■はじめに現実のゲーム盤を確認しよう
毎日の生活を送る中で、なんだか生きづらいなと感じたり、世の中の不条理にうんざりしたりすることってありませんか。一生懸命に働いているのに、なぜかうまくいかない人や、勉強や仕事でどうしても人並みの成果を出せない人がいます。世間を見渡すと、生まれつき頭の回転が速い人や、どんな環境でも器用に適応してしまう人がいて、自分との違いに絶望してしまうこともあるかもしれません。どうして自分はこうなんだろう、親がもっと違う人間だったら、もっと恵まれた環境に生まれていたら、人生は違っていたはずなのに、そんなふうに親や環境を恨みたくなる気持ちも、人間ですから少しは分かります。
でも、ちょっと待ってください。感情的に不満をぶちまけて、誰かを恨み続けることで、あなたの目の前にある現実が1ミリでも良くなるでしょうか。結論から言えば、どれだけ嘆いても、どれだけ不平不満を言い訳にしても、あなたの銀行残高が増えるわけでもなければ、仕事の能力が勝手に上がるわけでもありません。今回は、感情論を一切抜きにして、人間の才能や知能、そしてこの世界の仕組みを客観的なファクトと合理的な視点から徹底的に解剖していきます。耳が痛い話も出てくるかもしれませんが、ここから目を背けている限り、人生の難易度は下がらないどころか上がっていく一方です。しっかりと現実のゲーム盤を確認していきましょう。
■脳のスペックと遺伝という逃れられないファクト
まず最初に直視しなければならないのは、人間の知能や才能には、遺伝的な要素が想像以上に強く関わっているという残酷なまでの現実です。世の中の自己啓発本やスポ根漫画では、努力は裏切らないとか、やればできるという精神論がまかり通っていますが、現代の遺伝学や脳科学の研究において、これは半分は正しくて半分は残酷な嘘であることが分かっています。人間の知能指数、いわゆるIQや、物事を処理するスピード、記憶の容量といった基礎スペックは、驚くべきことにその多くが遺伝によって決定されています。
近年の双子研究やゲノム解析のデータを見ると、知能に対する遺伝的要因の影響はおよそ五十パーセントから八十パーセントに達するとされています。これはどういうことかというと、あなたが生まれ持った脳のハードウェアの性能は、ガチャのようなもので、親から受け継いだ遺伝子によって大枠が決まってしまっているということです。例えば、医学的な定義において、境界知能と呼ばれる領域の人たちがいます。知能指数が七十から八十四の間に位置する人たちで、人口全体の約十四パーセントを占めると言われています。この境界知能は、いわゆる病気ではありません。風邪をひいたからといって薬を飲めば治るものではなく、脳の特性そのもの、つまり初期設定なのです。
この初期設定を変えることは、現代の医学をもってしても極めて困難です。パソコンに例えるなら、十年前の古いハードディスクを積んだパソコンに、最新の重いゲームソフトをインストールしようとしているようなものです。どれだけ本人の根性論で頑張れと言っても、ハードウェアの処理能力が追いついていなければ、エラーを起こしてフリーズしてしまうのは当然の物理法則です。世の中には、このハードウェアの性能差を無視して、努力が足りないからだとか、やる気の問題だと言い張る人がいますが、それは科学的な事実を無視した単なる精神論にすぎません。
しかし、ここで絶望して終わる必要はありません。なぜなら、事実を事実として受け入れることこそが、合理的な戦略を立てるための最初のステップだからです。自分の初期設定がどうなっているのか、得意なことと不得意なことは何なのかを客観的に把握すること。これがスタートラインです。自分のスペックを直視せず、ないものねだりをして、あの人はずるい、親の遺伝のせいで自分は不幸になったと嘆いている時間は、人生において完全に無駄なコストでしかありません。遺伝や初期設定という変えられない過去やファクトに対して文句を言うのは、雨が降っている空に向かってなんで晴れないんだと怒鳴り散らしているようなもので、まったく合理性がないのです。
