失うものゼロ!「無敵の人」が凶悪犯罪を躊躇しないヤバすぎる現実

社会

■「無敵の人」って言葉、知ってる?失うものがないって、実は強力な武器なの?

最近、「無敵の人」なんて言葉を耳にすることが増えたかもしれません。ネットなんかでよく使われる言葉なんですが、これって一体どういう意味なんでしょう?失うものが何もない、つまり、社会的な立場とか、大切な人との繋がりとか、お金とか、そういうものを一切持っていない人のことを指すスラングなんですね。なんだか、ちょっと物騒な響きがありますよね。

この「無敵の人」という言葉が広まったきっかけの一つに、2008年頃のひろゆきさん、そう、あの有名な西村博之さんの発言があると言われています。彼が、失うものが何もない人間は、社会的に何も恐れるものがないから、ある意味「無敵」なんじゃないか、というようなことを言ったのが始まりだとか。確かに、普通に考えて、何かを失うことを恐れているから、みんなルールを守って生活しているわけですよね。でも、何も失うものがない人にとっては、そんなルールなんて関係ない、ということなのかもしれません。

この「無敵の人」という状態は、具体的にどんな状況を指すんでしょうか。多くの場合、仕事をしていない、つまり無職だったり、誰とも深く関わりのない孤立した状態だったりします。そして、そういった状況から、自暴自棄になってしまう。でも、ここで大事なのは、ただ落ち込んでいるだけじゃない、という点です。自暴自棄の果てに、犯罪行為に躊躇がなくなってしまう、というニュアンスが含まれているんです。

実際に、この「無敵の人」という言葉が再び世間の注目を集めた出来事もありました。例えば、「黒子のバスケ」という人気漫画の脅迫事件。この事件で犯人が逮捕された際に、「無敵の人」という言葉がメディアで使われ、多くの人がこの言葉の存在を知ることになったんですね。事件の犯人が、社会との繋がりが希薄で、失うものがなかったために、凶悪な犯行に及んだのではないか、という見方がされたわけです。

では、なぜ失うものがないと、犯罪に走りやすくなってしまうのでしょうか。それは、私たちが普段、社会の中で生きていく上で、様々な「リスク」を避けるように行動しているからです。例えば、もしあなたが会社で働いていて、真面目に仕事をしていたら、もし万が一、犯罪を犯してしまったら、どうなるか想像してみてください。会社をクビになるかもしれない。周りの人からの信頼を失うかもしれない。家族や友人に迷惑をかけてしまうかもしれない。逮捕されて、自由を奪われるかもしれない。そうなると、人生はめちゃくちゃになってしまいますよね。だから、ほとんどの人は、そういったリスクを避けるために、法やルールを守って生活しているんです。

でも、「無敵の人」は、すでにそういったものを失っている、あるいは最初から持っていない。職もない、頼れる人もいない、お金もない、社会的な地位も何もない。となれば、逮捕されたり、社会からつまはじきにされたりすることを、それほど恐れないのかもしれません。むしろ、どうせ何も良いことはない、という諦めの気持ちが強くなって、極端な行動に出てしまう、というメカニズムが考えられます。

■犯罪に走る行為、それは本当に「無敵」なのか?冷静に考えてみよう

さて、ここで一つ、冷静に考えてみたいことがあります。「無敵の人」という言葉を聞くと、なんだか強くて怖いイメージを持つかもしれませんが、本当にその状態が「無敵」と言えるのでしょうか。むしろ、それは社会との繋がりを断ち切った、非常に不安定で、孤立した状態ではないでしょうか。

失うものがないから、何でもできる、と考えるのは、ある意味、短期的な視点に立った考え方かもしれません。確かに、逮捕されることや社会的な制裁を恐れない、という点では、ある種の「自由」があると言えるかもしれません。しかし、それは同時に、社会という大きなシステムから切り離された、孤独な状態でもあります。

考えてみてください。人間は、社会的な生き物です。私たちは、家族や友人、同僚といった他者との関わりの中で、喜びや悲しみを感じ、成長し、生きています。誰かに認められたい、誰かの役に立ちたい、という欲求は、人間が本来持っているものです。もし、そういった繋がりが一切なくなってしまったら、たとえ物理的に自由な時間がたくさんあったとしても、それは本当に「豊かな」人生と言えるでしょうか。

