①戦中戦後、たくさん穫れるが物凄くマズい「沖縄100号」のような芋が出回った。
②なのでサツマイモ自体を忌避する人も多かった。
③しかし戦後味が大幅に改善され、子供向けの「観光芋掘り」のようなイベントも60年代に生まれた
④旧来のイモに対する意識が改まった瞬間なのだが、今ではもうイモのてんぷらに怒る人をあまり見ないので、というかわりと人気のタネになってしまったので、いまいちよく伝わらない— ゾルゲ市蔵 (@zolge1) January 26, 2026
いやー、サツマイモって聞くと、甘くてホクホク、焼き芋に大学芋、スイートポテトとか、美味しいものばかり思い浮かべるよね!今の時代、スーパーに行けば色んな品種が並んでいて、どれもこれも美味しいから、サツマイモが嫌いな人ってあんまりいないんじゃないかな?
でもね、ちょっと昔、特に戦中から戦後にかけての日本には、「物凄くマズい」と評判のサツマイモが出回っていて、多くの人がサツマイモ自体を避けるようになった、なんて時代があったらしいんだ。これって、現代を生きる私たちにとっては、想像もつかないような話じゃない?まるでパラレルワールドみたいだよね。今回は、そんな「マズいサツマイモ」の時代から、今の「美味しいサツマイモ」の時代への変遷を、心理学、経済学、統計学といった科学的な視点から、ざっくばらんに深掘りしていこうと思うんだ!
■ 飢餓という非常事態が生んだ「まずい」選択:生存をかけた経済学
まず最初に、なぜそんな「物凄くマズい」サツマイモが広く流通したのか、その経済的な背景から見ていこうか。キーワードは「飢餓」だ。戦中から戦後にかけての日本は、食料が圧倒的に不足する極限状態にあったんだ。こんな状況で人々の食卓に並んだのが、「沖縄100号」なんていう品種のサツマイモだったらしい。
この沖縄100号、実は食味、つまり「美味しさ」を追求して開発されたわけじゃないんだ。じゃあ何を重視したかというと、それはもう圧倒的な「生産性」!どんな痩せた土地でも育ちやすく、病気にも強くて、とにかくたくさん収穫できる。まさに、飢餓に苦しむ人々を救うための「生存戦略」として生み出された品種だったんだね。
経済学的に見ると、これは「トレードオフ」の典型例だと言える。トレードオフっていうのは、何かを選ぶときには、別の何かを諦めなければならない、ってこと。この場合、政府や農家は「食味の良さ」という質的な価値を犠牲にして、「大量生産できる」という量的な価値、つまり生存そのものを選んだわけだ。
当時の食糧不足を統計的に見てみると、例えば農林省(当時)の統計データなんかを参照すると、戦後の食料供給量は、終戦直後には国民一人あたりの必要カロリーの半分にも満たない時期があったとされている。こんな中で、年間を通じて安定的にカロリーを供給できるサツマイモは、まさに救世主だったんだ。沖縄100号のような品種が、どれほどの量を生産し、どれだけの国民の命を繋いだか、具体的な数字は現代では正確に追いきれない部分もあるけど、その役割は計り知れないほど大きかったのは間違いない。
ミクロ経済学でいう「効用最大化」の概念を当てはめてみても面白いよ。効用最大化ってのは、消費者が自分の持ってるお金や資源の中で、一番満足度が高くなるものを選ぶって考え方だよね。でも、飢餓の時代には「満足度」なんて言ってられない。もはや「生きるために食べる」という、生理的欲求の充足が最優先されるんだ。マズローの欲求段階説で言えば、一番下の土台にある「生理的欲求」を満たすことが、何よりも重要だったわけだ。だから、たとえマズくても、食べられるものがあるなら食べる、という選択が、当時の人々にとっての「効用最大化」だったんだね。
■ 「マズい」の記憶は世代を超える?集合的記憶と心理学の視点
そんなわけで、多くの人々の命を救った沖縄100号だけど、その代償として「サツマイモ=まずい」という強烈なイメージを多くの人に植え付けてしまった。これって、心理学的に見るとすごく興味深い現象なんだ。