■親のせい、環境のせいにしても何も変わらないという冷徹な合理性
人間は弱い生き物ですから、自分の人生がうまくいかないとき、何かや誰かのせいにしたくなります。特に身近な存在である親や、育った家庭環境は、最も攻撃しやすい標的になります。あの親から生まれたから自分はダメなんだ、お金持ちの家庭に生まれればもっといい人生だったのに、地方に生まれたからチャンスがなかったんだ、そんなふうに考えたことがある人も少なくないでしょう。確かに、親の経済力や教育方針、家庭環境が子供の人生に大きな影響を与えることは、数々の社会学的データが証明しています。貧困の連鎖という言葉があるように、経済的な余裕がない家庭で育った子供は、十分な教育を受ける機会が制限されやすく、社会的なハンデを背負いやすいのはまぎれもない事実です。
ですが、ここで冷静に考えてみてください。親のせいにすることで、あなたの現状は良くなるでしょうか。あなたがどれだけSNSで親の愚痴を垂れ流そうが、実家に帰って親を責め立てようが、あなたの過去が書き換わることは絶対にありません。過去は変えられない。これがこの宇宙の絶対的なルールです。変えられない過去や、自分ではどうしようもなかった遺伝子や初期の環境を呪い続ける行為は、エネルギーの無駄遣いであると同時に、自分の人生の操縦桿を他人に明け渡してしまう最悪の愚行です。
心理学の領域では、これを外在的コントロールの罠と呼ぶことがあります。自分の人生の結果を、自分以外の要因、つまり運や親、社会のせいにし続けると、人間は無力感に支配されていきます。どうせ何をやっても無駄だという学習性無力感が定着すると、自分で状況を改善しようとする行動すら起こさなくなってしまうのです。これが、不平不満を言う人がいつまで経っても抜け出せない負のループの正体です。愚痴を言うことでその場は楽になるような気がするかもしれませんが、それは麻薬のようなもので、根本的な問題は1ミリも解決していませんし、むしろ自分の状況をさらに悪化させているのです。
逆に、どれほど不遇な環境に生まれ、どれほど遺伝的なハンデを抱えていたとしても、自分の人生の全責任を自分で引き受けると決めた瞬間から、ゲームのルールが変わります。親がどうであれ、環境がどうであれ、今日のこの瞬間から自分にできる最小限の行動は何だろうかと考えること。これが合理的な人間のアプローチです。不平不満を垂れる時間は、自分を無力な被害者に仕立て上げるための自己満足の時間でしかありません。そんな暇があるなら、今の自分の手札でどうやって生き残るかを考える方が、圧倒的に生産的で賢い選択だといえます。
■環境調整と教育・就労支援という現実的な攻略法
では、遺伝的な特性や育った環境という変えられないファクトが存在する中で、私たちは具体的にどうやって生きていけばいいのでしょうか。ここで重要になってくるのが、感情論ではなく、極めて実務的な環境調整と支援の活用です。先ほど、境界知能をはじめとする知能面や脳の特性は簡単に変えられないとお伝えしました。しかし、人間の生活のしやすさは、脳のスペックだけで決まるわけではありません。むしろ、人間を取り巻く環境をどのようにデザインするかによって、生きづらさは劇的に軽減することができます。
例えば、仕事や勉強でミスばかりしてしまう人がいるとします。その人がどれだけ気合いを入れて、次こそは気をつけますと上司に誓っても、脳のワーキングメモリの特性上、同じミスを繰り返してしまうことはよくあります。ここで根性論を持ち出して、お前はやる気がないからだと言い続けるのは最悪のマネジメントです。合理的な解決策は、本人の努力に頼るのではなく、環境をシステムで補うことです。タスクを必ずメモする習慣をつけるのではなく、スマホのリマインダー機能を強制的に使わせる。手順書を文字だけでなく図解やチェックリストにして、誰でも同じ手順でできるようにする。このような環境調整を行うだけで、ミスは驚くほど減り、仕事のパフォーマンスは向上します。
