は、統計学的なアプローチからも考察の余地があります。
「ゆとり教育による人の質の下降」という意見も上がっていますが、これは統計的に慎重に扱うべき議論です。PISA(OECD生徒の学習到達度調査)などの国際学力調査では、日本の順位が一時的に下がった時期もありましたが、その後は回復傾向にあります。単に「ゆとり教育=学力低下」という直線的な因果関係を導き出すのは早計かもしれません。むしろ、教育内容の変化だけでなく、家庭環境の変化、情報化社会の進展、そして社会全体の価値観の変化といった、多様な要因が複雑に絡み合っていると考えるべきでしょう。
「必要な正しい厳しさ」が失われたという指摘も、教育の質に関する重要な論点です。統計的に見ると、効果的な教育プログラムや指導法には、フィードバックの質、目標設定の明確さ、そして生徒の主体性を尊重する姿勢が重要な要素として挙げられます。単に「厳しさ」を求めるだけでなく、「何のために、どのように厳しく指導するのか」という説明責任と、具体的な成長への道筋を示すことが、現代の教育には求められているのです。
ここでも、インセンティブ設計が鍵となります。大塚さんは「能力差による仕事の配分に納得できずに辞めていく者も少なくない」と指摘していますが、これはまさに適切なインセンティブが機能していない証拠です。努力して基本技術を身につけた者と、そうでない者を同列に評価するような仕組みでは、頑張るインセンティブが生まれません。統計的に見ても、成果に基づく報酬制度や、明確な昇進・昇格基準は、従業員のモチベーション向上に寄与することが示されています。学びの機会を就業時間内に設ける、あるいは参加しない者と身につける者で給与差をつけるといった提案は、まさにこのインセンティブ設計の考え方に基づいています。
教育の失敗は、教える側のスキルや、学ぶ環境(店舗の文化、指導体制)にも影響されます。ベテランシェフが持つ「感覚」や「経験」は貴重ですが、それを若手に「言語化」し、体系的に「教える」スキルはまた別物です。指導者自身が、心理学的な動機づけの手法や、効果的なコミュニケーション方法を学ぶ必要もあるでしょう。ある意味、これは「教育における情報非対称性」の問題でもあります。若手は「器の扱いがキャリアにどう繋がるか」という情報を十分に持っていない。一方、教える側は、その価値を伝えるための効果的な方法を知らない。このギャップを埋める努力が、双方に求められるのです。
そして、「親世代の意識の欠如」という指摘も、■世代間移転(Intergenerational Transfer)■という経済学的な視点から考察できます。価値観や規範、知識は、親から子へと受け継がれますが、現代社会ではその伝達がうまくいっていないのかもしれません。経済成長が停滞し、未来への希望が見えにくい社会で育った若者と、高度経済成長期を経験した親世代では、働くことや学ぶことに対する価値観が大きく異なっていても不思議ではありません。社会構造そのものの歪みが、教育システム全体、ひいては若者の行動様式に影響を与えている可能性は十分に考えられます。
■「ありがた迷惑」から「共感」へ:効果的なコミュニケーションとリーダーシップ
では、この複雑な状況をどうすれば改善できるのでしょうか? 最後に、行動経済学や組織心理学の視点から、効果的なコミュニケーションとリーダーシップのあり方を探ってみましょう。
まず、学びの機会を「休日出勤」ではなく、「将来への投資」として魅力的に伝える工夫が必要です。行動経済学では、情報の提示の仕方によって人の意思決定が変わる■フレーミング効果(Framing Effect)■が知られています。「休日返上して練習しろ」というネガティブなフレームではなく、「この技術を習得すれば、半年後にはこんな仕事が任せられるようになり、一年後には給与アップのチャンスも!」というポジティブなフレームで提示するだけで、若手の受け止め方は大きく変わるはずです。
また、■プロスペクト理論(Prospect Theory)■で示されるように、人間は「得をすること」よりも「損をすること」をより強く回避しようとする傾向(損失回避性)があります。学びを拒否することが、将来のキャリアにおいて「どのような損失(昇進機会の逸失、市場価値の低下)」につながるのかを具体的に示すことで、行動変容を促すこともできるかもしれません。
大塚さんが指摘する「説明責任」の重要性は、まさに行動経済学や組織心理学の核心を突いています。「ありがたいんだから理解しろ」という一方的な押し付けでは、現代の若手は納得しません。彼らは、自分の行動がもたらす意味や、その背景にある「なぜ」を理解したいと強く願っています。具体的な目標と、それに対する機会提供を丁寧に説明し、彼らが自律的に選択できる余地を与えることが重要です。
これは、現代の企業が重視する■エンプロイー・エクスペリエンス(Employee Experience)■の向上にもつながります。従業員が会社で働くことで得られる経験全体を豊かにすることで、エンゲージメントを高め、モチベーションを引き出すという考え方です。学びの機会も、単なる労働ではなく、従業員が成長し、自己実現できる場として位置づけられれば、彼らは積極的に参加するようになるでしょう。
リーダーシップのあり方も見直す必要があります。バンドゥーラの■社会的学習理論(Social Learning Theory)■によれば、人は他者の行動を観察し、模倣することで学習します。もし、指導者自身が学ぶことに熱心でなかったり、意欲的に働く姿勢を見せなかったりすれば、若手もまた、その行動を模倣してしまうでしょう。リーダーが自ら手本を示し、若手の自律性、有能感、関係性をサポートするような■変革型リーダーシップ■が求められます。彼らの話に耳を傾け、彼らの視点に立って物事を考え、共に成長する伴走者としての役割を果たすことが、これからの指導者には不可欠です。
■複雑な問題を紐解く鍵は、科学的な視点と相互理解
大塚さんの問題提起は、単に料理業界に限った話ではなく、現代社会が抱える多くの問題を映し出す鏡だと言えるでしょう。若手料理人の「意欲の低さ」や「学びへの意識の希薄さ」は、個人の資質の問題だけでなく、心理学的なモチベーションのカラクリ、経済学的な意思決定の合理性、そして統計学的な視点から見た教育システムや社会構造の歪みが複雑に絡み合って生じている現象です。
僕たちはとかく、自分たちの常識や経験を基準にして、相手を「やる気がない」「甘えている」と決めつけがちです。しかし、科学的な知見をもって問題を多角的に分析することで、これまで見えてこなかった本質や、具体的な解決策のヒントが見えてきます。
この複雑な問題を解決するためには、世代間の相互理解が不可欠です。ベテラン世代は、今の若者が何を考え、何に価値を見いだしているのかを理解しようと努め、彼らの心理的欲求を満たすような指導方法やインセンティブ設計を考える。一方、若手世代もまた、先輩たちが培ってきた技術や知識、そしてその背景にある「心意気」の価値を理解しようと努める。
「料理の世界は腕の世界」。これは昔も今も変わりません。しかし、その「腕」をどのように磨き、どのように伝承していくのか、そのアプローチは時代とともに変化していくべきでしょう。科学的な知見を積極的に取り入れ、お互いを尊重し、共に成長できるような「新しい料理界のあり方」を模索していくこと。それが、大塚さんの投げかけた問いに対する、僕たちなりの答えになるのかもしれませんね。