犯罪に走る行為は、一見、失うものがないからこそできる大胆な行動に見えるかもしれません。しかし、それは同時に、自分自身をさらに社会から遠ざける行為でもあります。犯罪を犯せば、当然、法律によって罰せられます。逮捕されれば、自由は奪われます。社会との繋がりは、さらに断ち切られ、孤立は深まる一方です。そうなると、もはや「無敵」どころか、自分自身で自分の可能性を閉ざしてしまう、非常に「愚かな」選択と言えるのではないでしょうか。

■社会への貢献、それが一番の「無敵」への処方箋

では、この「無敵の人」になりかけてしまう、あるいは、なってしまった状態から抜け出すためには、どうすれば良いのでしょうか。それは、先ほども少し触れましたが、失うものを恐れるのではなく、むしろ「何かを得よう」とすること、そして、社会に「貢献しよう」と考えることだと、私は思います。

「社会への貢献」という言葉を聞くと、なんだか大げさで、自分には無理だ、と思う人もいるかもしれません。しかし、社会への貢献というのは、必ずしも特別なことである必要はありません。例えば、

●道端に落ちているゴミを拾う。
●困っている人に親切にする。
●地域のお祭りに参加する。
●ボランティア活動に参加する。
●自分の得意なことを、誰かのために活かす。

こういった、小さなことでも、立派な社会への貢献です。そして、そういった行動は、必ず、あなたの周りの人たちに良い影響を与えます。そして、その良い影響は、巡り巡って、あなた自身に返ってくるのです。

具体的に考えてみましょう。例えば、あなたが仕事で成果を上げたとき、それをチームのために役立てたとしましょう。そうすれば、チームメイトから感謝されたり、上司から認められたりするかもしれません。それは、あなたにとって、新たな自信や、さらに頑張ろうというモチベーションに繋がります。また、誰かを助けて、その人が喜んでいる顔を見るのは、何物にも代えがたい喜びですよね。そういった経験は、あなたの心の充足感に繋がります。

統計データを見てみても、社会貢献活動に関わっている人は、そうでない人に比べて、幸福度が高いという研究結果も出ています。例えば、ある調査では、ボランティア活動に参加している人の約7割が、活動を通して「生きがいを感じる」と回答しています。また、仕事以外で社会に貢献している人は、うつ病の発症リスクが低いという研究もあります。これは、社会との繋がりが、私たちの精神的な健康を保つ上で、いかに重要かを示唆しています。

失うものがない、という状態は、確かに、ある意味では自由かもしれません。しかし、それは同時に、人生の可能性を狭めてしまう状態でもあります。逆に、社会に貢献しようとすることで、あなたは新たな人間関係を築き、自分の存在意義を見出し、そして、何よりも、失うものを恐れるのではなく、大切にしたいものを見つけることができるようになります。

■「無敵」という幻想を打ち破る、今日からできること

「無敵の人」という言葉は、まるで、失うものがないことが、ある種の強さであるかのように聞こえるかもしれません。しかし、それはあくまで、社会との繋がりを断ち切った、孤独な魂の叫びのようなものだと、私は考えています。

大切なのは、失うことを恐れるのではなく、むしろ、何かを大切にしたい、誰かの役に立ちたい、という気持ちを持つことです。そして、その気持ちを行動に移すことです。

もし、あなたが今、何かに絶望を感じていたり、孤立していると感じていたりするのであれば、どうか、一人で抱え込まないでください。

●まずは、身近な人に相談してみる。
●地域の相談窓口や、NPO法人などに連絡してみる。
●インターネットで、支援団体を探してみる。

世の中には、あなたのことを気にかけてくれる人、そして、あなたの力になりたいと思ってくれる人が、必ずいます。

そして、もし、あなたが社会の歯車として、懸命に努力をしているのであれば、その努力は決して無駄ではありません。あなたの仕事や、日々の行動が、誰かの役に立ち、社会をより良くしているのです。そのことを、どうか忘れないでください。

「無敵」という幻想に囚われるのではなく、社会との繋がりを大切にし、貢献する喜びを見つけること。それが、私たち一人ひとりが、より豊かで、より意味のある人生を送るための、最も合理的な道だと、私は信じています。

失うものがないから、何でもできる。そう考えるのではなく、失うものを大切にしたいから、社会に貢献しよう。そう考えることこそが、真の「強さ」であり、そして、私たちを、より良い未来へと導く光となるはずです。

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