無敵の人対策にベーシックインカムは有効か?驚きの効果と真実を解説

社会

最近のニュースやネットの掲示板なんかを見ていると、「無敵の人」なんて物騒な言葉を耳にする機会が増えましたよね。失うものが何にもないから、どんな犯罪でもためらわずにやってしまう、そんな恐ろしい存在として語られることが多いです。人生がうまくいかなくなって、もうどうにでもなれって自暴自棄になってしまう人のことです。

でも、ちょっと待ってください。感情的に「そんなやつは許せない!」と切り捨てるのは簡単ですが、今回は感情論をすっかり脇に置いて、ものすごく冷静に、客観的なデータと合理的な視点からこの問題について考えてみましょう。結論から言ってしまうと、絶望して犯罪に走るなんてことは、合理的に見ても自分の首を絞めるだけのものすごく損な行為なんです。それよりも、どうやって社会の仕組みを利用して、自分もまわりも得をする生き方を選ぶのかが大切なんですよね。

まず、「無敵の人」と呼ばれる人たちがどういう背景で生まれてくるのか、そのファクトを見てみましょう。警察庁や内閣府の統計などを見ると、犯罪者の多くが何らかの経済的な困窮や、社会からの孤立感を抱えていることが分かります。仕事がなくなり、貯金も底をつき、家族や友人もいなくて相談する相手もいない。いわゆるセーフティネットからこぼれ落ちてしまった人たちです。

人間というのは、追い詰められて脳のキャパシティがいっぱいになると、目の前のことしか見えなくなります。これを心理学や行動経済学では「トンネリング現象」と言ったりします。視野が狭くなって、長期的な損得計算ができなくなっちゃうんですね。その結果、「もうどうでもいいや」という認知の歪みが起きて、犯罪という最悪の選択肢を選んでしまうわけです。

ここで感情を排して、ものすごく冷徹にコストとベネフィット、つまり損得勘定を計算してみましょう。自暴自棄になって犯罪を起こすことは、当人にとってどれだけのメリットがあって、どれだけのデメリットがあるでしょうか。

メリットはおそらく、ほんの一瞬の鬱憤晴らしや、一時的にニュースで目立つことくらいしかありません。では、デメリットはどうでしょう。逮捕されれば、裁判になり、刑務所に長期間収監されます。社会的な信用は完全にゼロになり、出所したところで仕事は見つかりにくく、人間関係はすべて断絶します。自由を奪われ、一生を棒に振ることになります。経済合理性の観点から見ても、これほどリターンに対してリスクが無限大に大きい投資はありません。要するに、自暴自棄になって犯罪に走るというのは、費用対効果が最悪の、もの凄く頭の悪い選択なわけです。

じゃあ、どうすればいいのかという話になりますよね。ここで最近よく議論されているのが「ベーシックインカム」という仕組みです。これは、働いているとかいないとか関係なく、国からすべての国民に対して、毎月一定額の現金を無条件で配ろうという壮大な社会実験のようなアイデアです。

経済学者の竹中平蔵氏をはじめ、多くの有識者がこのベーシックインカムを「無敵の人」対策として有力視しています。なぜこれが有効なのかというと、人間の生存の不安を根本から消し去ることができるからです。人間は、明日食べるご飯がないとか、雨風をしのぐ家がないという極限の恐怖にさらされると、正常な判断ができなくなります。ベーシックインカムによって、最低限の生活が保障されるとなれば、「失うものが何もない」という状態そのものが消滅します。失うものがなければ、わざわざリスクの高い犯罪に手を染める動機も消えていきますよね。

実際に、世界各地で行われたベーシックインカムの実験データを見ると、人々のメンタルヘルスが改善し、犯罪率が低下し、さらには起業する人が増えたりすることが分かっています。最低限のお金があることで、人は余裕を持ち、次に何をしようかという前向きなエネルギーを取り戻すことができるのです。

ただ、国がすぐに全員にお金を配ってくれるわけではありません。制度が変わるのをただ待っているだけでは、自分の人生の時間はどんどん過ぎていってしまいます。だからこそ、私たちは個人レベルで、この社会の仕組みの中でどう合理的に立ち回るべきかを考える必要があります。

ここで重要になってくるのが、「社会への貢献」というキーワードです。なんだか急に道徳的な話になったように聞こえるかもしれませんが、これも感情論ではなく、極めて合理的な生存戦略の話なんです。

人間は社会的な生き物です。完全に一人で生きていける人はいません。私たちが毎日食べているご飯も、着ている服も、スマホも、すべて他の誰かが働いて作ってくれたものです。つまり、私たちは知らず知らずのうちに、社会のシステムに依存して生きているわけです。