心理学には「嫌悪学習(Aversion Learning)」という概念がある。これは、ある特定の刺激(この場合は「サツマイモの味」)と、不快な体験(「まずい」「食べたくない」)が結びついて、その刺激に対して嫌悪感を抱くようになる学習のことだよ。戦中・戦後の人々は、飢えを満たすために仕方なくまずいサツマイモを食べ続け、それが嫌悪学習として脳に深く刻み込まれてしまったんだ。
さらに面白いのが、この「まずい」という記憶が、単に個人の体験で終わらず、社会全体に広がり、さらには世代を超えて受け継がれていったらしい、という点だ。社会心理学ではこれを「集合的記憶(Collective Memory)」と呼ぶことがある。特定の社会集団が共有する過去の記憶で、文化や習慣、語り継がれる物語などを通じて維持されていくんだ。
その証拠の一つとして、今回の要約でも触れられているアニメ「サザエさん」のエピソードは象徴的だよね。例えば、ワカメが掘ってきた芋を、波平さんが「まずい」と言いながらも結局食べるシーン。これは、当時の大人たちが抱えていた「サツマイモ=まずいもの」という集合的記憶が、アニメという国民的コンテンツを通じて表現されていると解釈できる。波平のセリフは、まさに嫌悪学習の結果として形成された「まずい」というネガティブな感情を代弁しているんだ。
一方で、サザエさんが後に焼き芋を食べたがる描写も出てくるらしいけど、これは、後述する品種改良による味の改善が始まった後の世代の変化を表しているのかもしれない。親世代の「まずい」という記憶が、子世代には直接的な体験としてではなく、物語として伝わる形になっていく。行動経済学の観点から見ると、このような集合的記憶や文化的表現は、人々の購買行動や食の嗜好形成に大きな影響を与える負の外部性(Negative Externality)として働いていた可能性があるんだ。
■ 美味しさへの大転換!品種改良と市場のイノベーション
でも、サツマイモの歴史は「まずい」で終わらなかったんだよね!戦後しばらくすると、日本の農業技術は目覚ましい進歩を遂げる。そして、サツマイモも例外なく、品種改良の波に乗るんだ。
経済学的に見れば、これは「イノベーション」が市場に新しい価値をもたらした典型的な例だ。以前は「生産性」が最優先だったけれど、食料事情が安定してくると、今度は「美味しさ」という消費者のニーズが重要になってくる。このニーズに応える形で、農学研究者たちが「味」を追求した新品種の開発に力を入れたんだ。例えば、「ベニアズマ」や「鳴門金時」といった、今ではおなじみの美味しい品種が次々と登場し、市場に大きな変化をもたらしたんだよ。
この品種改良は、経済的なインセンティブ(動機付け)に強く支えられていたんだ。より美味しく、消費者が喜ぶサツマイモを開発すれば、より高く売れ、より多く買ってもらえる。つまり、研究開発への投資が、将来的な収益増加に直結するわけだ。これは、アグリビジネス、つまり農業をビジネスとして捉える上で、技術革新がいかに重要かを示す好例だよね。
統計データを見てみても、品種改良が進むにつれてサツマイモの消費量は増加傾向に転じたことが推測できる。具体的な全国データとして、「食料需給表」や「家計調査」などの統計資料を分析すれば、サツマイモの購入量や支出額が、品種改良の進展と美味しさの浸透に比例して増加していった様子が見て取れるだろう。
さらに、このポジティブな変化を後押ししたのが、1960年代頃から広まり始めた「観光芋掘り」のようなイベントだ。これは、単に食料を供給するだけでなく、体験そのものに価値を見出す、まさに「体験経済」の走りとも言える動きだった。子供たちが土に触れ、自分の手で掘り出したサツマイモを食べる。このポジティブな体験は、過去の「まずい芋」という嫌悪学習を打ち消し、新たな「サツマイモ=楽しい、美味しい」というポジティブな強化(Positive Reinforcement)を人々の心に植え付けたんだ。心理学的に見ても、楽しい思い出と結びつくことで、サツマイモに対する人々の態度や評価は大きく変わっていったんだね。
■ 「沖縄100号」の真実:工業用としての価値と味覚の多様性
さて、ここで改めて「沖縄100号」の「まずさ」について深く掘り下げてみようか。要約でも「石鹸臭のような風味がある」「水っぽい」といった具体的な食味の感想が寄せられているけど、なんでこんな味だったんだろうね?