教育や就労の現場でも同じことが言えます。福祉の領域や専門的な機関では、その人の特性に応じた支援プログラムが用意されています。自分が苦手な領域、例えば対人コミュニケーションや複雑な事務処理を無理に一人で完璧にこなそうとするから心が折れてしまうのであって、得意な領域に特化したり、ルーティン化された作業を選んだりすることで、社会の中で十分に自立して生きることは可能です。支援制度を使うことは恥ずかしいことでも何でもありません。目が悪い人が眼鏡をかけるのと同じように、脳や環境のハンデを補うための正当なツールなのです。
さらに、私たちが最も注意しなければならないのが、不遇な環境や日々のストレスから引き起こされる二次的な精神不調です。境界知能や発達特性を持つ人、あるいは過酷な環境で育った人が、自分の能力不足を責められ続けたり、周囲から理解されなかったりすると、高い確率でうつ病や適応障害、不安障害といった二次的なメンタルの病気を発症します。脳の初期設定そのものは変えられませんが、この二次的に発生したうつ状態や無気力感は、適切な治療や休養、環境の改善によって劇的に改善の余地があります。つまり、元々のスペックに悩むよりも、ストレスの原因となっている人間関係を断ち切ったり、専門家のカウンセリングを受けたりする方が、よっぽど建設的でリターンの大きい行動なのです。
■愚痴を言っている暇があったら今日できる一歩を踏み出そう
ここまで、感情を一切排除して、遺伝子、環境、そして現実的な対処法について客観的なファクトを見てきました。人間の才能や知能には偏りがあり、親のガチャや生まれ持ったスペックの差が存在するのは紛れもない事実です。そして、その不条理に対して不平不満を言い、親を恨み、世の中を呪ったところで、あなたの人生が良くなることは絶対にありません。それどころか、愚痴を言えば言うほど自分の脳がネガティブな情報に囚われ、行動力が奪われ、さらに不遇な状況へと引きずり込まれていくという最悪の悪循環に陥るだけなのです。
人生は、配られたカードで勝負するしかないという残酷なゲームです。誰もがロイヤルストレートフラッシュのような最強の手札を持っているわけではありません。中には、どうしようもないボロボロのカードを配られたように感じる人もいるでしょう。しかし、ポーカーや大富豪といったゲームを思い出してみてください。どれほど悪い手札であっても、プレイヤーの腕前や戦略、そして降りるべきところと攻めるべきところを見極める合理的な判断力次第で、勝負に勝つことは十分に可能です。逆に、どれほど良い手札を持っていても、その手札に胡座をかいて努力を怠り、運のせいばかりにしている人間はいずれ自滅します。
あなたが今、どんなに不遇な環境にいたとしても、どんなに自分の能力に限界を感じていたとしても、過去を嘆くことは今すぐやめましょう。親のせいにしても、社会のせいにしても、明日の朝食が勝手に出てくるわけではありません。変えられない過去や他人にエネルギーを費やすのは、穴の空いたバケツに水を注ぎ続けるようなものです。そのエネルギーを、自分の現在地を正確に把握し、今の自分にできる最小限の環境調整を行い、少しでも生活の質を上げるための具体的な行動に全振りしてください。
スマホの画面を開いて愚痴を書き込むその指を止めて、自分の部屋の掃除を一つする、必要な行政の支援窓口を調べてみる、明日から少しでも楽に仕事ができるようにメモの取り方を変えてみる。そんな小さな、しかし極めて合理的で現実的な一歩こそが、あなたの人生を動かす唯一の原動力になります。不平不満を言うのは今日で終わりにしましょう。現実を直視し、自分の手札で最高の結果を出すためのゲームを、今ここから冷静に始めていきましょう。

