10年以上前、作家さんがフランス人の「リサとガスパール」の絵本が好きでパリに行ったときに本屋まわってさがしたけど、どこにも見つからなかった。つまり人気があるのは日本だけだった。
他にそういうものありますか?
— てんねんDr.「子どもの発達障害がよくわかる本」発売中 (@adhdsavetheplan) March 13, 2026
■日本で「あの人気」、海外では「あれ?」 なぜ?~文化と経済が織りなす商品の「顔」の違い~
ふと、こんな疑問を抱いたことはありませんか?「え、これって日本だけの人気だったの?」。お土産屋さんで「これは日本でしか売ってないんだよ!」と店員さんに言われたり、海外の友人に「これ、そんなに人気なの?」と不思議そうな顔をされたり。そんな経験、きっと誰しもあるはずです。私自身も、海外旅行先で日本のブランドが思っていたよりあっさりした扱いだったり、逆に日本ではあまり見かけないものが当地では「定番」だったりして、そのギャップに驚いたことが何度もあります。
今回、皆さんと一緒に探求していくのは、まさにこの「日本で大人気なのに、本国や海外では意外とそうでもない、あるいは全く違う顔を持っている商品やブランド」という、ちょっぴり不思議で、でもとっても興味深いテーマです。まるで、表舞台ではキラキラ輝いているスターが、楽屋では意外と地味だったり、はたまた別の場所では超人気者だったりするような、そんなドラマを商品たちも繰り広げているんです。
この話題の発端は、とあるユーザーさんの体験談でした。「てんねんDr.」さんが、10年以上前にフランスで「リサとガスパール」の絵本を探しても、まったく見つからなかったというのです。「あれ?こんなに日本で愛されているのに、本国では人気ないの?」という素朴な疑問。この一言が、多くの共感を呼び、様々な経験談が飛び交うきっかけとなりました。
■「リサとガスパール」に隠された、本国フランスの「リアル」
まず、「リサとガスパール」について、なぜフランスで見つけにくかったのか。これは、心理学的に見ると、「認知バイアス」と「社会的証明」の面白い絡み合いと言えるかもしれません。日本で「リサとガスパール」が人気になったのは、絵本の温かいタッチ、フランスらしいおしゃれな雰囲気、そして子供から大人まで楽しめるストーリーが、日本の文化や感性にマッチしたからでしょう。特に、子育て世代の親御さんたちの間で「子供に読ませたい」「絵が可愛い」という口コミが広がり、それが「社会的証明」となって、さらに人気を押し上げたと考えられます。多くの人が「みんなが買っているから良いものだろう」と感じ、手に取る。これは、購買行動における非常に強力なメカニズムです。
しかし、フランス本国ではどうだったのか。これは、文化的な「当たり前」の違いが大きかったと考えられます。フランスには、絵本というジャンル自体に非常に豊かな歴史と多様性があります。もちろん、「リサとガスパール」もフランスで生まれたキャラクターですが、日本で受け入れられたような「特別感」や「新鮮さ」は、本国では薄かったのかもしれません。もしかしたら、フランスでは、より子供たちの生活に根ざした、あるいはフランス独自のユーモアや風刺が効いた絵本が、より一般的に親しまれていた可能性もあります。経済学的に見れば、これは「市場のニッチ」と「普及戦略」の問題です。日本市場は、「リサとガスパール」の持つ独特の魅力を「ニッチ」として捉え、そこにターゲットを絞ったプロモーションを展開した結果、大きな成功を収めた。一方、フランスでは、より成熟した絵本市場の中で、他に強力な競合が多数存在し、その「ニッチ」をさらに開拓する戦略が、日本ほど展開されなかった、ということも考えられます。
■「フェイラー」のハンカチ、ドイツでの「お土産」事情
次に、「てんねんDr.」さんが挙げた「フェイラー」のハンカチ。ドイツのブランドですが、本国ではあまり売れていない、という指摘。これに対し、「にこにこチャッピー」さんがノイシュバンシュタイン城近くの街で売っていたという情報を共有しました。しかし、「てんねんDr.」さんは、それが日本人向けのお土産店ではなかったかと推測。この推測が、非常に的を射ていると思われます。
フェイラーのハンカチは、その繊細な刺繍と上質な素材で知られ、日本でも「ちょっとしたプレゼントに」「自分へのご褒美に」と、長年愛されてきました。特に、母の日や敬老の日などのギフトシーズンには、鉄板のプレゼントとして選ばれることも多いでしょう。これは、日本における「ギフト文化」と、フェイラーが持つ「上品で丁寧なイメージ」が合致した結果です。