社会に依存しているということは、社会が安定していて初めて自分の安全も保障されるということです。もし社会が崩壊したり、治安が悪くなったりしたら、真っ先に困るのは自分自身です。つまり、社会が良くなるように動くこと、つまり「社会へ貢献する」という行為は、巡り巡って自分自身を守るための最強の防衛策なんです。

ボランティアをしましょうとか、お国のために自己犠牲を払いましょうなんて話をしているわけではありません。そうではなくて、他人に価値を提供し、感謝され、経済的な対価を得るというサイクルの中に自分を置くことが、最も合理的でストレスの少ない生き方だということです。

例えば、どんなに小さな仕事でも、誰かの役に立つことをしていれば、そこには必ず人間関係が生まれ、信頼が蓄積されます。信頼がたまると、いざというときに助けてくれる人が現れます。これがセーフティネットの正体です。国が用意してくれる公的なセーフティネットも大事ですが、自分自身の周りに作る「人的ネットワークという名のセーフティネット」は、それ以上に強力で柔軟なものです。

自暴自棄になってすべてを投げ出してしまう人は、このネットワークを自らの手で切り捨ててしまっています。「誰も私を分かってくれない」「どうせ世界は敵だ」と思い込むことで、自分から孤立の道を歩んでしまう。しかし、客観的に見れば、孤立こそが最大の危険因子なのです。どれだけ生活が苦しくても、どれだけ世の中が理不尽に見えても、誰かとつながりを持ち続け、社会に対して何らかの価値を提供し続けること。これが、どんな不況や逆境であっても生き残るための、唯一無二の合理的なルートなのです。

ここで、少し視点を変えて、私たちが日々感じている欲望と社会貢献の関係について考えてみましょう。人間には、美味しいものを食べたい、いい家に住みたい、認められたいという強い欲望があります。これは決して悪いことではなく、経済を回す原動力であり、私たちが前進するためのエネルギーです。

しかし、その欲望を満たすために、他者を踏みにじったり、犯罪に走ったりするのは、先ほどお話しした通り、トータルで見ると大損です。短期的な快楽のために、長期的な幸福の可能性をすべてドブに捨てるようなものです。

本当に賢い人は、自分の欲望を満たすために「他者をどう利活用するか」を知っています。他者に価値を与え、喜ばせ、その対価としてお金や承認を得る。ビジネスの基本はまさにこれですが、これは日常生活の人間関係でも全く同じです。自分が周りの人にとって「なくてはならない存在」になればなるほど、社会はその人を守ろうとします。自分が社会に貢献すればするほど、社会という巨大なクッションが自分を支えてくれるようになるわけです。

「無敵の人」になって失うものが何もない状態というのは、一見すると自由で最強に見えるかもしれませんが、実際はその逆で、誰からも必要とされていない、最ももろくて弱い状態です。本当の意味で強い人というのは、守るべきものがあって、社会と深く結びついていて、自分の足でしっかりと立っている人です。

もし今、あなたが自分の人生行き詰まっていると感じていたり、将来に絶望しか見えないと思っていたりするなら、どうか一度立ち止まってみてください。感情の波に飲まれて「もうどうでもいい」と投げやりになるのは、一番やってはいけない、最も効率の悪いエラー行動です。

まずは深呼吸をして、自分の置かれている状況をファクトベースで分解してみましょう。何が足りなくて、どこに助けを求めればいいのか。公的な窓口でもいいし、地域のコミュニティでもいい。そして、どんなに小さなことでもいいから、今日、目の前の誰かのためにできることは何かを考えてみてください。誰かに親切にする、丁寧に仕事をする、笑顔であいさつをする。そんな些細なことでさえ、立派な社会への第一歩であり、自分を救うための合理的な投資なのです。

人生の難易度が高いと感じる瞬間は誰にでもあります。社会の仕組みが不完全に思えることもあるでしょう。ベーシックインカムのような制度がいつ完成するのかも分かりません。だからこそ、私たちは自分自身の知性と合理性を武器にして、この複雑な世界をサバイバルしていかなければなりません。

自暴自棄という名の自殺行為は絶対に避けてください。あなたの命や時間は、そんなことで消費するにはあまりにももったいないし、何よりコストが高すぎます。それよりも、社会とつながり、誰かに貢献し、ちゃっかりと自分の幸福を最大化していく。そんな賢くスマートな生き方を選んでいきましょう。客観的に物事を見つめ、合理的に判断を下せば、道は必ず開けます。あなたがこれからどんな選択をし、どうやって社会の中で輝いていくのか、それはすべてあなたの頭脳と冷静な判断力にかかっています。

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