実は、この「沖縄100号」が本来どんな目的で生産されていたか、という点が非常に重要なんだ。多くの場合、これは食用としてではなく、工業用として生産されていたんだって。工業用っていうのは、例えばデンプンの原料にしたり、焼酎などの醸造用に使ったり、あるいは家畜の餌にしたりする目的だね。
経済学的に考えると、これは「費用便益分析」の観点から非常に合理的だ。工業用として使うサツマイモに、わざわざ高コストをかけてまで食味を向上させる必要はない。求められるのは、デンプンの含有量や収穫量、そして栽培コストの低さといった、工業利用に特化した効率性なんだ。だから、食味が劣るのは、ある意味で「当然」と言える。目的が異なれば、評価基準も全く違う、という経済合理性に基づいた判断だったわけだ。
さらに、「沖縄の土壌で栽培すれば美味しくなるが、本州に持ち込んだことで食味が不評になった」という説も面白いよね。これは、植物生理学的な観点から十分にあり得る話なんだ。サツマイモの味は、栽培される土壌の質、気候、日照時間、さらには栽培方法によって大きく左右される。特定の栄養素の吸収具合や、デンプンから糖への変換プロセスなんかが、これらの環境要因によって変わってくるんだ。
もし、沖縄の特定の土壌や気候が、沖縄100号の持つ潜在的な甘みや風味を引き出すのに適していたとすれば、本州の異なる環境ではそれが発揮されず、「水っぽさ」や「石鹸臭」が際立ってしまった、という可能性は十分にある。これは、味覚が非常に主観的であると同時に、客観的な環境要因によっても大きく左右されるという、心理学と植物学が交差する興味深い点だよね。人の味覚は、単に舌だけで感じるものではなく、期待や過去の経験、さらには文化的な背景によっても大きく左右されるからね。
■ 現代に蘇る「まずい芋」の価値?過去から学ぶ豊かな食の世界
さて、ここまで「まずいサツマイモ」の歴史を深掘りしてきたけれど、現代では、当時のまずいサツマイモを味わえる場所はほとんどないらしい。これは、時代の流れとともに、需要がなくなり、特定の品種が栽培されなくなった結果だよね。経済学的に見れば、市場から需要が失われれば、供給も自然となくなる、という市場メカニズムの働きだ。
でも、この「体験できない」という点が、かえって現代人にとっての価値を生み出すかもしれない。心理学的には、「希少性」は物の価値を高める効果がある。もし、当時の「沖縄100号」が再現され、食べられる機会があったとしたら、それは単なるサツマイモではなく、「歴史を味わう体験」として、特別な価値を持つことになるんじゃないかな?
これは、行動経済学で言うところの「経験財」や「ヘリテージツーリズム」のようなものだ。過去の困難な時代を追体験することで、現代の豊かな食の選択肢や、品種改良に尽力した人々の努力への感謝が生まれる。そして、何よりも、食べ物があることのありがたみ、生命を繋ぐ食の尊さを改めて実感できる、そんな深い学びがあると思うんだ。
食の選択肢がこれほど豊かになった現代だからこそ、過去の「まずさ」を理解することの重要性は高まっていると言えるかもしれない。それは、単に昔を懐かしむノスタルジアだけでなく、現代の食文化を形作る上で不可欠な、歴史的認識と感謝の気持ちを育む機会を与えてくれるからだ。
だから、もしどこかで「幻のまずい芋」が食べられる機会があったら、ぜひ挑戦してみてほしいな。きっと、それは単なる味覚体験を超えて、私たちにたくさんのことを教えてくれるはずだから。そして、次に美味しいサツマイモを食べるときには、その背景にある長い歴史と、多くの人々の努力に、ちょっとだけ思いを馳せてみてはどうかな?食って、本当に奥深いエンターテイメントだよね!