一方、ドイツ本国では、ハンカチは日常使いのアイテムであり、デザインも実用性が重視される傾向があります。「フェイラー」のような、装飾性の高い、いわば「特別なハンカチ」は、日本ほど「ギフト」として定着していなかったのかもしれません。ノイシュバンシュタイン城のような観光地で売られていたというのは、まさに「観光客向け」としての販売戦略が功を奏していた証拠でしょう。日本から来た観光客にとっては、「ドイツのブランド」という付加価値と、その美しいデザインが魅力的で、「お土産」として購入する動機が強かった。これは、経済学における「価格差別」や「地理的価格設定」の考え方とも繋がります。観光地では、その場所ならではの体験や記念品を求める需要が高まるため、一般市場とは異なる価格設定や品揃えが行われることがあります。
「にこにこチャッピー」さんの話にもあったように、現地ツアーのガイドが紹介する店というのは、まさにそういった「観光客」のニーズを的確に捉えた場所です。フェイラー以外にも様々なブランドがあり、安くて限定品が買えるというのは、観光客にとって非常に魅力的な情報です。
さらに、「うみさん」氏からの情報で、フェイラーはドイツから店舗がなくなり、オンライン販売のみになったという話は、ブランド戦略の転換を示す興味深い事実です。これは、ブランドが「どの市場で、どのような層に、どのような価値を提供するのか」という戦略を、時代に合わせて見直した結果と言えるでしょう。店舗販売をやめ、オンラインに特化することで、コスト削減やターゲット層へのリーチ効率を高める狙いがあるのかもしれません。ドイツ在住のお姉さんが「お土産候補がなくなった」と嘆いていたというのは、まさに日本市場とドイツ市場での「フェイラー」の立ち位置の違いを象徴しています。
■「ハーゲンダッツ」の「高級感」と「日常感」のギャップ
話題は「ハーゲンダッツ」へ。日本で「ハーゲンダッツ」といえば、ちょっと贅沢で、特別な時に食べるアイスクリーム、というイメージが強いのではないでしょうか。コンビニでも高級感のあるパッケージで売られており、フレーバーも豊富で、選ぶだけでも楽しい。しかし、「autumn」氏によると、アメリカでは「レディボーデン」のようなイメージで、日本のような高級路線ではない、と。さらに、Ben & Jerry’sのようなブランドが人気だとか。
この違いは、統計学的に見ても興味深いデータとなりそうです。消費者の嗜好、所得水準、競合商品の存在、さらにはアイスクリームに対する「文化的価値観」まで、様々な要因が影響していると考えられます。
アメリカにおけるアイスクリーム市場は、日本よりもはるかに多様で競争が激しいと言われています。Ben & Jerry’sのような、ユニークでクリエイティブなフレーバーや、社会的なメッセージを発信するブランドが人気を集めているというのは、アメリカの消費者が「個性」や「体験」を重視する傾向があることを示唆しています。
「ゆみこ✿喉のかわく病気」さんの経験談は、このギャップをさらに浮き彫りにします。日本人留学生が多い地域で、現地の人から「なぜ日本人はハーゲンダッツをありがたがるのか」と聞かれた経験。そして、彼らは31(Baskin Robbins)の方が喜ぶという言葉。これは、ハーゲンダッツがアメリカでは「特別」ではなく、むしろ「普通の選択肢」の一つであり、Baskin Robbinsのような、よりポピュラーで親しみやすいブランドの方が、現地の人々にとっては「定番」であり、より「身近な喜び」を提供してくれる、ということを示しています。
経済学的に見れば、これは「ブランドイメージ」の構築と、「ターゲット市場」の適合性の問題です。日本では、ハーゲンダッツは「高級」で「特別な」アイスクリームとしてブランドイメージを確立し、それが成功しました。一方、アメリカでは、より競争の激しい市場の中で、ハーゲンダッツが「高級」というポジショニングを維持するのは難しく、むしろ、より幅広い層に受け入れられる、多様な選択肢の一つとなったのでしょう。Baskin Robbinsは、その豊富なフレーバーと店舗展開で、アメリカにおける「アイスクリーム」というカテゴリーでの「王道」としての地位を確立しているのかもしれません。
■「ミスタードーナツ」「タワーレコード」…「懐かしの味」「あの頃の音」が失われた場所
「真壁六郎太_2.1」氏が指摘する「ミスタードーナツ」「タワーレコード」「ディーン&デルーカ」「JPRESS」といったブランド。これらは、日本でも多くの人が愛着を持っているブランドですが、本国では既に存在しないか、店舗数が少ないというのです。
