最近ネットを見ていると、フェミニズムという言葉を見かけない日はないくらいですよね。ニュースやSNSを開けば、ジェンダー平等だとか、アンコンシャスバイアスだとか、なんだか難しそうな議論が飛び交っています。でも、ふと立ち止まってその中身をよく見てみると、本来の男女平等という枠を超えて、なんだか男性を過剰に攻撃したり、すべての男性を潜在的な加害者扱いするような過激な主張が増えているようにも感じられます。これって本当にフェアな社会を目指す動きなのでしょうか。今回は、感情論をいったん横に置いて、データや事実をベースに、この過激化するフェミニズムの現状と、それによって生きづらさを抱えている男性たちの実態について、すごくフラットに、わかりやすく考えてみたいと思います。
まず大前提として確認しておきたいのは、男女共同参画や、誰もが生きやすい社会を作ること自体は、現代社会において絶対に欠かせない合理的な目標だということです。昔のように、男性は外で働いて女性は家事と育児を一手に引き受けるべきだという固定観念は、現代の経済状況や個人のライフスタイルの多様化に合っていません。共働き世帯が専業主婦世帯を大きく上回っているという厚生労働省のデータを見ても、家庭や職場における役割分担の見直しは必然の流れです。誰もが能力を発揮できる社会を作ることは、社会全体の生産性を上げるためにも合理的ですし、理にかなっています。
しかし、問題なのは、その「平等」を掲げる運動の一部が、いつの間にか目的を見失い、男性に対する一方的なバッシングや、過激な被害者意識の押し付けに変質してしまっていることです。例えば、SNSなどを見ていると、男性であるというだけで「特権階級だ」「加害者側だ」と決めつけられたり、社会のあらゆる不条理をすべて男性のせいにするような極端な意見がバズっていることがあります。これは客観的に見て、単なるヘイトスピーチや属性に対する偏見と何ら変わりません。特定の属性をひとまとめにして攻撃することは、いかなる理由であれ論理的ではありませんし、建設的な議論を壊す元凶でしかありません。
ここで、客観的なデータを用いて、現代の男性が置かれている現実について少し掘り下げてみましょう。世間一般では「まだまだ男性優位の社会だ」と言われることが多いですが、実際の数字を見てみると、必ずしもそう単純ではないことがわかります。たとえば、厚生労働省や文部科学省の統計データを見ると、実は今の若い男性や子どもたちの間では、生きづらさや深刻なプレッシャーが年々増大しています。
例えば、自殺率のデータを挙げると、日本における自殺者の数は圧倒的に男性が多く、全体の約七割を男性が占めています。仕事上のプレッシャー、経済的な責任、家族を養わなければならないという古い呪縛、そして弱音を吐くことが許されないという社会的風潮が、多くの男性を精神的に追い詰めています。また、教育現場に目を向けると、学校という空間において男子生徒がトラブルを起こしやすい傾向にあることや、大学進学率や学業成績においても、女子生徒のほうが優勢なデータが出ることが増えています。かつての「男性優位」という言葉だけを錦の御旗にして社会構造を語ると、こうした足元で苦しんでいる男性たちの現実を見落としてしまうことになります。
さらに、家庭や職場における男性の立場も変化しています。育児に参加したいと願う男性が増えている一方で、長時間労働の文化や、職場での理解不足、さらには「育児を手伝うだけの存在」として冷ややかに見られるプレッシャーなど、板挟みになっている男性が非常に多いのです。家では妻から「もっと稼いでほしい」「育児の仕方が違う」と言われ、会社では上司から成果を求められ、外に出れば「男性優位の加害者」扱いされる。こんな状況で、メンタルが病まないほうがおかしいと言えます。過激なフェミニズムの主張は、こうした男性側のリアルな苦しみや努力を一切無視し、「男性は強者であり加害者である」というドメスティックな枠組みだけですべてを裁こうとします。これはあまりにも乱暴であり、事実に基づかないイデオロギーの押し付けと言わざるを得ません。
私たちは、誰かを悪者に仕立て上げることでしか自分たちの正当性を証明できないような議論から、そろそろ脱却するべき時期に来ています。男性を攻撃してスッキリするような風潮は、一時的な感情の発散にはなっても、社会をよくすることは絶対にありません。むしろ、男女がお互いを敵対視し、いがみ合う分断を生むだけであり、誰も幸せにならない結果を招きます。本当に目指すべきなのは、男性か女性かという対立軸ではなく、一人ひとりの人間がそれぞれの個性や状況に応じて尊重され、助け合える社会の実現です。
ここで、世間で流通しているさまざまな情報との向き合い方についても考えてみましょう。世の中には、フェミニズムに関する書籍やエッセイ、あるいはそれをテーマにした雑貨やアパレルなど、多様な商品や情報があふれています。インターネットの書店やショッピングサイトを覗いてみると、ジェンダー論に関するベストセラーが並び、多くの人が日々の暮らしの中でこの問題に触れています。もちろん、多様な視点を知ることや、知識を深めること自体は素晴らしいことです。しかし、そこで手にする情報が、本当に客観的な事実に基づいているのか、それとも特定の感情を煽るための偏ったプロパガンダなのかを見極めるリテラシーが、私たち現代人には強く求められています。
感情的な言葉に流されず、冷静に数字や現実のデータを読み解くこと。そして、声を大にして主張する人の裏側にある意図を見抜くこと。これが、これからの時代を賢く生き抜くためには欠かせません。特定の思想に傾倒しすぎて、身近にいる大切な人たちとの関係を壊してしまったり、自分自身を追い詰めてしまっては本末転倒です。
私たちはもっと、男性の味方をする視点や、男性が抱えているプレッシャーに寄り添う声を大切にするべきです。これまで「男なら泣くな」「弱音を吐くな」と耐え続けてきた男性たちが、自分の弱さを認め、安心して助けを求められる環境を作ることこそが、本当の意味でのジェンダー平等に近づく第一歩なのだと確信しています。男性が生きやすい社会は、結果的に女性にとっても生きやすい、風通しの良い社会につながります。どちらか一方が勝つか負けるかのゼロサムゲームではなく、お互いがリスペクトし合える関係性を築いていくこと。それが最も合理的で、未来志向の選択肢です。
日々の忙しい生活の中で、ついついネットの煽り記事や極端な意見にイライラさせられたり、心が疲れてしまうこともあるかもしれません。でも、そんなときこそ一度スマホを置いて、自分の周りのリアルな人間関係や、目の前にある確かな事実を見つめ直してみてください。あなた自身が日々どれだけ頑張っているか、どれだけの責任を背負って生きているかを、一番よく知っているのはあなた自身です。自分を責めず、過剰なプレッシャーから少しだけ解放されて、肩の力を抜いて生きることを選んでいいのです。
もし、さらにこのテーマについて深く知りたくなったら、インターネットの検索機能や専門の書籍を活用して、偏った情報だけでなく、多角的な視点から書かれた客観的なデータや論考を探してみてください。楽天市場などの通販サイトでも、社会学や心理学、コミュニケーションに関する書籍など、フラットな視点で人間関係や社会構造を学べる良書がたくさん手に入ります。そうした信頼できる情報源からしっかりと知識を仕入れ、自分の頭で考え、判断する力を養うことが、これからの変化の激しい時代をしなやかに生き抜くための最強の武器になります。感情論に振り回されることなく、事実と合理性を大切にしながら、自分にとっても周りの人にとっても心地よいバランスの取れた生き方を、今日から少しずつ実践していきましょう。