ミスタードーナツは、日本では長年、親しみやすいドーナツの代名詞でした。しかし、アメリカでは、かつてのような勢いを失い、店舗数も激減した、というニュースは記憶に新しいかもしれません。これは、アメリカの食文化の変化、特に健康志向の高まりや、より多様なデザートブランドの台頭が影響していると考えられます。ドーナツというカテゴリー自体が、かつてほど「特別なスイーツ」ではなくなったのかもしれません。
タワーレコードも同様です。かつてはCDショップの代名詞でしたが、音楽配信サービスの普及により、CD販売店という業態自体が大きな打撃を受けています。日本でも店舗数は減りましたが、それでも「タワーレコード」という名前を聞くと、あの頃の音楽体験を懐かしく思う人は多いはずです。アメリカでは、この変化がより早く、より広範に起こったのでしょう。
ディーン&デルーカは、日本でもおしゃれなデリや食料品店として人気ですが、アメリカ本国では、経営状況が厳しいという報道もありました。これは、消費者のライフスタイルの変化や、食料品・デリ市場の競争激化が背景にあると考えられます。
J.PRESSのようなアパレルブランドも、時代と共にファッションのトレンドが変化し、消費者の好みが多様化する中で、その立ち位置を維持するのが難しくなったのかもしれません。
「えて虎@くるっぷ垢もついったと同じID」氏が共有した、アメリカにミスタードーナツが1店舗だけ残っているという記事は、こうしたブランドの「栄枯盛衰」を物語る象徴的な出来事と言えるでしょう。それは、単に店舗がなくなったという事実だけでなく、そのブランドがかつて持っていた「文化的な意味合い」や「人々の記憶」が、どのように変化していくのかを示唆しています。
■「エシレバター」の「高級」と「日常」の境界線
「logo」氏が推測した「エシレバター」。海外では高級品というよりスーパーに並んでおり、「雪印のような感覚」だと。しかし、「あみころん」氏は、スーパーに並んでいてもバターの中では高級であり、フランス人がエシレバターを知らないから日本でしか有名ではない、というツイートの受け売りではないかと指摘。
この議論は、まさに「価格」「品質」「ブランドイメージ」「消費者の購買行動」といった、経済学と心理学の交差点に位置します。
エシレバターが日本で「高級バター」として認知され、高値で取引されているのは、まず「品質」へのこだわり、そして「ブランドストーリー」にあります。エシレ村の伝統的な製法で作られ、豊かな風味が特徴であるという情報は、消費者の購買意欲を掻き立てます。さらに、「希少性」や「限定感」といった要素も、その高級感を後押ししているでしょう。
一方、「logo」氏が経験したように、フランスのスーパーでエシレバターが他のバターと同じように並び、価格もそれほど高くなかったというのは、その「日常性」を示しています。これは、フランスにおいて、エシレバターが「特別なものではなく、日常的に食卓に上るもの」として捉えられている、ということです。経済学的には、これは「供給量」と「需要」のバランス、そして「代替財」の存在が影響していると考えられます。フランスでは、高品質なバターが豊富に生産されており、エシレバターもその一つとして、市場に多く流通しているのでしょう。
「あみころん」氏の指摘する「フランス人がエシレバターを知らないから日本でしか有名ではない」というツイートは、少し極端かもしれませんが、エシレバターが日本で受けている「特別なブランドイメージ」が、本国ではそこまで強調されていない、という事実を端的に表していると言えます。
「logo」氏が語る、ヨーロッパ周遊時のバターやチーズの種類の豊富さと安さ、そしてグラム数を考慮しても雪印と同程度の値段だったという経験は、日本の乳製品に対する関税の高さや、流通構造が、海外製品の価格に影響を与えている可能性を示唆しています。
「バラ科ボケ属」氏のコメントが、この点を明確にしています。「日本の乳製品、特にバターの関税が高い」。これが、日本でエシレバターが高価である最大の理由の一つでしょう。関税という経済的な障壁があることで、本来はそれほど高価ではないものが、国内で流通する際に価格が押し上げられてしまう。その結果、日本で買うエシレバターは「高級」になります。しかし、その価格に見合うほどの「感動的な美味しさ」を、全ての消費者が感じているわけではない、というのは、やはり「期待値」と「実際の体験」とのギャップ、あるいは「価格に見合う価値」の認識の違いと言えるでしょう。
「肉が食べたい」氏の「何でわざわざ?」という感覚は、まさに「コストパフォーマンス」や「必要性」といった観点からの素朴な疑問です。日本人がお土産によく買っていく、という話は、やはり「日本でしか手に入らない(あるいは、手に入りにくい)」「日本で人気がある」という付加価値が、購買行動を後押ししていることを示しています。
■なぜ、こんなにも「顔」が違うのか?~文化、経済、そして「物語」の力~
ここまで様々な商品を見てきましたが、なぜ、同じ商品なのに、国や地域によってこんなにも「顔」が違うのでしょうか。その背景には、いくつかの科学的・学術的な要因が複雑に絡み合っています。
まず、心理学的な側面。
「社会的学習理論」や「社会的証明」は、ある商品が特定の地域で人気になる要因を説明してくれます。人々は、他者の行動や評価を参考にし、それが「良いもの」であると学習していきます。日本で「リサとガスパール」が人気になったのは、絵本の可愛らしさやストーリーの良さに加え、多くの人が「これは良い絵本だ」と評価し、子供に読ませているという「社会的証明」があったからです。
また、「ステレオタイプ」や「文化的象徴」も影響します。「フェイラー」がドイツのブランドである、という事実が、日本においては「ヨーロッパの洗練されたデザイン」というイメージに繋がり、ギフトとしての価値を高めたのかもしれません。
さらに、「希少性の原理」も重要です。日本で入手困難だったり、高価だったりする商品は、それだけで「価値があるもの」だと認識されやすくなります。エシレバターの例は、まさにこれに当てはまります。
次に、経済学的な側面。
「供給と需要の法則」はもちろんですが、「関税」「輸入規制」「流通構造」といった、国ごとの経済的な要因が、商品の価格や入手可能性に大きく影響します。日本の乳製品に対する高い関税は、エシレバターの価格を押し上げる要因となりました。
「市場の成熟度」や「競合状況」も重要です。アメリカのアイスクリーム市場のように、多様なブランドがひしめき合っている市場では、一つのブランドが「高級」というポジショニングを維持するのは難しくなります。
「ブランド戦略」も、経済活動の重要な一部です。各企業が、どの市場で、どのようなターゲット層に、どのような価値を提供するか、という戦略の違いが、商品の「顔」の差を生み出します。
そして、統計学的な側面。
消費者の購買行動や嗜好を分析する上で、統計学は不可欠です。アンケート調査や購買データなどを分析することで、どのような層が、どのような理由で、特定の商品を購入するのか、という傾向を明らかにすることができます。例えば、日本でハーゲンダッツが「高級アイス」として支持されているのは、特定の所得層やライフスタイルの人々からの支持率が高い、という統計データに基づいているのかもしれません。
これらの要因が複合的に作用し、一つの商品が、ある地域では「国民的キャラクター」となり、別の地域では「観光地のお土産」、さらには「日常使いのアイテム」として、全く異なる「顔」を見せるのです。
■「物語」が商品を動かす~「あなた」にとっての価値とは?~
今回、皆さんと共有した様々なエピソードを振り返ってみると、商品の「価値」というのは、単にその品質や機能だけで決まるものではない、ということがよくわかります。そこには、その商品が持つ「物語」や、それが消費者の心にどう響くかが、大きく関わっているのです。
日本で「リサとガスパール」が愛されるのは、その可愛らしい絵柄だけでなく、フランスのパリを舞台にした、ちょっとおしゃれで温かい物語があるからです。
「フェイラー」のハンカチは、繊細な刺繍に込められた職人の技や、ブランドの歴史といった「物語」が、ギフトとしての価値を高めます。
「ハーゲンダッツ」が日本で「贅沢なアイス」として扱われるのは、「特別な日のデザート」「自分へのご褒美」という、消費者が抱く「物語」と結びついているからです。
これらの「物語」は、時に文化的な背景、経済的な状況、そして何よりも「消費者の心」によって、形作られ、変化していきます。そして、その「物語」こそが、私たちが商品に愛着を感じ、購買意欲を掻き立てられる、大きな要因なのです。
皆さんも、これから海外で、あるいは日本で、気になる商品に出会ったとき、その商品がどのような「物語」を持っているのか、そして、なぜその場所で、そのような「顔」を見せているのか、少し立ち止まって考えてみると、もっと面白い発見があるかもしれません。それは、単なる商品の違いではなく、文化や経済、そして人々の心の動きを映し出す、鏡のようなものだからです。
あなたにとって、その商品はどんな「物語」を語りかけてきますか?そして、それはあなたの日常に、どんな「価値」をもたらしてくれますか?ぜひ、この機会に、身の回りの商品たちの「顔」を、科学的な視点と、あなたの心で、もう一度じっくりと観察してみてください。きっと、新しい世界が広がるはずです。

